会社員の給与明細を見ると、毎月「健康保険料」が差し引かれています。この保険料は、自分や家族が病気やけがをしたときの医療費だけに使われていると思われがちです。
しかし、実際にはそれだけではありません。
会社員が加入する健康保険組合などは、後期高齢者医療制度をはじめとする高齢者医療にも多額の資金を拠出しています。
つまり、現役会社員が毎月支払っている健康保険料の一部は、高齢者医療を支えるためにも使われています。
少子高齢化が進み高齢者医療費が増加すれば、こうした拠出金が健康保険組合の財政を圧迫し、現役世代の保険料負担にも影響します。
今回は、健康保険組合の役割、高齢者医療への拠出金、そして保険料上昇との関係について整理します。
健康保険組合とは何か
健康保険組合とは、主に大企業やそのグループ企業などで働く会社員とその家族のために健康保険事業を運営する法人です。
会社員が加入する健康保険には、大きく分けて健康保険組合と全国健康保険協会が運営する協会けんぽがあります。
一定の条件を満たした企業は、国の認可を受けて独自の健康保険組合を設立できます。
企業単独で設立する場合もあれば、同じ業界などの複数企業が共同で設立する場合もあります。
会社員にとって非常に身近な社会保障制度です。
健康保険組合は何をしているのか
健康保険組合の基本的な仕事は、加入者やその家族の医療を支えることです。
病院などを受診すると、患者本人が窓口で支払うのは医療費の一部です。
残りの保険診療分について、健康保険組合などが保険給付として負担します。
さらに、高額療養費や傷病手当金、出産育児一時金など、医療や生活に関係するさまざまな給付も行っています。
健康診断や生活習慣病予防などの保健事業を実施する健康保険組合もあります。
しかし、健康保険組合の支出は自分たちの加入者への給付だけではありません。
高齢者医療にもお金を出している
健康保険組合の財政を理解するうえで重要なのが、高齢者医療への拠出です。
代表的なものとして、
後期高齢者支援金
前期高齢者納付金
などがあります。
後期高齢者支援金は、75歳以上が加入する後期高齢者医療制度を現役世代などが支えるための資金です。
一方、前期高齢者納付金は、主に65歳から74歳までの前期高齢者の医療費について、医療保険者間の負担格差を調整する仕組みに関係します。
健康保険組合は、自分たちの加入者の医療費だけでなく、高齢者医療制度全体を支える役割も担っているのです。
後期高齢者支援金とは何か
75歳以上の後期高齢者医療制度では、高齢者本人が支払う保険料だけで医療給付を賄っているわけではありません。
基本的には、
高齢者本人の保険料
現役世代などからの後期高齢者支援金
国や地方自治体の公費
を組み合わせて財源を確保しています。
後期高齢者支援金は給付費の約4割を支える重要な財源です。
健康保険組合も、この支援金を負担しています。
その原資には会社員と企業が負担する健康保険料が使われます。
新聞などで後期高齢者支援金が現役世代から高齢者への「仕送り」と表現されるのは、このためです。
会社員はどのように負担しているのか
会社員の場合、健康保険料は給与や賞与を基礎として計算されます。
一般的には会社と従業員が保険料を負担します。
そのため、高齢者医療への拠出負担が増加すると、直接的には健康保険組合の支出が増えます。
組合の財政が悪化すれば、保険料率の引き上げなどによって加入者や企業に負担を求める可能性があります。
つまり、
高齢者医療費が増える
健康保険組合の拠出負担が増える
健康保険組合の財政が悪化する
保険料負担が重くなる
という経路で、現役世代の家計にも影響する可能性があります。
企業にとっても大きな負担になる
健康保険料の上昇は会社員だけの問題ではありません。
企業も健康保険料を負担しているためです。
保険料率が上昇すれば、従業員一人を雇用するために企業が負担する社会保険料も増えます。
企業から見れば、人件費は給与だけではありません。
給与に加えて、健康保険や厚生年金保険などの事業主負担があります。
そのため社会保険料の上昇は、企業の人件費増加にもつながります。
賃上げを実施しても社会保険料負担が同時に増えれば、従業員の手取り増加と企業の負担増加の双方に影響します。
高齢化が健康保険組合の財政を圧迫する
高齢化が進めば、高齢者医療に必要な費用は増加しやすくなります。
一方、少子化によって現役世代の人口は減少しています。
つまり、支えられる高齢者が増える一方で、保険料を負担する現役世代が減っていくことになります。
健康保険組合にとっては、自分たちの加入者に対する医療給付を効率化するだけでは解決できない問題です。
加入者が健康になり、自分たちの医療費を抑制できても、高齢者医療への拠出負担が増えれば財政が改善しない場合があるからです。
これが健康保険組合の財政問題を複雑にしています。
保険料率を上げれば解決するのか
財政が悪化した場合、保険料率を引き上げれば収入を増やすことができます。
しかし、保険料率の引き上げには副作用があります。
従業員の給与から差し引かれる金額が増えれば、手取り収入が減ります。
企業側の負担も増えます。
賃金が上昇しても社会保険料が増えれば、従業員が実感できる手取りの増加は小さくなります。
そのため、社会保険料の上昇は家計消費や企業の賃上げ余力にも関係する問題となります。
健康保険組合の解散という問題
財政状況が厳しくなり、健康保険組合を維持することが難しくなるケースもあります。
健康保険組合が解散した場合、加入していた会社員などは原則として協会けんぽなどへ移ります。
企業が独自の健康保険組合を持つメリットの一つは、独自の保健事業や付加給付などを実施できることです。
しかし、高齢者医療への拠出負担などが増加し続ければ、そうした独自サービスを維持する余力も小さくなる可能性があります。
高齢者医療の財政問題は、会社員が現在受けている健康保険サービスにも影響し得るのです。
3割負担の高齢者増加との関係
現在、もう一つ注目されているのが75歳以上の現役並み所得者です。
現役並み所得者は医療費を3割負担します。
高齢者本人の自己負担が増えるため、現役世代の負担は軽くなりそうに見えます。
ところが、3割負担者の給付費には原則として通常の公費が投入されません。
そのため3割負担者が増えると、公費負担が減る一方で、現役世代からの後期高齢者支援金が増えるという問題が生じます。
日本経済新聞の試算では、2025年度に3割負担者が約13万4000人増えた影響で、現役世代からの支援金は約400億円増加しました。
健康保険組合にとっても無関係ではない問題です。
高齢者医療改革が会社員の手取りを左右する
高齢者医療改革というと、高齢者の窓口負担を1割から2割、あるいは3割へ引き上げる議論に注目が集まりがちです。
しかし、会社員にとって重要なのは、その改革によって後期高齢者支援金がどう変化するのかという点です。
高齢者の窓口負担を増やしても、現役世代からの支援金が減らなければ、健康保険料の負担軽減には十分につながりません。
公費
高齢者本人の保険料
窓口負担
現役世代からの支援金
を一体として考える必要があります。
社会保障改革は、現役会社員の給与明細や手取り収入にも直結する問題なのです。
結論
健康保険組合は、会社員とその家族の医療を支えるだけでなく、後期高齢者支援金や前期高齢者納付金などを通じて高齢者医療も支えています。
その原資となるのが、会社員と企業が負担する健康保険料です。
高齢化によって高齢者医療への拠出負担が増えれば、健康保険組合の財政が悪化し、保険料率の上昇を通じて会社員の手取りや企業の人件費に影響する可能性があります。
したがって、高齢者医療改革は高齢者だけの問題ではありません。
現役世代の社会保険料をどこまで抑えられるのか、企業の負担をどう考えるのか、公費をどの程度投入するのかまで含めて考える必要があります。
給与明細から毎月差し引かれる健康保険料の先には、日本の高齢者医療を支える大きな資金の流れがあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
高齢者の貢献、現役に打撃 医療費3割負担なら公費ゼロ 昨年度日経試算、「仕送り」400億円増の矛盾