NISAの普及によって、日本でも「投資をすること」が特別な行為ではなくなりつつあります。政府が掲げる「資産運用立国」は、単なる金融政策ではなく、家計金融資産を市場へ循環させ、日本経済を活性化させる国家戦略として位置付けられています。
実際、運用会社の運用資産は1000兆円を超え、銀行融資を大きく上回る規模になりました。日本人の資産形成も、「預金中心」から「投資との併用」へ徐々に変化しています。
しかし、その一方で近年の資本市場では、大型の会計不祥事が相次いでいます。
企業不祥事が続く中で、いま改めて問われているのは、「資産運用立国の主役は誰なのか」という問題です。
資産運用立国は「株価政策」ではない
「資産運用立国」という言葉は、しばしば株高政策と誤解されます。
しかし、本来の目的はそこではありません。
家計金融資産を成長分野へ循環させることで、
- 企業成長
- 賃上げ
- 税収増
- 家計資産形成
という好循環をつくることにあります。
つまり、「国民全体が資本市場の参加者になる社会」を目指しているわけです。
そのためには、単にNISA口座数を増やすだけでは足りません。
市場そのものへの信頼が必要になります。
どれだけ制度を整えても、「不正が多い市場」には長期資金は定着しません。
なぜ会計不正は市場全体を傷つけるのか
会計不正は、一企業だけの問題ではありません。
投資家から見れば、
- 財務情報は信頼できるのか
- 監査は機能しているのか
- ガバナンスは実効性があるのか
という市場全体への疑念につながります。
特に長期投資では、「安心して持ち続けられる市場か」が極めて重要です。
短期売買の投機マネーであれば、多少の不祥事は吸収できます。しかし、NISAのような長期積立資金は、信頼が失われれば静かに海外市場へ流出します。
これは「日本株が割安かどうか」の問題ではありません。
「日本市場を信頼できるか」という問題なのです。
本当に問われているのは「投資家側」の責任
今回の記事で特に重要なのは、アセットオーナーと運用会社の沈黙を問題視している点です。
ここでいうアセットオーナーとは、
- 年金基金
- 生保
- 損保
- 大学基金
- 共済
- 企業年金
など、巨額資金の最終保有者を指します。
また運用会社は、その資金を預かり運用する存在です。
本来、彼らは単なる「株の買い手」ではありません。
企業に資金を供給する代わりに、
- 適切な情報開示
- 健全な経営
- 長期的企業価値向上
を求める立場です。
つまり、市場の規律維持にも責任を持つ存在なのです。
スチュワードシップ・コードは機能しているのか
日本では2014年にスチュワードシップ・コードが導入されました。
これは運用会社に対し、
- 投資先企業との対話
- 議決権行使
- 中長期視点での企業価値向上
を求める行動規範です。
しかし現実には、
- 議決権行使の形式化
- 横並び対応
- 経営陣への遠慮
- 「保有しているだけ」の運用
も少なくありません。
企業不祥事が起きても、運用会社側から強い問題提起が見えにくい場面もあります。
本当に顧客本位(フィデューシャリー)を掲げるのであれば、
- 不正への厳格対応
- ガバナンス改善要求
- 経営陣への説明責任要求
まで踏み込む必要があります。
「投資して終わり」では、本当の意味での資産運用立国は成立しません。
日本市場は「信頼資本」を構築できるのか
米国では、エンロン事件後にサーベンス・オクスレー法(SOX法)が成立し、内部統制・監査制度が大幅に強化されました。
背景には、機関投資家の強い問題意識があったとされます。
つまり、資本市場の信頼回復を「投資家自身」が求めたのです。
一方、日本では、
- 不祥事企業への対応
- 経営責任
- 監査責任
- 投資家責任
が曖昧なまま終わるケースも少なくありません。
しかし、資産運用立国を本気で進めるのであれば、今後は変わらざるを得ないでしょう。
市場は「利益」だけでは成り立ちません。
最終的に市場を支えるのは、「この市場なら安心して長期投資できる」という信頼だからです。
「貯蓄から投資へ」の次に必要なもの
これまで日本では、「貯蓄から投資へ」が強調されてきました。
しかし、次に必要なのは、
「投資から信頼へ」
という視点なのかもしれません。
- 企業は誠実な開示を行う
- 監査法人は独立性を維持する
- 運用会社は顧客利益を守る
- アセットオーナーは市場規律を求める
こうした連鎖があって初めて、資産運用立国は定着します。
単にNISA口座を増やすだけでは、日本人の長期資産形成は根付きません。
本当に問われているのは、「誰が市場の信頼を守るのか」という問題なのです。
結論
資産運用立国とは、単なる投資促進政策ではありません。
それは、
「国民が市場を信頼できる社会をつくれるのか」
という国家的挑戦でもあります。
そして、その主役は政府だけではありません。
企業、監査法人、運用会社、アセットオーナー、そして投資家自身もまた、その責任を負っています。
市場の信頼は、一度失われると回復に長い時間を要します。
だからこそ、いま必要なのは「株価対策」ではなく、「市場への信頼」を支える仕組みの再構築なのではないでしょうか。
参考
・日本経済新聞 2026年5月22日朝刊「資産運用立国の主役の責任(大機小機)」
・金融庁「スチュワードシップ・コード」
・金融庁「アセットオーナー・プリンシプル」
・金融庁「資産運用立国実現プラン」
・金融庁「NISA制度に関する資料」
・米国サーベンス・オクスレー法(SOX法)関連資料