マテリアリティとは何か 企業が優先すべき社会課題を決める仕組み編

経営

企業には、環境問題、人権、人材育成、地域社会、サプライチェーン、情報セキュリティーなど、多くの課題への対応が求められています。しかし、すべての課題に同じように経営資源を投入することはできません。そこで重要になるのが「マテリアリティ」です。自社にとって特に重要な課題を選び、経営戦略やパーパスと結びつける考え方です。

マテリアリティとは何か

マテリアリティは、日本語では一般に「重要課題」などと表現されます。

企業を取り巻く数多くの課題の中から、特に重要性の高いものを特定する考え方です。

例えば企業には、

気候変動

人的資本

人権

ダイバーシティ

サプライチェーン

研究開発

製品安全

情報セキュリティー

地域社会

企業統治

など、さまざまな課題があります。

どれも重要に見えます。

しかし企業が持つ資金や人材、時間には限りがあります。

すべての課題を最優先にすることはできません。

そこで、

「自社にとって本当に重要な課題は何か」

を選び出します。

これがマテリアリティを特定する基本的な考え方です。

なぜ重要課題を絞り込む必要があるのか

企業が、

「環境も大切です」

「人材も大切です」

「地域社会も大切です」

「顧客も取引先も大切です」

と宣言するだけなら簡単です。

しかし、すべてを重要とすれば優先順位がなくなります。

例えば100億円の投資余力がある企業が、

環境設備に投資するのか。

従業員教育に投資するのか。

サイバーセキュリティーを強化するのか。

研究開発を増やすのか。

サプライチェーンを強化するのか。

具体的に決めなければなりません。

経営とは限られた資源を配分することでもあります。

そのため、

「何が重要か」

だけではなく、

「何をより重要と考えるのか」

まで決める必要があります。

マテリアリティは、その優先順位を明確にするための考え方です。

企業によってマテリアリティは違う

重要なポイントは、すべての企業に共通するマテリアリティがあるわけではないことです。

業種や事業内容によって重要課題は異なります。

例えば製造業では、エネルギー使用量や二酸化炭素排出量、原材料調達などが重要になる場合があります。

金融機関であれば、顧客保護、情報管理、金融犯罪対策、投融資を通じた社会への影響などが重要でしょう。

食品企業であれば、食品安全、原材料調達、食品ロスなどが重要になります。

IT企業なら、個人情報保護、サイバーセキュリティー、AIの適切な利用などが重要になるでしょう。

つまり、

「世の中で話題になっているから」

という理由だけでマテリアリティを決めるものではありません。

自社の事業との関係を考える必要があります。

ステークホルダーとの関係から考える

マテリアリティを考える際に重要なのがステークホルダーです。

企業にはさまざまな利害関係者がいます。

株主。

従業員。

顧客。

取引先。

金融機関。

地域社会。

行政。

それぞれ企業に対して異なる期待を持っています。

株主は持続的な企業価値向上を求めます。

従業員は働きやすさや成長機会を求めるでしょう。

顧客は品質や安全性を重視します。

取引先は安定した取引関係を求めます。

地域社会は雇用や環境への配慮を期待するかもしれません。

こうしたステークホルダーの意見を把握し、

「自社にどのような課題への対応が求められているのか」

を考えます。

社会から見た重要性だけではない

マテリアリティでは、社会にとって重要かどうかだけを考えるわけではありません。

企業経営への影響も重要です。

例えば気候変動を考えてみます。

気候変動は社会全体にとって大きな問題です。

同時に企業にとっても、

原材料価格の上昇

自然災害による工場停止

エネルギー価格の変動

環境規制の強化

消費者行動の変化

などを通じて経営に影響します。

つまり、

「企業が社会にどのような影響を与えるか」

と、

「社会や環境の変化が企業にどのような影響を与えるか」

という両方の視点があります。

マテリアリティを考えるうえでは、この双方向の関係を見ることが重要です。

ダブルマテリアリティとは何か

この考え方をより明確にしたものが「ダブルマテリアリティ」です。

一つは、環境や社会の問題が企業の財務や企業価値にどのような影響を与えるかという視点です。

もう一つは、企業活動そのものが環境や社会にどのような影響を与えるかという視点です。

例えば化石燃料価格の上昇によって企業のコストが増えるのであれば、環境問題が企業に与える影響です。

一方、企業の工場から大量の二酸化炭素が排出されているのであれば、企業が環境に与える影響です。

同じ環境問題でも方向が違います。

企業価値だけを見るのではなく、企業が社会に与える影響まで考えるところがポイントです。

マテリアリティマトリックスとは何か

企業がマテリアリティを整理する方法の一つとして、マテリアリティマトリックスがあります。

例えば縦軸に、

「ステークホルダーにとっての重要度」

横軸に、

「企業経営にとっての重要度」

を置きます。

そして気候変動、人権、人材育成、情報セキュリティーなどの課題を配置します。

両方の重要度が高い課題ほど、企業として優先的に取り組むべきマテリアリティになるという考え方です。

この方法を使うと、多数の課題を視覚的に整理できます。

ただし注意も必要です。

マトリックスを作成すること自体が目的ではありません。

本当に重要なのは、選んだ課題について経営資源を配分し、具体的な行動につなげることです。

マテリアリティは経営戦略につながらなければならない

企業が統合報告書などでマテリアリティを公表するケースが増えています。

しかし、

「重要課題を10個選びました」

だけでは経営は変わりません。

例えば人的資本を重要課題とするのであれば、

どのような人材を育成するのか。

教育投資をどこまで増やすのか。

採用戦略をどう変えるのか。

管理職をどう育成するのか。

従業員をどのように評価するのか。

といった具体策につなげる必要があります。

環境問題をマテリアリティとするのであれば、

どの設備に投資するのか。

どの原材料を変更するのか。

どこまで排出量を削減するのか。

どの事業を成長させるのか。

といった経営判断が必要です。

マテリアリティは報告書を作成するための項目ではなく、経営資源の配分を決めるためのものだと考える必要があります。

パーパスとの関係

マテリアリティとパーパスには深い関係があります。

パーパスは、

「企業は何のために存在するのか」

という存在意義です。

しかしパーパスは抽象的になりやすいという問題があります。

例えば、

「豊かな社会を実現する」

というパーパスだけでは、具体的に何をすればよいのか分かりません。

そこでマテリアリティを設定します。

例えばその企業にとって、

高齢者の生活支援

地域社会の活性化

人材育成

環境負荷の削減

が重要であると特定します。

パーパスという大きな方向性を、具体的な経営課題へ分解するわけです。

パーパスを具体化する役割がある

パーパス、マテリアリティ、KPIの関係を考えると分かりやすくなります。

まずパーパスがあります。

「なぜ私たちは存在するのか」

を決めます。

次にマテリアリティです。

「そのパーパスを実現するために、何を重点課題とするのか」

を決めます。

さらにKPIなどを設定します。

「重点課題について、どこまで進んだのか」

を確認します。

例えば、

パーパスが、

「健康で豊かな社会をつくる」

だとします。

マテリアリティとして、

「従業員の健康」

を選びます。

そしてKPIとして、

健康診断受診率

休職率

従業員エンゲージメント

などを設定することが考えられます。

このようにつなげることで、抽象的な理念を具体的な行動へ変えることができます。

マテリアリティが多すぎる問題

企業のマテリアリティを見ると、非常に多くの項目が並んでいる場合があります。

環境。

人権。

人材。

顧客。

地域社会。

ガバナンス。

DX。

イノベーション。

サプライチェーン。

すべて重要だという状態です。

しかし重要課題を選ぶ本来の目的は、優先順位をつけることです。

20個も30個も最重要課題があれば、結局何が最も重要なのか分からなくなります。

企業経営では、

「何をやるか」

だけでなく、

「何を後回しにするか」

も決めなければなりません。

マテリアリティとは、経営の選択でもあります。

流行する社会課題だけを選んではいけない

もう一つ注意したいのが、社会的に注目されているテーマを並べるだけになることです。

気候変動が注目されれば気候変動。

人的資本が注目されれば人的資本。

AIが注目されればAI。

その時々の流行を追うだけでは、自社独自のマテリアリティにはなりません。

重要なのは、

自社のパーパス

事業モデル

競争力

ステークホルダー

将来のリスクと機会

との関係です。

同じ業界に属する企業でも、戦略が違えばマテリアリティも違ってよいはずです。

むしろ各社のマテリアリティがほとんど同じであれば、本当に自社独自の経営課題を選んでいるのかを考える必要があります。

マテリアリティは固定されたものではない

マテリアリティは一度決めたら永久に変えないものでもありません。

社会や企業を取り巻く環境は変化します。

新しい技術が登場する。

法律が変わる。

顧客ニーズが変わる。

自然災害が増える。

地政学リスクが高まる。

企業自身が新しい事業に進出することもあります。

それに伴って重要課題も変化します。

したがって企業は定期的に、

「現在のマテリアリティは本当に重要なのか」

を見直す必要があります。

結論

マテリアリティとは、企業を取り巻く数多くの社会課題や経営課題の中から、自社にとって特に重要な課題を選び出す考え方です。

企業には限られた資金、人材、時間しかありません。

すべての社会課題に同じように対応することはできません。

だからこそ、

「何を最優先するのか」

を決める必要があります。

その際には企業自身の利益だけではなく、従業員、顧客、取引先、地域社会などステークホルダーへの影響も考えます。

そして重要なのは、マテリアリティを選んで終わりにしないことです。

経営戦略、投資、人材配置、KPIなどにつなげなければ意味がありません。

パーパスが、

「私たちは何のために存在するのか」

を示すものなら、マテリアリティは、

「その存在意義を実現するために何を優先するのか」

を決めるものです。

パーパスを美しい言葉で終わらせず、限られた経営資源を具体的にどこへ投入するのか。

その橋渡しをするのがマテリアリティではないでしょうか。

参考

日本経済新聞 2026年8月10日朝刊
エコノミクス トレンド
企業のパーパスを再考する
若林直樹・京都大学教授

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