政府が2027年度から先行実施する所得連動型の新たな給付制度について、具体的な制度設計が動き始めました。大きな特徴は、公金受取口座を登録している人について、原則として申請しなくても給付金を受け取れる仕組みを目指していることです。
これまでの給付金では、対象者自身が申請し、自治体が内容を確認して振り込む方式が一般的でした。しかし、新制度では前年の住民税の所得情報と公金受取口座を組み合わせ、行政側から対象者を特定して給付する方向です。
これは単なる新しい給付金ではありません。日本の社会保障が「申請しなければ受け取れない仕組み」から「行政が対象者を把握して届ける仕組み」へ転換していく重要な一歩といえます。
所得に応じて給付額を決める
新制度は、税や社会保険料の負担が重い中低所得の現役勤労者を主な対象として、所得に応じて給付する仕組みです。
政府は2027年度から2年間、先行的に制度を実施する方針です。
先行実施では、食料品の消費税率引き下げに伴う1%相当分として、年間6000億円程度を原資とすることが想定されています。
そして2029年度から本格的な制度へ移行する計画です。
給付額の判定で重要になるのが住民税の所得情報です。
原則として前年の住民税の所得額を基準として、給付対象者や給付額を決める方向になっています。
所得を把握している自治体が制度運営で重要な役割を担うことになります。
公金受取口座なら申請不要へ
今回の制度設計で特に注目されるのが、公金受取口座の活用です。
公金受取口座とは、給付金などを受け取るために本人が国に登録しておく預貯金口座です。
政府は新制度の給付金について、公金受取口座への振り込みを原則とする方向です。
さらに、公金受取口座を登録している人については、申請そのものを不要にするための法整備も検討します。
これが実現すると、行政が所得情報から対象者を抽出し、給付額を計算したうえで、登録済みの口座へ振り込むという流れが可能になります。
従来のように、対象者が制度の存在を知り、申請書を入手し、必要事項を記入して提出するという手続きを大幅に減らせる可能性があります。
申請主義からプッシュ型給付へ
この仕組みには大きな意味があります。
従来の社会保障制度には、いわゆる申請主義が多く採用されています。
制度上は給付を受けられる人でも、本人が制度を知らなかったり、申請方法が分からなかったりすれば、実際には給付を受けられないことがあります。
そこで注目されているのが、行政側から対象者へ給付を届けるプッシュ型の行政サービスです。
所得情報と公金受取口座を行政が適切に連携できれば、
対象者の抽出
給付額の計算
本人への通知
口座への振り込み
という一連の事務をかなり自動化できる可能性があります。
デジタル化によって社会保障の取りこぼしを減らすという意味でも重要な改革です。
自治体が給付実務を担う
もっとも、給付を自動化するといっても、すべてを国だけで処理できるわけではありません。
制度運営では自治体が重要な役割を担います。
現在想定されている自治体の業務には、対象者の抽出、給付額の算定、必要な場合の申請や審査、給付金の振り込みなどがあります。
問題は、その事務負担です。
日本では過去にも様々な給付金が実施されてきました。
そのたびに自治体では、システム改修、対象者の抽出、申請書の発送、問い合わせ対応、審査、振り込みなど大量の業務が発生しました。
短期間で制度が設計されると、自治体職員だけでは対応できず、外部委託や臨時職員の確保が必要になる場合もあります。
制度を複雑にすればするほど、自治体の負担は大きくなります。
国が給付額を自動計算するツールを提供
こうした問題を踏まえ、政府は自治体の事務負担を軽減する仕組みも検討しています。
その一つが、対象者ごとの給付額を自動的に計算するツールです。
国が共通の計算ツールを開発し、自治体へ無償提供することが想定されています。
所得連動型給付では、所得水準によって給付額が変わるため、制度設計が複雑になるほど計算事務も増えます。
全国の自治体がそれぞれ独自にシステムを開発すれば、費用も時間もかかります。
国が共通基盤を用意することには、自治体のシステム改修費を抑えるだけでなく、自治体ごとの計算方法の違いを防ぐ効果も期待できます。
国のコールセンターも設置へ
自治体のもう一つの大きな負担が住民からの問い合わせです。
新しい給付制度が始まれば、
自分は対象になるのか
いくら受け取れるのか
いつ振り込まれるのか
申請は必要なのか
公金受取口座を登録していない場合はどうするのか
といった問い合わせが大量に発生すると考えられます。
そこで政府は、国がコールセンターを設置して対応する方針です。
さらに、本人が自分の給付額を確認できるサイトの整備も進めます。
制度説明や給付額確認を国側で集中的に処理できれば、市区町村の窓口負担をかなり軽減できる可能性があります。
最大の論点は地方にも財政負担を求めること
一方で、今回の国と地方の協議で大きな論点として浮上したのが財源です。
政府は新制度について、国だけではなく地方自治体も給付財源を負担する案を示しています。
具体的な負担額や国と地方の割合は、これから検討されます。
地方側から警戒する声が出ているのは当然でしょう。
給付事務を自治体が担当するだけでなく、給付金そのものの財源まで地方負担となれば、地方財政への影響は大きくなるからです。
自治体側からは、給付金だけでなく事務費やシステム改修費についても国が責任を持って措置すべきだとの意見が出ています。
政府の基本方針には、地方財政運営に支障が生じないよう適切に対応するとされています。
しかし、その具体的な仕組みはまだ決まっていません。
2029年度の本格導入では恒久財源が問題になる
2027年度からの制度はあくまで先行実施です。
より重要なのは2029年度から予定される本格導入です。
先行実施では年間6000億円程度が想定されていますが、本格制度の給付規模や必要となる恒久財源はまだ確定していません。
所得連動型給付を恒久制度として運営するのであれば、一時的な財源ではなく、毎年度安定して確保できる財源が必要になります。
さらに必要なのは給付金だけではありません。
自治体システムの改修費、国のシステム整備費、コールセンター費用、事務委託費などの行政コストも発生します。
制度の評価では、国民にいくら給付するかだけではなく、給付するために行政がいくら使うのかも見る必要があります。
給付付き税額控除への基盤になる可能性
今回の所得連動給付は、将来的な給付付き税額控除を考えるうえでも重要です。
給付付き税額控除では、所得税を減額するだけでなく、税額控除を使い切れない低所得者には現金を給付する仕組みが想定されます。
そのためには、個人の所得を把握し、給付額を計算し、本人の口座へ迅速に振り込む行政インフラが欠かせません。
今回検討されている、
住民税所得情報による対象者判定
給付額の自動算定
公金受取口座への振り込み
申請不要の仕組み
国による共通システム
という仕組みは、その基盤になり得ます。
2027年度の制度を単なる物価高対策として見るのではなく、2029年度以降の税と社会保障の一体改革に向けた実証段階として見ることもできます。
所得のタイムラグという課題もある
ただし、制度には課題があります。
その一つが前年所得を基準とすることです。
たとえば前年には一定の所得があった人が、今年になって失業や収入減に直面することがあります。
逆に前年所得が低かった人が、今年は大幅に所得を増やしていることもあります。
前年の住民税情報を利用する仕組みには行政事務を簡素化できる利点がありますが、現在の生活状況を必ずしも正確に反映できないという弱点があります。
所得連動型の制度を精緻にすればするほど、最新の所得をどのように把握するのかという問題が重要になります。
結論
2027年度から始まる所得連動給付は、単なる新しい給付金制度ではありません。
公金受取口座を登録している人について申請不要とし、住民税の所得情報から対象者と給付額を判定する仕組みが実現すれば、日本の給付行政は大きく変わります。
特に重要なのは、国民が申請して行政に給付を求める仕組みから、行政が対象者を把握して給付を届ける仕組みへの転換です。
一方で、その裏側では自治体が対象者抽出や給付実務を担います。さらに政府は地方にも財政負担を求める案を検討しており、国と地方の費用分担は今後の大きな争点になります。
そして本当に注目すべきなのは2029年度です。
所得情報、公金受取口座、給付額の自動計算という行政インフラが整備されれば、将来的な給付付き税額控除など、税と社会保障を組み合わせた制度を運営する基盤にもなります。
2027年度の先行実施は、給付金をいくら配るのかという話だけではありません。
日本の社会保障を「申請する制度」から「必要な人に届ける制度」へ変えられるのか。その試金石になる制度として、今後の設計を見ていく必要があります。
参考
日本経済新聞 2026年8月11日朝刊 所得連動給付の申請不要 地方にも財政負担案 国・地方協議会が初会合