投資の基本の一つは分散投資です。
一つの会社だけでなく複数の会社へ投資する。一つの業種だけでなく複数の業種へ投資する。さらに一つの国だけでなく世界各国へ投資すれば、特定の国の景気や政治情勢に資産全体が左右されるリスクを抑えられます。
ところが実際の投資家は、理論どおり世界へ均等に投資するとは限りません。
日本人なら日本株、米国人なら米国株というように、自分が暮らしている国の株式を多く保有する傾向があります。
これをホームバイアスといいます。
しかし新NISAやネット証券の普及によって、日本から海外へ投資するハードルは大きく下がりました。
さらに米国株の23時間取引が始まれば、日本時間の昼間にも米国株をリアルタイムで売買できます。
投資家が自国株を選びやすかった理由の一つである市場へのアクセスの差が小さくなれば、日本人のホームバイアスも弱まっていくのでしょうか。
ホームバイアスとは何か
ホームバイアスとは、投資家が海外資産より自国の資産を多く保有する傾向をいいます。
例えば世界の株式市場全体を基準に考えれば、日本株が占める割合は一部にすぎません。
それにもかかわらず、日本の投資家が株式資産の大部分を日本株で保有していれば、世界の市場構成と比較して日本株へ偏っていることになります。
反対に米国の投資家が米国株を大量に保有することもホームバイアスです。
自分の国の資産を多く持つという現象は、世界各国で見られます。
なぜ自国株を多く持つのか
理由の一つは情報の入手しやすさです。
日本で生活していれば、日本企業の商品やサービスを日常的に利用します。
テレビや新聞、インターネットでも日本企業の情報に接する機会が多くあります。
勤務先や取引先を通じて業界の状況を理解している人もいます。
一方、海外企業については会社名を知っていても、事業内容や競争環境までは分からないことがあります。
人はよく知っているものを安全だと感じやすいため、身近な企業へ投資しやすくなります。
言語の壁もホームバイアスを生む
海外投資では言語も障壁になります。
日本企業なら決算資料や適時開示を日本語で読むことができます。
米国企業へ直接投資する場合、企業の開示資料や決算説明などが英語中心になります。
企業分析をしようとすれば、海外の会計制度や市場慣行についても理解する必要があります。
こうした情報取得コストが、自国企業への投資を選びやすくしてきました。
もっとも生成AIや翻訳技術が急速に発達したことで、言語による情報格差は以前より小さくなっています。
この変化もホームバイアスを弱める可能性があります。
為替リスクも重要になる
海外株へ投資すると、株価だけでなく為替相場の影響も受けます。
例えば米国株がドルベースで値上がりしても、その間に円高ドル安が進めば、円換算した投資収益は小さくなることがあります。
反対に株価がそれほど上昇していなくても、円安ドル高が進めば円換算の資産価値は増加します。
日本で生活し、将来も円で生活費を支払う人にとって、円建て資産を保有することには一定の合理性があります。
したがって自国資産を持つこと自体が、すべて非合理的な行動というわけではありません。
ホームバイアスが問題になるのは、合理的な理由を超えて自国資産へ極端に集中する場合です。
かつて海外株は投資しにくかった
日本人のホームバイアスには、市場へのアクセスの問題もありました。
かつて海外株を購入することは現在ほど簡単ではありませんでした。
取り扱う証券会社が限られていたり、売買手数料が高かったり、企業情報を入手しにくかったりしました。
米国市場との時差もあります。
米国株をリアルタイムで取引しようとすれば、日本では深夜まで起きている必要がありました。
こうした物理的な不便さが、日本人を日本株へ向かわせる一因になっていました。
投資信託が国境を低くした
この状況を大きく変えたのが投資信託です。
現在では日本円で投資信託を購入するだけで、世界中の株式へ分散投資できます。
特にS&P500や全世界株式に連動する低コストのインデックスファンドが広く利用されるようになりました。
投資家自身が海外企業を一社ずつ分析する必要はありません。
ドルを準備して個別株を売買する必要もありません。
投資信託を通じて、海外株投資の情報面や取引面のハードルが大幅に低下しました。
新NISAが海外投資をさらに身近にした
新NISAも日本人の投資行動を変える重要な要素です。
新NISAで初めて本格的な資産運用を始めた人の中には、最初からS&P500や全世界株式などを選ぶ人がいます。
この世代にとって、
まず日本株へ投資する
その後海外株へ広げる
という順番は必ずしも当たり前ではありません。
投資を始めた時点から世界分散投資が選択肢になっています。
これは従来のホームバイアスを弱める大きな変化です。
23時間取引で時間の壁まで小さくなる
さらに米国株の23時間取引が始まれば、個別株投資でも大きな変化が起こります。
従来、日本時間の昼間には東京証券取引所が開いていましたが、米国株の通常取引は行われていませんでした。
時間帯そのものが日本株と米国株を分けていたのです。
23時間取引が普及すると、日本時間の午前10時でも日本株と米国株を同時に売買できるようになります。
投資家は、
日本企業だから昼間に買える
米国企業だから夜まで待たなければならない
という違いを意識する必要がなくなります。
ホームバイアスを支えてきた取引上の障壁がさらに一つ小さくなることになります。
スマートフォンでは国境が見えにくくなる
ネット証券のスマートフォンアプリでは、日本株も米国株も同じ端末から検索できます。
投資家から見れば、東京証券取引所とナスダックという物理的に離れた市場でも、画面上では数回の操作で切り替えられます。
取引時間まで重なるようになれば、その差はさらに小さくなります。
日本の半導体会社と米国の半導体会社を比較する。
日本の自動車会社と米国の自動車会社を比較する。
日本のIT企業と米国の巨大テック企業を比較する。
企業の国籍ではなく、成長性や収益力を基準に投資する環境が整っていきます。
ホームバイアスが弱まると日本株には何が起こるのか
日本人のホームバイアスが弱まれば、日本企業にとっては厳しい競争になります。
かつては日本の個人投資家の資金が、日本株へ向かいやすい環境がありました。
しかし投資先の国境が薄くなれば、その資金は自動的に日本企業へ向かいません。
日本企業は、
米国企業
欧州企業
アジア企業
など世界中の企業と投資資金を争うことになります。
日本企業であること自体が、国内投資家をつなぎ留める理由ではなくなっていきます。
一方で世界の投資家を呼び込む機会にもなる
ホームバイアスの低下は、日本企業にとって悪いことばかりではありません。
日本人が海外株へ投資しやすくなるのと同じように、海外投資家も日本株へ投資しやすくなるからです。
重要なのは日本企業が国内投資家だけに依存するのではなく、世界中の投資家から資金を集められる企業になることです。
企業統治を改善する。
資本効率を高める。
成長投資を行う。
株主還元を充実させる。
情報開示を分かりやすくする。
こうした改革によって世界の投資家から評価されれば、ホームバイアスの低下を逆に成長機会へ変えることもできます。
分散投資とホームバイアスは分けて考える
個人投資家にとって重要なのは、日本株を持つことが良いか悪いかという単純な話ではありません。
日本で生活している以上、日本企業や日本経済との関係を考えて円建て資産を保有することには合理性があります。
一方で給与、年金、不動産、預貯金など生活基盤の多くが日本に集中している人が、金融資産まで日本株だけに集中させれば、日本経済への依存度が高くなる可能性があります。
だからこそ自分の資産全体を見ながら、日本株と海外株をどの程度組み合わせるのかを考える必要があります。
ホームバイアスをなくすこと自体が目的なのではなく、知らないうちに一つの国へ資産が偏っていないかを確認することが重要です。
結論
ホームバイアスとは、投資家が海外資産より自国の資産を多く保有する傾向をいいます。
自国企業について情報を得やすいこと、言語の壁がないこと、為替リスクを避けやすいこと、海外市場へのアクセスが難しかったことなどが背景にあります。
しかしネット証券、低コストの投資信託、新NISAの普及によって、日本人が海外株へ投資するハードルは大きく下がりました。
さらに米国株の23時間取引が普及すれば、日本時間の昼間にも日本株と米国株を同時に比較して売買できるようになります。
時間という最後の大きな障壁まで薄くなります。
その結果、日本人だから日本株を買うという従来のホームバイアスは、さらに弱まる可能性があります。
これは日本企業にとって厳しい変化ですが、同時に世界中の投資家から資金を集める機会でもあります。
投資家が国籍ではなく企業の魅力で投資先を選ぶ時代になれば、日本企業にも世界の企業と比較されてなお選ばれる理由が必要になります。
米国株の23時間取引は、取引時間を変えるだけではありません。
投資家と自国市場を結びつけてきたホームバイアスそのものを弱め、株式投資を本当の意味で国境のない競争へ近づける可能性があるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊「米国株を日本の昼間も売買 ネット証券5社、23時間取引に対応」
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊「米国株の23時間取引 テック株への関心高く」