新NISAの普及によって、日本の家計のお金が預貯金から投資へ動き始めています。
しかし、ここには一つ重要な問題があります。
投資へ向かった資金が、そのまま日本株へ向かうとは限らないことです。
S&P500や全世界株式に連動する投資信託が人気を集め、日本の個人投資家にとって海外企業への投資は特別なものではなくなりました。
さらに米国株の23時間取引が始まれば、日本時間の昼間にも米国株をリアルタイムで売買できるようになります。
日本株と米国株の時間的な壁まで薄くなります。
新NISAによって生まれた巨大な個人マネーを、日本株と米国株のどちらが取り込むのか。
これからの株式市場では、国境を越えた個人マネーの争奪戦が一段と激しくなる可能性があります。
日本人の海外株投資は大きく増えている
日本の個人投資家の投資先は、かつて日本株が中心でした。
海外株へ投資するには、外国株を扱う証券会社に口座を開き、為替や海外市場の取引時間なども理解する必要がありました。
現在は状況が大きく変わっています。
ネット証券を利用すれば、スマートフォンから簡単に米国株を購入できます。
海外株へ投資する投資信託も充実しています。
財務省によると、投資信託を経由した海外株の売買代金は2025年に77兆円となり、5年前のおよそ2倍に増えました。
海外株への投資は、一部の投資家だけが行うものではなくなっています。
新NISAが海外投資の入口になった
この流れをさらに強めているのが新NISAです。
新NISAでは、つみたて投資枠と成長投資枠を利用して長期的な資産形成ができます。
そこで人気を集めているのが、米国株や世界株へ投資する投資信託です。
個別の海外企業を調べなくても、投資信託を1本購入するだけで多数の海外企業へ分散投資できます。
円で購入できるため、投資家自身がドルを用意する必要もありません。
新NISAによって初めて投資を始めた人が、最初から海外企業を含むポートフォリオを持つことも珍しくなくなりました。
これは日本人の投資行動にとって大きな変化です。
S&P500人気は何を意味するのか
新NISAで代表的な投資対象となっているのが、米国の主要企業で構成されるS&P500に連動する投資信託です。
S&P500には、米国を代表する巨大企業が幅広く含まれています。
投資家は投資信託を購入するだけで、米国経済を代表する企業群へまとめて投資できます。
重要なのは、日本の個人投資家が「日本人だから日本株へ投資する」という考え方から離れ始めていることです。
長期的に資産を増やすためには、どの国の企業が成長するのか。
どの市場の収益力が高いのか。
どこへ分散投資するのが合理的なのか。
こうした視点から投資先を選ぶ人が増えています。
全世界株式も日本株中心ではない
全世界株式に連動する投資信託も人気があります。
名前だけを見ると、世界中へ均等に投資しているように感じるかもしれません。
しかし一般的な時価総額加重型の世界株指数では、企業の市場価値が大きい国ほど組み入れ比率が高くなります。
現在の世界株式市場では米国企業の時価総額が非常に大きいため、全世界株式へ投資しても米国株の割合が大きくなります。
一方、日本株の比率は相対的に小さくなります。
つまり日本の個人投資家が全世界株式へ投資することは、世界分散投資であると同時に、家計資金の相当部分を海外企業へ振り向けることでもあります。
23時間取引で個別株への壁も低くなる
これまでは投資信託を通じた海外投資が中心だった人でも、今後は米国の個別株へ投資する機会が増える可能性があります。
その理由の一つが米国株の23時間取引です。
従来、米国株の通常取引は日本時間の深夜に行われていました。
日本の会社員にとって、リアルタイムで取引するには不便な時間帯です。
23時間取引が普及すれば、日本時間の昼間にも米国株を売買できます。
日本株と同じ時間帯に、
日本企業の株を買う
米国企業の株を買う
という選択が可能になります。
投資信託だけでなく、個別株についても日本市場と米国市場の距離が縮まることになります。
若年層ほど国籍にこだわらない可能性がある
この変化で注目されるのが若い投資家です。
若年層は、投資を始めた時点からネット証券や新NISAが存在しています。
スマートフォンで日本株と米国株を同じように検索し、注文できます。
日常的に利用するサービスについても、海外企業との距離は近くなっています。
検索、スマートフォン、生成AI、動画配信、SNS、ネット通販など、生活の中で米国企業のサービスに触れる機会は多くあります。
その企業の株式を証券アプリから1株購入できるのであれば、外国企業だから投資しにくいという感覚は弱くなります。
23時間取引によって時間的な障壁まで小さくなれば、その傾向はさらに強まる可能性があります。
日本株は個人マネーを自動的には取り込めない
政府が掲げる資産運用立国では、家計に眠る預貯金を投資へ振り向けることが重要な政策課題となっています。
しかし、
預金から投資へ
という流れと、
預金から日本株へ
という流れは同じではありません。
投資先を自由に選べる以上、個人投資家は期待できる収益やリスクを比較します。
米国企業の方が成長性が高いと考えれば米国株へ投資します。
世界全体へ分散した方が合理的だと考えれば全世界株式を選びます。
新NISAによって投資資金を増やすだけでは、その資金が日本企業へ向かう保証はありません。
日本企業に求められるのは投資される理由
日本株へ個人マネーを呼び込むためには、日本企業自身の魅力を高める必要があります。
重要になるのが、
利益成長
資本効率
株主還元
成長投資
企業統治
などです。
東京証券取引所が上場企業に対して資本コストや株価を意識した経営を求めている背景にも、こうした問題があります。
PBRが低いから自社株買いをするというだけでは十分ではありません。
長期的に利益を成長させ、その利益を新たな成長へつなげる企業でなければ、世界の投資家から継続的に資金を集めることは難しくなります。
日本株にも強みはある
もちろん個人マネーが一方的に米国株へ流れると決まったわけではありません。
日本株にも独自の魅力があります。
日本企業の業績や商品を身近に確認できます。
円で投資できるため、ドル建て資産とは為替リスクの性質も異なります。
配当や株主優待を重視する企業もあります。
企業統治改革や資本効率改善が進めば、日本株の評価がさらに高まる可能性もあります。
重要なのは、日本株だから買われるのではなく、世界の投資対象と比較したうえで選ばれる必要があるということです。
個人マネーの争奪戦は証券市場にも広がる
競争するのは企業だけではありません。
証券取引所も競争します。
米国株は1株単位で購入でき、取引時間は23時間へ向かっています。
日本株は100株単位が基本で、東京証券取引所の現物株式の取引時間は1日5時間30分です。
単元未満株サービスなどによって実務上の差は縮まっていますが、市場制度には依然として違いがあります。
投資家が世界中の市場へ簡単にアクセスできるようになれば、
どの企業へ投資するか
だけではなく、
どの市場を利用するか
という競争も強くなります。
資産運用立国と資本市場強化はセットになる
日本の家計には巨大な金融資産があります。
その資金が預貯金から投資へ動けば、家計の長期的な資産形成を支える可能性があります。
しかし日本経済という視点では、もう一段先を考える必要があります。
投資資金が日本企業へ向かえば、企業は成長投資のための資本を得られます。
企業が成長すれば雇用や賃金、配当などを通じて家計へ利益が戻ります。
反対に国内の投資資金が海外へ向かい続ければ、日本企業の資金調達や日本市場の存在感という別の課題が生じます。
資産運用立国を進めるのであれば、同時に日本企業と日本の資本市場を投資先として魅力的にする必要があります。
結論
新NISAによって日本の家計資金が預貯金から投資へ動き始めています。
しかし、その資金が日本株へ向かうとは限りません。
S&P500や全世界株式に連動する投資信託の普及によって、日本の個人投資家はすでに海外企業へ大規模に投資しています。
さらに米国株の23時間取引が始まれば、日本時間の昼間にも日本株と米国株を同時に比較して売買できるようになります。
特に若い投資家にとって、企業の国籍より成長性や投資のしやすさが重要になる可能性があります。
だからこそ日本企業には、世界の企業と比較されても投資したいと思われる収益力や成長力が求められます。
東京証券取引所にも、売買単位や取引時間を含めた市場の利便性向上が求められます。
新NISAで増える個人マネーは、日本株に約束された資金ではありません。
世界中の企業と市場がその資金を競い合います。
新NISA時代とは、日本人の投資を増やす時代であると同時に、日本企業が日本人の投資家からも改めて選ばれなければならない時代だといえます。
参考
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊「米国株を日本の昼間も売買 ネット証券5社、23時間取引に対応」
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊「米国株の23時間取引 テック株への関心高く」