亡くなった俳優が新作映画に出演する。
何十年も前に亡くなった歌手が新しい映像の中で歌う。
伝説的なスポーツ選手が、現在発売されている商品の広告に登場する。
生成AIや映像技術が進歩すれば、こうしたことは技術的にはますます容易になっていきます。
故人の写真や映像、音声を利用すれば、本人そっくりの姿や声をデジタル空間に再現できるからです。
さらに生成AIを組み合わせれば、生前に撮影していない映像を作ったり、本人が実際には話していない広告文を本人そっくりの声で読ませたりすることも可能になります。
そこで問題になるのが、亡くなった有名人を誰が、どこまで利用してよいのかという問題です。
本人はその広告への出演を了承していません。
商品を使ったことすらないかもしれません。
それでも遺族や権利者が認めれば、死後も有名人の顔や声が経済的価値を生み続ける可能性があります。
AI時代には、人間の「芸能活動」や「広告価値」が肉体の死を超えて続く時代がやって来るのかもしれません。
故人の顔や声が商品になる
有名人の大きな特徴は、氏名や顔そのものに経済的価値があることです。
有名な俳優が広告に登場すれば商品が注目されます。
人気スポーツ選手が商品を推薦すれば売上に影響することがあります。
歌手の名前や写真が付いた商品なら、ファンが購入することもあります。
つまり有名人の場合、
名前。
顔。
声。
姿。
イメージ。
そのものがビジネス上の価値を持っています。
生成AIは、この価値を本人の死後も利用できる可能性を大きくします。
生前に撮影された映像だけを再利用するのではなく、新しい映像を作れるからです。
過去の映像を使うこととAIで新しく作ることは違う
ここで重要なのが、過去の作品を再利用する場合との違いです。
例えば亡くなった俳優が生前に出演した映画を再上映します。
そこに映っているのは、本人が実際に演じた姿です。
過去に撮影した広告を再放送する場合も、本人が実際に出演したものです。
生成AIによる復活は違います。
本人が撮影していない映像を作ります。
本人が話していない文章を話させます。
本人がしたことのない動きをさせることもできます。
つまり「過去の本人を再利用する」のではなく、「新しい本人らしい表現を生成する」ことになります。
ここに従来とは異なる問題があります。
亡くなった俳優を新作映画へ出演させる
映画では、デジタル技術によって俳優の外見を若返らせたり、過去の人物を映像上で再現したりする表現が可能になっています。
生成AIがさらに発達すれば、亡くなった俳優を新しい作品へ登場させることも技術的には容易になるでしょう。
例えば往年の人気俳優を、現代の俳優と共演させる。
若い頃の姿で新しい映画へ出演させる。
本人の声まで再現する。
映画会社にとっては非常に魅力的な企画になる可能性があります。
ファンにとっても、もう見ることができないと思っていた俳優の「新作」を見られることになります。
しかし、それは本当にその俳優の新作なのでしょうか。
本人は演技していません。
演出について意見を述べていません。
脚本を読んで出演するかどうか判断したわけでもありません。
外見は本人でも、演技主体は別に存在することになります。
本人ならその仕事を引き受けたのか
死後のAI利用で最も難しい問いの一つがこれです。
本人が生きていたら、その仕事を引き受けたでしょうか。
例えば生前、
特定の商品を広告しなかった。
政治的な広告には出演しなかった。
酒類やたばこなど特定の商品を宣伝しない方針だった。
特定の企業とは仕事をしなかった。
という人がいたとします。
本人の死亡後、AIでその人を再現して広告へ出演させれば、生前の本人の価値観と矛盾する可能性があります。
権利関係を整理できることと、本人の意思を尊重していることは同じではありません。
AI時代には、この二つを分けて考える必要があります。
パブリシティ権とは何か
有名人の氏名や肖像には、商品を販売したり顧客を引き付けたりする力があります。
こうした経済的価値に関係するものとして、パブリシティ権という考え方があります。
例えば有名スポーツ選手の写真を無断で商品広告に利用すれば、その人物が持つ顧客吸引力を商業的に利用することになります。
ただし、日本では死後の肖像やパブリシティに関する扱いを、単純に「本人の権利がそのまま相続される」とだけ理解することはできません。
利用する素材によっては著作権など別の権利も関係します。
契約によって利用範囲が決められている場合もあります。
そのため故人の顔や声を利用したビジネスでは、誰から許諾を得ればよいのかを個別に慎重に確認する必要があります。
遺族が認めれば何でもできるのか
故人のAI利用では、遺族の意向も重要になります。
しかし遺族が一人とは限りません。
配偶者。
子ども。
兄弟姉妹。
本人と長年仕事をしてきた関係者。
それぞれ故人に対する考え方が違うことがあります。
一人の遺族は、
本人を忘れないためにもAIで残したい。
と考える。
別の遺族は、
本人は絶対に望んでいなかった。
と考える。
さらに、法律上の権利を管理する人と、故人に最も近かった家族が同じとも限りません。
「遺族が同意した」という一言だけでは解決できない問題が残ります。
芸能事務所や権利管理会社の役割
有名人の場合、家族だけでなく所属事務所や権利管理会社などが関係することがあります。
生前から、
肖像をどのように利用するか。
過去の映像をどこまで利用できるか。
商品化を認める範囲。
死後の利用。
などについて契約が存在する場合があります。
AIによる再現が一般的になれば、芸能契約にも新しい項目が必要になるでしょう。
死後にAIで再現してよいか。
映画への出演を認めるか。
広告利用を認めるか。
音声を生成してよいか。
新しいせりふを話させてよいか。
本人が生きている間に、こうしたことまで契約で決める時代になる可能性があります。
死後出演料という考え方が生まれる可能性
AIで故人を広告や映画へ出演させれば、当然そこには経済的価値が発生します。
企業は広告効果を得ます。
映画会社は作品の売上を得ます。
配信会社も収益を得るかもしれません。
では、その対価は誰に支払われるのでしょうか。
権利を管理する会社。
遺族。
相続人。
本人が設立した法人。
契約によってさまざまな形が考えられます。
将来的には、生前の出演料とは別に「死後のデジタル利用」に関する対価をあらかじめ契約で定めることが一般化する可能性もあります。
有名人の経済価値が死亡によって終わらなくなるからです。
故人が死後も稼ぎ続ける時代
これは大きな変化です。
これまでも、亡くなった作家の本が売れることはありました。
亡くなった歌手の音楽が聴かれることもあります。
亡くなった俳優の映画が配信されることもあります。
しかし、それらは基本的には生前に本人が作った作品です。
AI時代には違います。
本人の死後に新しい映像を作る。
新しい音声を作る。
新しい広告を作る。
新しいコンテンツを作る。
つまり故人の過去の作品が収益を生むだけでなく、「故人を再現したAI」が新しい収益を生み出す可能性があります。
デジタル人格そのものが資産のような性格を持ち始めます。
亡くなった歌手の新曲は誰の作品なのか
さらに複雑なのが創作です。
亡くなった歌手の声をAIで再現し、新しい曲を歌わせるとします。
作詞は別の人。
作曲も別の人。
歌声だけが故人そっくりです。
それを「故人の新曲」と呼べるのでしょうか。
本人は歌っていません。
曲を選んでもいません。
歌い方を決めてもいません。
AIが本人らしい声を生成しただけです。
それでもファンは本人の新曲のように感じるかもしれません。
生成AIによって、「誰が作品を作ったのか」という従来の創作の考え方まで揺らぐ可能性があります。
本人のブランドが死後に変質する危険
有名人には長い時間をかけて形成されたイメージがあります。
誠実な俳優。
反骨精神を持った歌手。
社会問題について発言していた文化人。
商品広告をほとんどしなかった著名人。
本人が死亡した後にAI利用が増えれば、そのイメージが変化する可能性があります。
あらゆる広告へ故人AIが出演する。
さまざまな商品を推薦する。
本人が知らなかったサービスについて話す。
短期的には収益を生むかもしれません。
しかし長期的には、本人が築いたブランドを傷つける可能性もあります。
死後のデジタル人格管理には、単なる収益最大化とは違う視点が必要です。
広告を見る人にも分かるようにする必要がある
AIで故人を再現する場合、視聴者が本物の映像と誤認しないことも重要です。
本人が生前に出演した広告なのか。
過去の映像を編集したものなのか。
AIによって新しく生成したものなのか。
外見だけでは区別できなくなる可能性があります。
そのため、
AIによる映像です。
本人が実際に出演したものではありません。
本人が実際に発言した内容ではありません。
といったことを分かりやすく示す必要性が高まるでしょう。
AIが本物そっくりになるほど、「これは本物ではない」と知らせる仕組みが重要になります。
ファンはAI復活を望むのか
法律やビジネスだけでは解決できない問題もあります。
ファンがどう感じるかです。
もう一度あの俳優を見たい。
新しい歌を聴きたい。
という人もいるでしょう。
一方で、
故人を静かに眠らせてほしい。
本人が作っていない作品を本人の名前で出してほしくない。
という人もいるでしょう。
AIによる復活は、故人への敬意なのか。
それとも故人の商品化なのか。
同じ映像を見ても、受け止め方は大きく異なります。
社会的な受容には時間がかかる可能性があります。
生前に自分の死後利用を決める時代へ
最も望ましい方法の一つは、本人自身が生前に意思を示しておくことです。
死後の映画出演を認める。
広告利用は認めない。
声の再現は家族利用だけ認める。
自分の名前で新作を発表してはいけない。
特定の商品分野では利用してはいけない。
利用できる期間を限定する。
収益の一部を特定の団体へ寄付する。
こうした条件をあらかじめ決めておく方法です。
これまで著名人の終活で中心だったのは、財産や著作権などの管理でした。
今後は「死後のデジタル人格をどう利用するか」まで管理対象になる可能性があります。
有名人だけの問題ではなくなる
現在は有名人の死後利用が注目されやすいですが、将来は一般の人にも関係する可能性があります。
SNSで多くのフォロワーを持つ個人。
動画配信者。
オンライン講師。
専門家。
個人事業主。
本人の顔や声、人格そのものが事業価値になっている人は増えています。
本人が亡くなった後もAIが動画を配信する。
AIが講座を続ける。
AIが商品を紹介する。
AIが有料会員へ回答する。
そのようなビジネスも考えられます。
「死後の広告出演」は、一部のスターだけの問題ではなくなるかもしれません。
結論
生成AIによって、有名人は死亡後も新しい映画へ出演し、新しい広告で商品を宣伝し、新しい音声で話すことが技術的には可能になりつつあります。
これは、過去の作品を再利用することとは大きく違います。
本人が実際には行っていない新しい活動を、本人の姿や声で作り出すからです。
そこでは、
本人はその仕事を引き受けただろうか。
遺族の同意だけでよいのか。
誰が権利を管理するのか。
収益は誰に帰属するのか。
AI生成であることをどう表示するのか。
本人のブランドや尊厳をどう守るのか。
といった問題が生まれます。
そして最も重要になるのが、本人の生前意思です。
自分が死んだ後、自分の顔を使ってよいのか。
声を使ってよいのか。
新しい作品を作ってよいのか。
広告へ出演させてよいのか。
生成AIは、人間に「死後の肖像や人格の使われ方」まで生前に考えることを求め始めています。
これまで有名人は、死後も作品によって稼ぎ続けることがありました。
これからは、作品だけではありません。
本人を模したデジタル人格そのものが新しい仕事をし、新しい収益を生み続ける可能性があります。
人間のブランド価値が肉体の寿命を超える時代です。
だからこそ、AIで故人を復活させられるかどうかだけではなく、「復活させて何をさせてよいのか」というルールが、これまで以上に重要になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月13日 朝刊 私たちはどう死ぬか(3) AI故人は気持ち悪い? 技術で手を伸ばす「あの世」