政府が一人当たり数万円の給付金を支給すると聞くと、必要な予算は給付額に対象人数を掛ければ分かるように思えます。
しかし、実際にはそれだけではありません。
給付金を国民へ届けるためには、対象者の抽出、申請書の作成や発送、審査、問い合わせ対応、システム改修、振り込みなど、様々な事務が必要です。
これらにかかる費用が給付金の事務費です。
制度が複雑になるほど、給付金そのものとは別に必要となる行政コストが増える可能性があります。
2027年度から先行実施される所得連動給付では、自治体の事務負担を減らすため、国による給付額の自動算定ツールやコールセンター、公金受取口座などを活用する方向です。
給付政策を評価するときには、国民へいくら配るのかだけでなく、そのお金を届けるためにいくらかかるのかを見ることも重要です。
給付金には二つの費用がある
給付制度に必要な費用は、大きく二つに分けて考えることができます。
一つは国民へ実際に支給する給付金です。
もう一つが、その給付金を支給するための事務費です。
たとえば一万人へ一万円ずつ給付するなら、給付金本体は一億円です。
しかし一億円を用意しただけでは、対象者の銀行口座へ自動的にお金が移動するわけではありません。
誰が対象なのかを調べます。
給付額を計算します。
必要であれば申請書を送ります。
申請内容を確認します。
振込先を確認します。
問い合わせにも対応します。
最後に振込処理を行います。
この一連の仕事にも費用がかかります。
システム改修費とは何か
給付金の事務費で大きな項目になり得るのがシステム改修費です。
自治体は住民基本台帳や住民税などの情報をシステムで管理しています。
新しい給付制度が始まれば、その制度に合わせて対象者を抽出する必要があります。
さらに所得によって給付額が変わるのであれば、計算機能も必要です。
振込データを作成する仕組みも整えなければなりません。
既存システムで対応できなければ、新たなプログラムの開発や改修が必要になります。
制度が始まるたびに自治体ごとにシステムを改修すれば、全国では相当な費用になります。
制度が複雑になるほど改修費も増えやすい
一律給付なら、システム処理は比較的単純です。
対象者全員に同じ金額を支給すればよいからです。
しかし所得連動給付では事情が異なります。
所得によって給付額が変わります。
さらに世帯構成や扶養人数などの条件を加えれば、計算は複雑になります。
所得が一定額を超えると徐々に給付額を減らす仕組みにすれば、その計算式もシステムへ組み込む必要があります。
制度を精緻にすれば公平性を高められる可能性がありますが、行政事務は複雑になります。
制度の精密さと事務コストには一定のトレードオフがあるのです。
郵送費も全国規模なら大きくなる
申請型の給付では、郵送費も発生します。
自治体から対象者へ案内や申請書を発送します。
対象者から申請書を返送してもらう場合もあります。
さらに書類に不備があれば、再度通知を送ることがあります。
一通当たりの費用は小さく見えても、対象者が数百万人、数千万人になれば総額は大きくなります。
郵送物には切手代だけでなく、
用紙
封筒
印刷
封入
発送作業
などの費用も必要です。
紙による給付行政は、目に見えにくいところで多くのコストを生みます。
振込費用も発生する
給付金を銀行口座へ送るためにも費用がかかります。
自治体などが金融機関へ大量の振り込みを行えば、振込事務が発生します。
さらに口座情報が間違っていれば、振り込みができません。
金融機関名が違う。
支店が違う。
口座番号が違う。
口座がすでに解約されている。
こうしたケースでは振込不能となり、自治体が本人へ確認して再度手続きを行う必要があります。
振り込みそのものの費用だけでなく、振込エラーを修正するための人件費も行政コストになります。
公金受取口座で口座確認を減らせる
この問題を減らすために重要なのが公金受取口座です。
給付を受けるたびに国民が口座情報を申請する方式では、行政側がその都度確認しなければなりません。
公金受取口座が登録されていれば、行政は登録済みの口座を給付に利用できます。
2027年度からの所得連動給付では、公金受取口座を原則的な振込先として利用する方向です。
登録者について申請不要の仕組みまで実現すれば、
申請書の発送
口座情報の記入
通帳の写しなどの確認
データ入力
といった事務を減らせる可能性があります。
公金受取口座には、国民の利便性だけでなく行政コストを削減する意味もあります。
コールセンター費用とは何か
給付金を実施すると、住民から大量の問い合わせが発生します。
自分は対象なのか。
いくらもらえるのか。
申請は必要なのか。
いつ振り込まれるのか。
申請したのに入金されていない。
こうした問い合わせを自治体職員だけで処理すると、通常業務に支障が出る可能性があります。
そこで専用のコールセンターを設置することがあります。
コールセンターには、
電話回線
オペレーター
研修
問い合わせ管理システム
運営委託
などの費用がかかります。
給付制度が複雑になれば質問の種類も増え、対応する人員も多く必要になります。
国がコールセンターを設ける意味
2027年度からの所得連動給付では、国がコールセンターを設置する方針です。
これは自治体の事務負担を軽減するために重要な取り組みです。
全国共通の質問について、各自治体がそれぞれコールセンターを用意するのは効率的ではありません。
制度の基本的な説明であれば、国が一括して対応できます。
自治体は地域固有の事情や個別案件への対応に集中できます。
全国共通でできる仕事を国がまとめて行うことは、給付行政の効率化につながります。
本人確認サイトも事務費削減につながる
政府は所得連動給付について、本人が給付額を確認できるサイトを整備する方向です。
これも単なる利便性向上策ではありません。
問い合わせを減らす効果が期待できます。
自分が給付対象なのか。
給付額はいくらなのか。
振り込みはいつなのか。
こうした情報を本人がオンラインで確認できれば、電話や窓口で問い合わせる必要性が小さくなります。
デジタル化への投資には費用がかかりますが、その結果として毎回発生する行政事務を削減できれば、長期的なコスト削減につながる可能性があります。
外部委託費も事務費の一部
大規模な給付制度では、自治体職員だけで事務を処理できない場合があります。
そこで民間企業への外部委託が行われます。
たとえば、
申請書のデータ入力
書類の封入や発送
コールセンター
システム開発
振込データ作成の補助
などです。
外部委託によって短期間で大量の事務を処理できます。
一方で委託費が必要になります。
制度開始までの準備期間が短ければ、急いで人員やシステムを確保しなければならず、費用が高くなる可能性もあります。
政策を決定してから実施までの時間も、事務費を左右する要素なのです。
給付額と行政コストを一緒に見る
給付政策を評価するときには、給付金の総額だけを見るのでは不十分です。
重要なのは、
国民へ実際に届く給付額
制度を運営するための事務費
を合わせて見ることです。
仮に同じ金額を国民へ届ける二つの制度があったとしても、一方は簡単な手続きで済み、もう一方は複雑な申請や審査を必要とするなら、行政コストは大きく異なります。
給付額に対して事務費が大きすぎれば、政策としての効率性が低下します。
特に少額の給付を多数の人へ配る制度では、事務費の割合が相対的に大きくなる可能性があります。
精緻な制度ほど良いとは限らない
所得連動給付では、所得に応じてきめ細かく給付額を変えることができます。
公平性という意味では合理的です。
しかし、所得区分を細かくしたり、様々な例外規定を設けたりすれば、システムと審査は複雑になります。
複雑な制度ほど問い合わせも増えます。
つまり、
公平性
分かりやすさ
行政コスト
のバランスが重要です。
一円単位まで公平な制度を作るために巨額の事務費が必要になるのであれば、本当に効率的なのかを考える必要があります。
共通インフラを作れば毎回の費用を減らせる
給付金の事務費を減らすために重要なのは、給付のたびに新しい仕組みを作らないことです。
所得情報
対象者抽出
給付額計算
公金受取口座
本人確認サイト
問い合わせ窓口
といった共通インフラをあらかじめ整備しておけば、新しい給付制度ができても既存の仕組みを利用できます。
最初のシステム整備には費用がかかります。
しかし、給付のたびに全国の自治体が個別システムを改修する方式より、長期的には効率化できる可能性があります。
2027年度からの所得連動給付は、こうした共通基盤を実際に機能させられるかを試す機会でもあります。
2029年度の本格制度では恒常的な運営費になる
2027年度からの制度は2年間の先行実施ですが、2029年度から本格制度へ移行すれば、事務費の性格も変わります。
一時的な給付金なら一時的な事務費で済みます。
しかし恒久制度になれば、
システム保守
データ更新
問い合わせ対応
給付処理
制度改正への対応
などの費用が毎年発生します。
したがって2029年度以降の制度設計では、給付金の恒久財源だけでなく、制度を運営し続けるための恒常的な行政コストも考える必要があります。
結論
給付金の事務費とは、国民へ支給する給付金そのものとは別に、制度を運営するために必要となる費用です。
システム改修、郵送、振り込み、コールセンター、外部委託、人件費など様々なコストが発生します。
給付制度が複雑になるほど、こうした行政コストも増える可能性があります。
2027年度からの所得連動給付では、公金受取口座、給付額の自動算定ツール、国のコールセンター、本人確認サイトなどを活用し、自治体の事務負担を減らす方向です。
重要なのは、国民へいくら配るのかだけで政策を評価しないことです。
一兆円を給付するために、行政がいくら使うのか。
同じ政策効果をもっと簡単な制度で実現できないのか。
一度整備したシステムを次の給付でも利用できないのか。
給付行政の効率を高めるには、給付額と事務費を合わせて考える必要があります。
申請不要の仕組みや共通システムの整備は、国民を便利にするだけではありません。
給付金を届けるために毎回発生してきた行政コストそのものを減らすための改革でもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月11日朝刊 所得連動給付の申請不要 地方にも財政負担案 国・地方協議会が初会合
デジタル庁 公金受取口座登録制度
総務省 地方公共団体情報システムの標準化