政府が減税を実施すると、家計や企業の負担は軽くなります。その一方で、国に入ってくる税収は減少します。
それでは、減税によって不足した財源をどうするのでしょうか。
歳出を同じだけ削減できれば問題ありません。しかし、それができなければ別の財源が必要です。
1990年代の日本では、所得税などの減税によって生じる税収不足を補うために、減税特例公債という国債が発行されました。
現在、政府は2027年4月から予定する食料品の消費税減税について、赤字国債には頼らない方針を示しています。
なぜ政府が国債に頼らないことを強調するのかを理解するうえでも、1990年代の減税特例公債は重要な事例です。
減税特例公債とは何か
減税特例公債とは、減税によって生じる税収不足を補うために発行された国債です。
国の予算では、
税金
国債
税外収入
などによって必要な歳入を確保します。
例えば、本来100兆円の税収が入るところ、大規模な減税によって97兆円になったとします。
歳出も3兆円減らせれば収支を合わせることができます。
ところが歳出を減らさなければ、3兆円の穴が開きます。
その穴を国債発行によって埋めるというのが基本的な考え方です。
1990年代には景気対策として所得税や住民税の特別減税が行われ、その財源を補うために減税特例公債が利用されました。
つまり、減税による恩恵を現在の国民が受け、その財源を国債という形で将来に回したとも考えることができます。
通常の赤字国債とは何が違うのか
国債にはさまざまな種類があります。
代表的なのが建設国債と特例公債です。
建設国債は、道路や公共施設など将来世代も利用する社会資本を整備するために発行されます。
一方、税収だけでは一般的な歳出を賄えない場合に発行されるのが、一般に赤字国債と呼ばれる特例公債です。
減税特例公債も広い意味では財源不足を国債によって補うものです。
ただし、通常の財政赤字を補うというより、政策的に実施した減税によって生じた税収不足を補う目的が明確でした。
もう一つ特徴的だったのが償還の考え方です。
当時の減税特例公債は、通常の国債より短い期間で償還する仕組みが採られました。
その背景には、減税が将来の税制改革と一体で考えられていたことがあります。
なぜ1990年代に減税が必要だったのか
背景にあったのがバブル経済崩壊後の景気低迷です。
1990年代初めにバブルが崩壊すると、株価や地価が大幅に下落しました。
企業や金融機関は大量の不良債権を抱え、企業活動や個人消費も低迷しました。
政府には景気を下支えする政策が求められました。
その一つとして選択されたのが所得税や住民税の減税です。
所得税を減らせば家計の手取りが増えます。
例えば、税負担が年間10万円軽くなれば、その一部が消費に回る可能性があります。
消費が増えれば企業の売上が増え、それが設備投資や雇用につながることが期待されます。
こうした景気刺激効果を狙って大規模な減税が行われたのです。
細川政権では減税と国民福祉税が構想された
1994年には細川護熙政権が大規模な税制改革を構想しました。
所得税や住民税を中心に総額6兆円規模の減税を実施する一方、消費税を税率7%の国民福祉税へ変更する構想です。
考え方としては、
まず所得税などを減税する
その後に消費課税を強化する
というものでした。
ところが国民福祉税構想は、唐突な発表だったことなどから与党内でも強い反発を受け、短期間で撤回されました。
一方で所得税や住民税の特別減税は残りました。
財源となるはずだった税制改革が実現せず、減税だけが先行する形になったわけです。
村山政権は増減税の一体処理を進めた
1994年6月に発足した村山富市政権では、減税と将来の消費税増税を組み合わせる方針が採られました。
所得税などの減税を先に実施し、1997年に消費税率を3%から5%へ引き上げることで財源を確保する考え方です。
これが増減税の一体処理です。
ただし、大きな問題があります。
減税は先に始まりますが、消費税増税による税収増は数年後です。
その間には財源の空白が生まれます。
そこで登場したのが減税特例公債でした。
1994年度から1996年度にかけて、減税特例公債は合計約8兆円発行されました。
将来の増税を前提に国債を発行する
減税特例公債の考え方で重要なのが、将来の税収によって返済するという発想です。
当時は1997年に消費税率を3%から5%へ引き上げることが予定されていました。
そのため、
現在は所得税などを減税する
税収不足を国債で補う
将来は消費税率を引き上げる
増えた税収を財政健全化につなげる
という時間軸で政策が設計されました。
いわば将来入ってくる税収を見込んで、現在の減税財源を一時的に借金でつないだわけです。
この点が通常の財政赤字とは少し異なります。
しかし経済は計画通りには動かない
将来の増税を前提として国債を発行する政策にはリスクがあります。
将来の経済状況を正確に予測することはできないからです。
実際、消費税率が5%へ引き上げられた1997年には、日本経済を取り巻く環境が急速に悪化しました。
アジア通貨危機が発生し、国内では山一証券や北海道拓殖銀行など大手金融機関の経営破綻が相次ぎました。
景気対策として再び減税が必要になりました。
つまり、
将来増税するから今は国債でつなぐ
という計画を作っても、数年後の景気によって財政運営そのものが変わってしまう可能性があります。
これが将来財源を前提とした政策の難しさです。
減税を国債で賄えば将来負担が残る
減税特例公債を理解するときに忘れてはいけないのが、国債は収入そのものではなく借金だということです。
例えば5兆円減税して、その5兆円を国債で調達したとします。
現在の家計には5兆円分の負担軽減が生じます。
しかし政府には5兆円の債務が残ります。
さらに国債には利払いも必要です。
そのため減税を国債で賄う政策は、現在の負担を軽減する代わりに将来へ財政負担を移す側面があります。
もちろん深刻な景気後退や大規模災害などでは、国債による財政出動が必要になる場合があります。
重要なのは国債を使うこと自体の善悪ではありません。
なぜ国債を発行するのか、その負担を将来どのように処理するのかを明確にすることです。
今回の食料品消費税減税との違い
現在の食料品消費税減税との大きな違いがここにあります。
政府は2027年4月から2年間、食料品の消費税率を1%に引き下げる方針です。
年間5兆円規模の財源が必要になるとされています。
単純に2年間なら約10兆円規模になります。
しかし政府は、この財源について特例公債、つまり赤字国債には頼らない方針を示しています。
候補となっているのが、
租税特別措置の見直し
補助金の見直し
外為特会の剰余金
その他の税外収入
歳出改革
などです。
1990年代のように、減税による税収不足を国債でつなぐ方法とは異なる財政運営を目指しているわけです。
赤字国債に頼らないなら別の負担が生まれる
ただし、赤字国債を発行しなければ問題がなくなるわけではありません。
5兆円の税収が減れば、どこかから5兆円を持ってこなければならないからです。
補助金を削減すれば、その補助金を受けていた企業や自治体などに影響します。
租税特別措置を縮小すれば、これまで税制優遇を受けていた企業や個人の負担が増える可能性があります。
他の政策予算を削減すれば、その政策の恩恵を受けていた人に影響します。
つまり財源論とは、
国債を出すか出さないか
だけの問題ではありません。
誰の負担を減らし、その代わりに誰が負担するのかという問題でもあります。
2年間限定だからこそ出口が重要になる
今回の食料品消費税減税には、1990年代とは異なる特徴があります。
最初から2年間限定とされていることです。
政府は2029年度に所得に連動した新たな給付制度を本格導入し、それまでのつなぎとして消費税を減税すると説明しています。
予定通りなら、2年後には食料品の消費税率を1%から8%へ戻すことになります。
ここでも過去と似た問題が発生します。
一度実施した減税を本当に終了できるのかという問題です。
景気が悪化していたらどうするのか。
物価高が続いていたらどうするのか。
選挙が近かったらどうするのか。
減税の延長を求める世論が強まったらどうするのか。
期限付き減税は期限を書くだけでは完成しません。
終了条件とその後の制度まで設計して初めて出口戦略になります。
結論
減税特例公債は、1990年代に所得税などの減税によって生じた税収不足を補うために発行された国債です。
当時は減税を先に実施し、その後の消費税増税によって財源を確保するという増減税の一体処理が考えられていました。
その時間差を埋める役割を担ったのが減税特例公債でした。
しかし実際の経済は計画通りには動きません。
景気悪化や金融危機が起これば、予定していた財政健全化が難しくなることがあります。
今回の食料品消費税減税では、政府は赤字国債には頼らない方針を示しています。
その意味では1990年代とは異なります。
ただし、本当の問題はこれからです。
年間5兆円規模の財源を具体的にどこから確保するのか。
2年間その財源を維持できるのか。
そして2年後に消費税率を予定通り戻せるのか。
1990年代の減税特例公債の歴史は、減税では実施時の家計負担だけでなく、その財源と出口まで同時に考える必要があることを教えているのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年8月9日朝刊
減税先行 揺れた政権基盤 歴代内閣、財源確保に難航 赤字国債増の事例も