1990年代後半、日本経済はバブル崩壊後の長期低迷に加え、金融危機やアジア通貨危機に直面しました。景気を立て直すため、政府は公共投資や金融システム対策とともに大規模な減税を実施します。
その代表的な政策が1999年に始まった定率減税です。
定率減税は所得税や住民税を一定の割合で減らす仕組みでした。当初は景気対策として導入されましたが、その後長期間続き、完全に廃止されたのは2007年です。
一度導入した減税を元に戻すことがどれほど難しいのか。現在の期限付き消費税減税を考えるうえでも、定率減税の歴史は参考になります。
定率減税とは何か
定率減税とは、計算された所得税や住民税の一定割合を減額する制度です。
所得税の場合、課税所得そのものを減らす所得控除とは仕組みが異なります。
所得控除では、
収入から必要経費などを差し引く
さらに所得控除を差し引く
課税所得を計算する
税率を掛ける
という流れで税額を計算します。
一方、定率減税は基本的に計算された税額から一定割合を差し引きます。
1999年に始まった制度では、所得税について税額の20%を減額し、住民税についても税額の15%を減額する仕組みが採用されました。
ただし減税額には上限が設定されていました。
そのため、所得が高く税額が大きい人の減税額が無制限に増える制度ではありませんでした。
なぜ1999年に定率減税が始まったのか
背景にあったのが深刻な景気低迷です。
1997年4月、日本では消費税率が3%から5%へ引き上げられました。
同じ年にはアジア通貨危機が発生しました。
国内では北海道拓殖銀行や山一証券などの経営破綻が相次ぎ、金融システムへの不安も強まりました。
企業は設備投資を抑え、家計も消費に慎重になります。
日本経済には強いデフレ圧力がかかりました。
こうした状況で1998年に発足した小渕恵三政権は、大規模な景気対策を進めます。
その一つが所得税と住民税の減税でした。
家計の税負担を減らして可処分所得を増やし、消費を下支えする狙いがありました。
定額ではなく一定割合を減税する仕組みだった
定率減税の特徴は、その名称の通り税額の一定割合を減らすことです。
例えば、本来の所得税額が30万円だったとします。
仮に20%の定率減税を適用すると、
30万円掛ける20%で6万円
となります。
この場合、所得税負担は原則として24万円になります。
一方、本来の所得税額が10万円なら、
10万円掛ける20%で2万円
が減税額になります。
税額に連動して減税額が変化する仕組みです。
これに対して、一定金額を税負担から差し引く方式が定額減税です。
定率減税と定額減税は名前が似ていますが、仕組みは異なります。
恒久的な減税として導入された
1990年代には所得税や住民税の特別減税が繰り返されていました。
しかし、そのたびに今年は減税するのか、来年はどうなるのかという不透明感が生じます。
そこで小渕政権では、期限を明確に区切った特別減税ではなく、恒久的な減税という考え方が打ち出されました。
ここで注意したいのが恒久的という言葉です。
未来永劫続けるという意味ではなく、少なくとも当面は期限を定めずに続けるという政策的な位置付けでした。
景気回復が十分に確認できるまで家計の税負担を軽減しようとしたわけです。
しかし、期限を決めなかったことが、その後の廃止を難しくする一因にもなりました。
減税によって税収は減少する
当然ですが、減税すれば国や地方自治体の税収は減ります。
定率減税も大規模な減税でした。
問題は、日本の財政がすでに厳しい状況にあったことです。
バブル崩壊後、政府は景気を下支えするために公共事業や減税などを繰り返しました。
一方で景気低迷によって税収は伸び悩みました。
歳出は増える。
税収は減る。
その差を埋めるために国債発行が増えていきます。
1990年代末から日本の国債発行額が大きく増えた背景には、金融危機への対応や景気対策など複数の要因があります。
定率減税だけが国債増発の原因ではありませんが、大規模な減税が財政収支を悪化させる一つの要因になったことは重要です。
景気が回復しても減税をやめるのは難しい
景気対策として減税を始めたのであれば、景気が回復した段階で終了すればよいように思えます。
ところが実際には簡単ではありません。
減税を始めると家計は減税後の手取り収入を前提として生活するようになります。
企業も消費や景気への影響を考えます。
そこで減税を終了すると、制度上は元の税制に戻すだけでも、国民から見れば税負担が増えます。
つまり減税の廃止が実質的な増税として受け止められます。
これが減税政策の大きな特徴です。
始めるときより、やめるときのほうが政治的な負担が大きくなりやすいのです。
定率減税の縮小が始まった
2000年代に入ると、日本経済は徐々に回復へ向かいました。
企業業績が改善し、政府内では財政健全化を進める必要性も高まります。
そこで定率減税を段階的に縮小することになりました。
一気に廃止するのではなく、まず減税規模を半分に縮小し、その後に完全廃止する方法が採られました。
これは家計への急激な負担増を避けるためでもあります。
しかし、減税幅を半分にするだけでも、家計から見れば税負担は増えます。
景気対策として始めた政策を終了する難しさがここに表れています。
2007年に完全廃止された
定率減税は最終的に2007年に完全廃止されました。
1999年に始まってから約8年間続いたことになります。
当初は景気低迷への対応として導入された制度でした。
しかし経済環境が変化してもすぐには終了できませんでした。
この約8年間という期間は、税制における一時的な負担軽減策が長期化する可能性を考えるうえで重要です。
政策には一度導入すると維持を求める力が働きます。
これを政策の粘着性と考えることもできます。
減税廃止はなぜ増税に見えるのか
例えば本来30万円だった所得税が、減税によって24万円になったとします。
その状態が何年も続けば、家計にとって24万円が通常の税負担になります。
その後、減税を終了して30万円に戻せば、
税制上は元に戻っただけ
でも、
家計から見れば6万円の負担増
です。
人は以前の制度より、現在の負担と比較して変化を感じます。
そのため減税の終了は政治的には増税とほぼ同じ問題を引き起こします。
これが期限付き減税にも共通する重要な問題です。
今回の食料品消費税減税にも同じ問題がある
現在の食料品消費税減税にも、定率減税と共通する問題があります。
政府は2027年4月から2年間、食料品の消費税率を1%に引き下げる方針です。
現在の軽減税率8%から1%への大幅な引き下げとなります。
政府は2029年度に所得に連動した新たな給付制度を本格導入し、消費税減税を終了する考えを示しています。
しかし2年間、食料品の税率が1%の状態が続けば、消費者はその価格水準に慣れます。
そこから8%へ戻せば、制度上は予定された減税の終了でも、家計にとっては負担増です。
特に物価高が続いている状況であれば、税率を戻す政治的なハードルはさらに高くなるでしょう。
2年間という期限だけでは十分ではない
期限付き減税では、最初から終了時期を決めておけば問題がないようにも見えます。
しかし定率減税の歴史を見ると、政策は経済状況や政治情勢によって変更される可能性があります。
2年後に景気が悪化していたらどうするのか。
食品価格がさらに上昇していたらどうするのか。
新しい給付制度の準備が遅れていたらどうするのか。
国政選挙が近づいていたらどうするのか。
こうした状況になれば、減税延長を求める声が強まる可能性があります。
だからこそ期限だけではなく、減税を終了するための条件や次の制度への移行方法まで考えておく必要があります。
減税には入口と出口がある
減税政策は入口だけを見ると非常に分かりやすい政策です。
税率を下げる。
税負担が減る。
手取りが増える。
家計を支援できる。
しかし財政政策として考えるなら、その後まで見る必要があります。
財源をどう確保するのか。
いつ終了するのか。
終了後の家計負担をどうするのか。
景気が悪ければ延長するのか。
延長した場合の追加財源はどうするのか。
ここまで含めて制度設計する必要があります。
定率減税が約8年間続いた歴史は、減税政策の出口がいかに難しいかを示しています。
結論
定率減税は、バブル崩壊後の長期低迷や金融危機に対応するため、1999年に導入された所得税と住民税の負担軽減策です。
所得税では税額の20%、住民税では15%を減額する仕組みが採られ、家計の可処分所得を増やして景気を下支えすることが期待されました。
しかし、期限を定めない減税として始まったため、その後の終了には時間がかかりました。
景気が回復しても、一度軽くなった税負担を元に戻せば、国民には増税として受け止められます。
結果として定率減税は段階的に縮小され、2007年に完全廃止されるまで約8年間続きました。
この経験は、現在予定されている食料品の消費税減税を考えるうえでも重要です。
2年間限定と決めることと、実際に2年後に終了できることは同じではありません。
減税を始めるときには歓迎されても、終わらせるときには負担増への反発が生じます。
だからこそ減税政策では、いくら減税するかだけではなく、いつ、どのような条件で終了し、その後どの制度へ移行するのかまで決めておくことが重要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月9日朝刊
減税先行 揺れた政権基盤 歴代内閣、財源確保に難航 赤字国債増の事例も