米国株の23時間取引が始まると、日本の投資家は昼間でも米国株をリアルタイムで売買できるようになります。
一見すると、単に証券会社の取引時間が長くなるだけの話に見えるかもしれません。
しかし証券会社の側から見ると、これは大きな競争環境の変化です。
市場がほぼ一日中動けば、証券会社のシステムも長時間動き続けなければなりません。注文受付、海外市場への発注、為替取引、残高管理、市場監視、障害対応などを長時間にわたって安定的に提供する必要があります。
さらに対面証券の場合には、人間が注文を受け付けるための人員配置という問題もあります。
米国株の23時間取引は、証券会社の競争を手数料や商品数だけではなく、システムと業務運営の競争へ変える可能性があります。
ネット証券と対面証券は何が違うのか
ネット証券と対面証券の大きな違いは、顧客から注文を受け付ける方法です。
ネット証券では、投資家がスマートフォンやパソコンから自分で注文を入力します。
注文はシステムによって処理され、市場へ送られます。
一方、対面証券では営業担当者などを通じて注文する顧客もいます。
もちろん対面証券でもインターネット取引は提供されていますが、営業担当者による相談や注文取次ぎなど、人を介したサービスが重要な役割を持っています。
この違いが、取引時間を大幅に延長するときに大きな意味を持ちます。
ネット証券はシステム中心で注文を処理する
ネット証券の基本的な仕組みは、もともと電子取引を前提としています。
投資家が注文を入力する。
システムが注文内容を確認する。
市場へ注文を送る。
約定結果を口座へ反映する。
こうした一連の処理が自動化されています。
そのため取引時間を延長するときにも、人間の営業時間をそのまま延長する必要はありません。
もちろんシステム開発や監視体制の整備は必要ですが、注文件数が増えるたびに同じ割合で担当者を増やす必要はありません。
この仕組みは長時間取引と相性がよいと考えられます。
対面証券には人員配置という問題がある
対面証券では事情が異なります。
顧客が営業担当者などを通じて注文する場合、市場が開いている時間に注文を受け付ける人が必要になります。
これまで日本時間の深夜や早朝に取引する必要がなかった顧客にまで23時間対応を提供するとなれば、勤務体制を見直さなければならない可能性があります。
深夜勤務や早朝勤務をどのように組むのか。
問い合わせへ誰が対応するのか。
注文内容をどのように確認するのか。
トラブル発生時に誰が判断するのか。
単純にシステムを長く動かせば終わりという問題ではありません。
取引時間延長には基幹システムの対応が必要になる
ネット証券であっても、23時間取引への対応が簡単というわけではありません。
証券会社では多くのシステムが連携しています。
注文管理。
顧客口座管理。
保有株式の残高管理。
買付余力の計算。
為替取引。
約定処理。
決済。
リスク管理。
こうしたシステムが正しく連動しなければなりません。
これまで市場が閉まっていた時間帯にも注文が発生するようになれば、システム全体の設計を見直す必要が生じます。
23時間取引は、単に注文画面を長時間利用できるようにするだけでは実現できないのです。
メンテナンス時間をどう確保するのか
金融システムでは定期的なメンテナンスが必要です。
取引データを処理する。
システムを更新する。
バックアップを行う。
障害がないか確認する。
従来は市場が閉まっている時間を利用して、こうした作業を行うことができました。
しかし取引時間が23時間になれば、システムを止められる時間は非常に短くなります。
市場の長時間化は、取引時間だけではなく証券会社のシステム運用そのものを変えることになります。
システム障害の影響も大きくなる
市場が長時間化すれば、システムの安定性はこれまで以上に重要になります。
投資家が売買したい時間に証券会社のシステムへ接続できなければ、取引機会を失います。
特に株価が急変しているときに障害が起これば、大きな問題になります。
23時間取引では、深夜や早朝にも市場が動いています。
したがって障害対応についても長時間の体制が必要になります。
システムを長時間動かすだけでなく、問題が発生した場合に迅速に復旧できる仕組みまで含めて整備する必要があります。
ネット証券が有利になりやすい理由
こうした環境では、ネット証券の事業モデルが有利になりやすいと考えられます。
ネット証券はもともと、
オンラインでの注文受付
自動化された取引処理
低コスト運営
大量の個人顧客へのサービス提供
を前提として事業を構築しています。
市場が長時間化しても、人を大量に追加配置することなく取引件数を増やしやすい構造があります。
取引時間が長くなるほど、人ではなくシステムを中心に運営するビジネスモデルの強みが表れやすくなります。
対面証券には別の強みがある
ただし、23時間取引でネット証券が有利だからといって、対面証券の役割がなくなるわけではありません。
対面証券には、
資産運用相談
相続や事業承継
企業の資金調達
M&A
富裕層向け資産管理
など、人による助言が重要になる分野があります。
顧客が求めているのが単純な株式売買ではなく、複雑な金融サービスであれば、人間の担当者が持つ価値は残ります。
むしろ株式売買のような定型的な業務がデジタル化されるほど、対面証券には人間にしか提供しにくいサービスへの集中が求められる可能性があります。
手数料競争からシステム競争へ
ネット証券の競争というと、これまでは売買手数料の引き下げが注目されてきました。
しかし手数料が低下すれば、それだけで他社との差をつけることは難しくなります。
そこで重要になるのがシステムやサービスの使いやすさです。
取引できる時間。
取り扱う銘柄。
注文方法。
アプリの操作性。
情報提供。
システムの安定性。
こうした要素が証券会社を選ぶ基準になります。
23時間取引への対応も、その一つになります。
若年投資家ほどネット証券との相性がよい
新NISAをきっかけに投資を始めた若年層の多くにとって、証券取引はスマートフォンで行うものになっています。
店舗へ行って口座を開く。
担当者へ電話して注文する。
こうした取引方法を経験せず、最初からアプリで投資を始める人もいます。
さらに米国株を日本時間の昼間に売買できるようになれば、日本株と米国株を同じ画面から選択することも容易になります。
証券会社にとって優れたデジタル環境を提供できるかどうかが、将来の顧客基盤を左右する可能性があります。
証券会社の規模の重要性も高まる
システム競争には大きな投資が必要です。
取引時間を延長するためのシステム改修。
サイバーセキュリティー対策。
大量の取引を処理する設備。
障害時のバックアップ。
新しい金融商品への対応。
こうした投資には継続的な資金が必要になります。
顧客数が多い証券会社なら、システム投資の費用を多数の顧客や取引へ分散できます。
一方、顧客基盤が小さい証券会社では、同じシステム投資を行っても費用を回収しにくい場合があります。
金融サービスのデジタル化が進むほど、規模の経済が働きやすくなる可能性があります。
証券業界再編につながる可能性もある
23時間取引だけを理由に証券業界が再編されるわけではありません。
しかし長期的には、デジタル化のための投資負担が業界構造を変える可能性があります。
すべての証券会社が自社だけで巨大なシステムを維持する必要があるのか。
外部のシステム基盤を共同利用できないのか。
他社との提携によってコストを抑えられないのか。
こうした議論が強まる可能性があります。
規模の小さい証券会社ほど、独自システムを持つことより、他社との提携や特定分野への集中を選ぶケースが増えるかもしれません。
証券会社の競争軸そのものが変わる
株式取引が人からシステムへ移るほど、証券会社の競争軸も変わります。
かつては、
店舗網
営業担当者の人数
電話注文への対応力
などが重要な競争力でした。
これからは、
システム処理能力
サービス提供時間
アプリの利便性
サイバーセキュリティー
障害対応力
などの重要性が高まります。
23時間取引は、その変化を象徴する出来事と考えることができます。
結論
米国株の23時間取引は、投資家が取引できる時間を増やすだけではありません。
証券会社の競争のあり方そのものを変える可能性があります。
ネット証券は、もともとオンラインで注文を受け付け、システムによって大量の取引を処理する事業モデルです。
そのため市場が長時間化しても、人員を取引時間に比例して増やす必要がないという強みがあります。
一方、対面証券が人を介した注文取次ぎまで長時間提供しようとすれば、人員配置やコストの問題が大きくなります。
ただしネット証券にも、基幹システムの改修、メンテナンス、サイバーセキュリティー、障害対応など大きな投資が必要です。
取引時間が長くなるほど、証券会社に求められるのは単なるシステムの有無ではなく、止まらない金融インフラを低コストで維持する能力になります。
そしてシステム投資には規模の経済が働きます。
23時間取引への対応をきっかけとして、大手ネット証券への顧客集中や証券会社同士の提携、業界再編が進む可能性もあります。
金融市場が24時間化へ向かう時代には、証券会社も営業時間を持つ会社から、ほぼ常時稼働するデジタル金融インフラへ変わっていくことになります。
参考
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊「米国株を日本の昼間も売買 ネット証券5社、23時間取引に対応」
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊「米国株の23時間取引 テック株への関心高く」