政府は2027年4月から2年間、食料品の消費税率を1%に引き下げる方針を決めました。家計にとっては負担軽減につながる政策ですが、問題は年間5兆円規模とされる財源をどのように確保するかです。
政府は赤字国債には頼らないとしています。しかし、租税特別措置や補助金の見直し、外国為替資金特別会計の剰余金などが候補として挙げられているものの、具体的な財源の組み合わせはこれから詰める段階です。
日本の財政史を振り返ると、減税を先に決め、財源確保を後回しにした政策は何度も行われてきました。そして、その後に財源問題や政策の継続を巡って政治が揺れたケースもあります。
今回の食料品消費税減税を考えるうえでは、減税額だけでなく、過去の経験から何を学ぶかが重要になります。
減税は決めやすく元に戻すのは難しい
減税には政治的に非常に難しい特徴があります。
税率を引き下げるときには歓迎されやすい一方、一度下げた税率を元に戻すときには増税として受け止められやすいことです。
今回の食料品消費税減税も同じ問題を抱えています。
政府は2027年4月から2年間限定とし、その後は所得に連動した新たな給付制度へ移行する構想を示しています。
つまり、
消費税減税
新たな給付制度の導入
消費税率の復元
という流れを想定しているわけです。
しかし、いったん1%まで引き下げた税率を8%へ戻す段階になれば、家計から見れば食品価格が実質的に上昇することになります。
制度上は減税の終了でも、生活者には増税に近い感覚で受け止められる可能性があります。
そのため、期限付き減税は始めることより終わらせることのほうが政治的に難しいのです。
1990年代にも減税先行が繰り返された
減税を先行させた政策は今回が初めてではありません。
バブル崩壊後の1990年代には、景気対策として所得税や住民税の減税が繰り返されました。
1994年の細川護熙政権では、所得税と住民税を中心とした大規模な減税とともに、消費税を税率7%の国民福祉税へ衣替えする構想が突然発表されました。
ところが、唐突な発表に与党内からも反発が起こり、国民福祉税構想は撤回されました。
一方で所得税と住民税の特別減税は残りました。
つまり、負担を減らす政策は実施されたものの、その財源を支える制度は実現しなかったわけです。
減税だけが先行すると財源問題が残るという典型的なケースでした。
村山政権では増減税の一体処理を目指した
その後の村山富市政権では、所得税減税を続けながら、1997年に消費税率を3%から5%へ引き上げる方針がとられました。
将来の増税によって現在の減税を補うという考え方です。
いわば増減税の一体処理でした。
しかし、消費税増税までの間には財源の空白が生じます。
そこで1994年度から1996年度にかけて発行されたのが減税特例公債です。
発行額は合計で約8兆円に達しました。
将来の税収増を前提として、とりあえず国債で減税分をつなぐ形だったのです。
この事例から分かるのは、将来財源を確保する予定があっても、それまでの期間をどう埋めるかという問題が発生することです。
橋本政権では減税を巡る発言が政治問題になった
1997年にはアジア通貨危機が発生し、国内では山一証券が経営破綻するなど、日本経済への不安が急速に高まりました。
橋本龍太郎政権は景気対策として所得税と住民税の特別減税を実施しました。
1997年12月に総額2兆円規模の特別減税を表明し、翌年にはさらに減税を上乗せしました。
ところが問題となったのが、減税をいつまで続けるのかという点です。
橋本首相は1998年の参議院選挙を前に恒久的な税制改革に言及しましたが、その後の説明が揺れました。
税制は家計や企業の将来設計に直結します。
いつまで減税されるのか分からない状況では、家計も企業も安心して行動できません。
減税では金額だけでなく、制度の予見可能性が重要だということです。
小渕政権の定率減税は長期化した
橋本政権を引き継いだ小渕恵三政権では、1999年に定率減税が始まりました。
所得税額を一定割合引き下げる仕組みで、期限を明確に定めない恒久的な減税として導入されました。
ところが、この時期から赤字国債の発行額が大きく増えていきます。
景気低迷によって税収が伸びない一方、景気対策や社会保障などの歳出も必要だったからです。
さらに一度導入した減税は簡単には廃止できません。
定率減税が完全に廃止されたのは2007年でした。
結果として約8年間続いたことになります。
この経験は、減税には粘着性があることを示しています。
政治が一時的な措置として考えていても、国民生活に組み込まれると終了するハードルが高くなるのです。
岸田政権でも減税が支持率回復にはつながらなかった
より最近では、岸田文雄政権が2023年に所得税と住民税の定額減税を打ち出しました。
税収増を国民に還元するという考え方でした。
しかし、物価高対策としての評価は必ずしも高まりませんでした。
日本経済新聞の2023年10月の世論調査では、物価高対策として適切だとの回答は24%にとどまりました。
減税を実施すれば必ず政権への支持が高まるわけではありません。
なぜ減税するのか。
誰がどれだけ恩恵を受けるのか。
財源はどこから出すのか。
将来どのような負担になるのか。
こうした説明が十分でなければ、減税そのものが政治的な評価につながらないことがあります。
今回の最大の問題は年間5兆円という規模
今回の食料品消費税減税では年間5兆円規模の財源が必要になるとされています。
2年間なら単純計算で約10兆円です。
重要なのは、単年度だけ財源を確保すればよいわけではないことです。
政府が候補として挙げているものには、
租税特別措置の見直し
補助金の見直し
外為特会の剰余金
税外収入
歳出改革
などがあります。
ただし、それぞれに問題があります。
例えば租税特別措置を廃止すれば、これまで優遇を受けていた企業や業界の税負担が増えます。
補助金を削減すれば、その補助金を利用していた企業や自治体などに影響します。
減税財源を確保するということは、単にどこかに余っているお金を探す作業ではありません。
誰かの負担を減らす一方で、別の支出を減らしたり別の負担を増やしたりする政策判断でもあるのです。
外為特会の剰余金は恒久財源ではない
特に注目されているのが外国為替資金特別会計の剰余金です。
外為特会は政府が保有する外貨資産などを管理する特別会計です。
金利や為替などの影響によって利益が発生し、剰余金の一部が一般会計へ繰り入れられることがあります。
そのため、減税財源として活用する案が出ています。
しかし、外為特会の剰余金は毎年安定的に同じ金額が得られる税収とは性質が違います。
さらに、すでに防衛費増額の財源として活用することも想定されています。
一つの財源を複数の政策が取り合うことになれば、財政運営は難しくなります。
一時的な収入を恒久的な歳出に使わないという財政運営の原則から考えても、慎重な検討が必要です。
高市政権は減税以外にも巨額の政策を抱える
財源問題を考えるうえでは、食料品の消費税減税だけを見るべきではありません。
政府は2040年度までに戦略17分野へ官民で370兆円を投じる成長戦略を掲げています。
さらに安全保障関連3文書を改定し、新たな防衛費増額計画をつくる方針です。
社会保障費も高齢化によって増加していきます。
そこへ年間5兆円規模の税収減が加わります。
つまり、
成長投資
防衛費
社会保障費
災害対応
消費税減税
という複数の財政需要を同時に処理しなければなりません。
減税だけを切り離して議論すると、財政全体の姿を見誤る可能性があります。
災害や景気悪化という予定外の支出もある
財政にはもう一つ難しい問題があります。
予算を組んだ後に予定外の支出が発生することです。
2026年7月下旬に発生した熊本地震を受け、秋の臨時国会では補正予算の編成を求める声が出ています。
自然災害だけではありません。
景気後退
金融危機
感染症
エネルギー価格高騰
安全保障環境の変化
などが起これば追加の財政支出が必要になります。
平時の計画では赤字国債を増やさないことが可能でも、予想外の出来事が起きれば状況は変わります。
だからこそ財政には余力が必要なのです。
市場は減税そのものより財政の持続可能性を見る
政府が警戒しているのが市場の信認です。
財源が不透明なまま大型減税を実施すれば、将来的に国債発行が増えるのではないかと市場が考える可能性があります。
国債価格が下落すれば長期金利は上昇します。
長期金利の上昇は、
住宅ローン金利
企業の借入金利
国債の利払い費
設備投資
不動産市場
など幅広い分野へ波及します。
家計支援のために実施した減税が、別の経路から家計や企業の負担を増やす可能性もあるわけです。
重要なのは減税をするかしないかという二者択一ではありません。
減税と財源をセットで市場に示せるかどうかです。
本当に必要なのは減税と出口戦略のセット
今回の食料品消費税減税には明確な期限があります。
2027年4月から2年間です。
しかし、本当に重要なのは2年後です。
政府は新たな給付制度を2029年度に本格導入するまでのつなぎと説明しています。
そうであれば、
給付制度を予定通り導入できるのか
減税終了時に消費税率を本当に戻せるのか
必要な財源を2年間確保できるのか
給付制度導入後の恒久財源をどうするのか
まで含めて設計する必要があります。
減税政策では入口だけでなく出口を決めておくことが極めて重要です。
過去の歴代政権の経験が示しているのは、減税そのものより、減税後の処理のほうが政治的に難しくなるということです。
結論
食料品の消費税減税は、物価高に苦しむ家計の負担を直接軽減するという分かりやすいメリットがあります。
しかし、年間5兆円規模の減税を実施する以上、財源問題を避けて通ることはできません。
1990年代以降の日本では、景気対策として減税を先行させ、その後に財源確保や制度終了を巡って政治が混乱したケースが何度もありました。
一度下げた税率を戻すことは簡単ではありません。
一時的な財源を使い続けることもできません。
そして財源不足を赤字国債で埋めれば、将来世代への負担だけでなく、長期金利を通じて現在の家計や企業にも影響する可能性があります。
今回問われているのは、減税に賛成か反対かだけではないと思います。
減税するなら何を削るのか。
どの財源を使うのか。
2年後にどう終了するのか。
その後の給付制度をどう支えるのか。
ここまで一体として示して初めて、持続可能な政策になります。
過去の歴史を見ると、減税を決めることよりも、その後の財政をどう立て直すかのほうがはるかに難しいことが分かります。
今回の食料品消費税減税でも、最も注目すべきなのは1%という税率だけではなく、年間5兆円をどう確保し、2年後にどのような形で制度を終わらせるのかという出口戦略ではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年8月9日朝刊
減税先行 揺れた政権基盤 歴代内閣、財源確保に難航 赤字国債増の事例も