超富裕層の一族全体の財産を管理するファミリーオフィスには、大きく分けて二つの形があります。
一つの一族だけのために組織をつくるシングルファミリーオフィスと、複数の一族に共通のサービスを提供するマルチファミリーオフィスです。
どちらも金融資産、不動産、自社株、相続、事業承継などを総合的に管理するという目的は共通しています。
しかし一族専属の組織を持つには大きなコストがかかります。
そのため、どの程度の資産を持つ一族なのか、どこまで専属のサービスを必要とするのかによって適した形が変わります。
シングルファミリーオフィスとは何か
シングルファミリーオフィスとは、一つの一族だけを対象として設けられるファミリーオフィスです。
例えば創業した会社が成長し、一族が数百億円規模の財産を保有するようになったとします。
金融資産だけでなく、自社株、不動産、非上場企業への投資など多くの資産を持っているかもしれません。
これらを管理するために、一族専属の組織を設けます。
その組織は一族の財産状況や家族構成、会社経営、将来の資産承継まで把握します。
最大の特徴は、完全にその一族のために働くことです。
一族専属にするメリットは何か
シングルファミリーオフィスでは、ほかの顧客との関係を基本的に考える必要がありません。
一族の目的を最優先して資産管理を行えます。
例えば一族が短期的な運用収益よりも、100年後まで会社や財産を残すことを重視しているとします。
その場合、その目的に合わせて資産運用や事業承継を設計できます。
一族の事情についても深く理解できます。
誰が会社の後継者なのか。
誰がどの資産を管理しているのか。
家族間でどのような役割分担をするのか。
こうした情報を長期間蓄積できることも、一族専属組織の強みになります。
専属チームにはどのような人が必要なのか
巨額の財産を総合的に管理するためには、さまざまな知識が必要になります。
まず資産運用を担当する人材が必要です。
株式や債券だけでなく、不動産や非上場企業への投資などを扱う場合もあります。
税務や法務についても専門的な知識が必要です。
相続や贈与、事業承継では税理士などの専門家との連携が必要になります。
契約や相続を巡る法律問題では弁護士などとの連携も必要です。
さらに資産規模によっては、経理や財産管理などの事務を担当する人材も必要になります。
すべてを職員として雇用するとは限らず、外部専門家を利用することもありますが、全体を統括する体制が必要になります。
シングルファミリーオフィスはなぜコストが高いのか
一族専属の組織を維持するには相応の費用がかかります。
専門性の高い人材を複数雇えば、人件費だけでも大きな金額になります。
オフィスや情報システムなども必要です。
資産運用について外部の運用会社を利用すれば、その費用も発生します。
税理士、弁護士など外部専門家への報酬も必要になります。
仮に年間数千万円あるいはそれ以上の費用がかかるとすれば、数億円程度の資産を管理するために専属組織を設けることは合理的ではありません。
だからこそシングルファミリーオフィスは、非常に大きな資産を持つ一族を中心として成立しやすい仕組みになります。
マルチファミリーオフィスとは何か
そこで登場するのがマルチファミリーオフィスです。
マルチファミリーオフィスは、一つの組織が複数の富裕層一族へファミリーオフィスサービスを提供する仕組みです。
資産運用や相続、事業承継などに詳しい人材を複数の一族で共有します。
一族ごとの財産は当然別々に管理しますが、サービスを提供する組織や専門家を共通化できます。
これによって、一族が独自にファミリーオフィスを設立する場合と比べてコストを抑えやすくなります。
複数の一族で共有すると何が変わるのか
例えば資産運用の専門家を一族だけで雇用するとします。
その人の人件費はすべて一族が負担しなければなりません。
マルチファミリーオフィスでは、同じ専門家が複数の一族を担当できます。
税務や法務、不動産などの専門家についても同じです。
組織運営に必要なシステムや事務部門も共有できます。
これによって専門的なサービスを利用しながら、専属組織を持つよりコストを抑えられます。
いわばファミリーオフィスの共同利用型と考えると分かりやすくなります。
マルチ型にも注意点がある
コスト面では有利ですが、シングルファミリーオフィスと完全に同じではありません。
最大の違いは専属性です。
マルチファミリーオフィスは複数の一族を顧客としています。
したがって担当者や専門家が一つの一族だけのために働いているわけではありません。
また一族ごとの情報管理も重要になります。
資産構成や相続、企業経営など極めて機密性の高い情報を扱うため、利益相反や情報管理について十分な体制が必要です。
一方で複数の一族を支援することによって、さまざまな資産管理や事業承継の経験を組織として蓄積できるという利点もあります。
プライベートバンクとはどう違うのか
マルチファミリーオフィスは、複数の富裕層を顧客とする点ではプライベートバンクと似ています。
しかし基本的な立場が異なります。
銀行や証券会社は自社の金融サービスを提供する金融機関です。
一方、ファミリーオフィスは一族側の立場から資産全体を見て、必要に応じて複数の金融機関を使い分けます。
例えば銀行Aの融資、証券会社Bの資産運用、信託銀行Cの相続サービスを組み合わせることも考えられます。
どの金融機関を利用するかを含めて一族側から考えることが、ファミリーオフィスの重要な役割です。
日本ではなぜマルチ型が広がりやすいのか
日本でファミリーオフィスが普及するとすれば、マルチファミリーオフィス型のサービスが重要になる可能性があります。
一族専属の組織を自前で設けられるほど巨大な資産を持つ世帯は限られるからです。
一方、日本では純金融資産5億円以上を持つ超富裕層が増えています。
企業オーナーの事業売却などによって、数十億円規模の金融資産を持つ人も生まれます。
こうした人にとって、銀行や証券会社だけではなく、一族側から複数の金融機関や専門家を調整してくれるサービスには一定の需要が考えられます。
しかし一族専属の組織をつくるほどではないというケースも多いでしょう。
そこで複数の一族が専門的なサービスを利用できるマルチファミリーオフィスという形が選択肢になります。
資産額だけで決まるわけではない
シングル型とマルチ型のどちらが適しているかは、単純に資産額だけで決まるものではありません。
資産の内容も重要です。
金融資産だけを保有している場合と、複数の会社や不動産、自社株を保有している場合では管理の複雑さが違います。
一族の人数も関係します。
子どもや孫が増え、複数の国で生活するようになれば、資産管理や相続も複雑になります。
会社経営や財団、社会貢献活動などまで管理するのであれば、さらに専門的な体制が必要になります。
資産額だけではなく、財産と一族の複雑さによって必要なファミリーオフィスの形が変わるわけです。
結論
ファミリーオフィスには、一つの一族だけのために組織をつくるシングルファミリーオフィスと、複数の一族が専門的なサービスを共有するマルチファミリーオフィスがあります。
シングル型の最大の特徴は、一族専属であることです。
資産運用から相続、事業承継まで、一族の事情を深く理解したうえで長期間にわたる資産管理ができます。
一方、そのためには専門人材やシステムなどを自前で維持する必要があり、大きなコストがかかります。
マルチ型では専門家や管理体制を複数の一族で共有することで、コストを抑えながらファミリーオフィスの機能を利用できます。
日本で超富裕層が増えても、すべての一族が専属組織を持てるわけではありません。
その意味では、シングル型だけでなくマルチ型が広がることで、ファミリーオフィスという資産管理の考え方がより多くの富裕層へ普及していく可能性があります。
重要なのは一族専属の組織を持つこと自体ではありません。
金融資産、自社株、不動産、会社、相続などを別々に考えるのではなく、一族全体の財産として長期的に管理することです。
シングル型とマルチ型は、その目的を実現するための二つの異なる方法だといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 メガ銀、「超富裕層」を争奪 三井住友は営業担当者2倍
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 超富裕層 金融資産5億円以上の世帯