日本の公的医療保険は、自分が支払った保険料を自分の将来の医療費として積み立てておく制度ではありません。その時々に集めた保険料や税金を使い、医療を必要とする人を社会全体で支える仕組みです。
そのため、医療費が比較的少ない現役世代から、医療費が多くなりやすい高齢世代への大きな資金移転が発生します。
代表的な仕組みが、後期高齢者医療制度に対する「後期高齢者支援金」です。
少子高齢化が進む日本では、この世代間の支え合いをどこまで続けられるのかが大きな課題になっています。
今回は、世代間扶養の考え方、少子高齢化による現役世代への影響、そして給付と負担の公平性について整理します。
世代間扶養とは何か
世代間扶養とは、現役世代が高齢世代の生活や社会保障を支える考え方です。
医療だけではなく、公的年金や介護などにも見られます。
例えば後期高齢者医療制度では、75歳以上の高齢者自身が支払う保険料だけでは必要な医療給付を賄っていません。
現役世代が加入する健康保険などから後期高齢者支援金が拠出され、さらに国や地方自治体から公費が投入されています。
現在働いている世代が、高齢者の医療を支えているわけです。
なぜ現役世代が高齢者医療を支えるのか
人は年齢によって医療を必要とする度合いが異なります。
若い時期には比較的医療費が少なくても、高齢になるにつれて病気などのリスクが高まり、医療費も増える傾向があります。
もし年齢ごとに完全に独立した医療保険を作り、その世代だけで医療費を負担すると、高齢者の保険料は非常に高くなる可能性があります。
そこで公的医療保険では、年齢や健康状態の異なる人たちが社会全体でリスクを分担します。
自分が若いときには高齢者を支え、自分が高齢になったときには次の世代から支えてもらうという考え方です。
後期高齢者医療はどのように支えられているのか
後期高齢者医療制度の給付費は、大きく三つの財源によって支えられています。
高齢者自身が負担する保険料
現役世代からの後期高齢者支援金
国や地方自治体の公費
です。
基本的には、高齢者の保険料が約1割、現役世代からの支援金が約4割、公費が約5割という構造になっています。
つまり、75歳以上の医療給付のかなりの部分を、高齢者以外が支えています。
これが日本の高齢者医療における世代間負担の基本構造です。
少子高齢化で何が変わるのか
この仕組みが安定して機能するためには、支える側と支えられる側のバランスが重要です。
現役世代が多く、高齢者が少なければ、一人当たりの負担を比較的小さくできます。
しかし日本では逆の方向に進んでいます。
高齢者が増える一方、少子化によって現役世代は減少しています。
つまり、
支えられる人が増える
支える人が減る
という二つの変化が同時に起きています。
同じ制度を維持しようとすれば、現役世代一人当たりの負担が重くなりやすい構造です。
団塊の世代の75歳到達が大きな転換点
高齢者医療にとって特に大きな変化が、団塊の世代の後期高齢者入りです。
2025年には、団塊の世代がすべて75歳以上となりました。
人口の多い世代が後期高齢者医療制度に移ったことで、制度の対象者が増加しました。
高齢者医療費が増加すれば、後期高齢者支援金や公費にも影響します。
一方、現役世代の人口は減少しています。
そのため、今後は単に高齢者医療費の総額だけでなく、「現役世代一人当たりでどれだけ負担するのか」という視点がさらに重要になります。
社会保険料が現役世代の手取りに影響する
世代間負担の問題が現役世代にとって身近なのは、社会保険料を通じて給与の手取りに影響するからです。
会社員が支払う健康保険料のすべてが、本人や家族の医療費だけに使われているわけではありません。
健康保険組合や協会けんぽなどは、後期高齢者医療制度を支えるための支援金を負担しています。
こうした高齢者医療への拠出負担が増えると、保険者の財政を圧迫します。
結果として保険料率の上昇につながれば、給与額が変わらなくても手取りは減ります。
高齢者医療費の増加は、現役世代の可処分所得にも関係する問題なのです。
税金で支えれば現役世代の負担はなくなるのか
それでは、高齢者医療への公費を増やせば問題は解決するのでしょうか。
公費を増やせば、後期高齢者支援金を減らし、健康保険料の負担を軽くできる可能性があります。
しかし、公費の財源も税金などです。
社会保険料から税金へ負担を移しただけでは、社会全体としての負担そのものが消えるわけではありません。
重要なのは、誰がどの程度負担する制度にするのかです。
所得税
消費税
社会保険料
高齢者本人の自己負担
などでは、それぞれ負担する人や負担の分布が異なります。
高齢者医療改革は、実質的には社会全体の負担配分を決める問題でもあります。
年齢だけで負担を決めてよいのか
これまでの社会保障制度では、「現役世代」と「高齢者」という年齢による区分が大きな意味を持ってきました。
しかし、高齢者の姿も変わっています。
75歳以上でも働き続け、高い所得を得る人がいます。
一方、現役世代でも所得が低く、社会保険料の負担が生活を圧迫している人もいます。
そのため、単純に
若い人が支える側
高齢者が支えられる側
と考えることが難しくなっています。
年齢だけではなく、実際の所得や負担能力を重視する考え方が重要になっています。
給付と負担の公平性とは何か
社会保障制度では、「誰が給付を受け、誰が負担するのか」という公平性が常に問題になります。
公平にはいくつかの考え方があります。
所得が多い人により多く負担してもらう考え方があります。
一方、医療サービスを利用する人にも一定の自己負担を求める考え方があります。
さらに、特定の世代だけに負担を集中させないという世代間公平の考え方もあります。
これらを完全に同時に実現することは簡単ではありません。
だからこそ、窓口負担率だけではなく、保険料と税金を含めた制度全体を見る必要があります。
働く高齢者の増加が新たな問題を生んでいる
高齢者の就労拡大は、人手不足の日本にとって重要です。
高齢者自身の所得も増え、税収の増加にもつながります。
ところが、後期高齢者医療制度では現役並み所得者となって3割負担になると、その給付費には原則として通常の公費が投入されません。
その結果、3割負担者が増えることで現役世代からの後期高齢者支援金が増える場合があります。
日本経済新聞の試算では、2025年度に3割負担者が増加した影響で、現役世代からの支援金は約400億円増えました。
高齢者本人の負担能力が高まったにもかかわらず、現役世代の負担まで増えるという矛盾が生じています。
世代間対立にしてはいけない
高齢者医療の議論では、「高齢者の負担を増やすべきだ」「現役世代の負担を減らすべきだ」という対立になりがちです。
しかし、本質的な問題は高齢者と若者のどちらが得をしているかという単純な話ではありません。
現在の現役世代も、いずれ高齢者になります。
また、高齢者が必要な医療を受けられなければ、その家族である現役世代に介護など別の負担が生じる可能性もあります。
重要なのは、年齢による対立ではなく、社会保障制度を長期的に維持できる負担構造をつくることです。
高齢者、現役世代、公費の負担を総合的に考える必要があります。
結論
高齢者医療の世代間負担とは、医療費が多くなりやすい高齢世代を、現役世代の保険料や社会全体の税金によって支える仕組みです。
後期高齢者医療制度では、現役世代からの支援金が給付費の約4割を支えており、現役世代の健康保険料とも密接につながっています。
しかし、少子高齢化によって支える側が減り、支えられる側が増えるなか、従来の仕組みをそのまま維持することは難しくなっています。
これから問われるのは「高齢者か現役世代か」という二者択一ではありません。
年齢だけではなく所得や負担能力も考慮しながら、高齢者本人の負担、現役世代の保険料、公費をどのように組み合わせるのか。
給付と負担の公平性を確保しながら、将来世代まで維持できる制度へ見直していくことが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
高齢者の貢献、現役に打撃 医療費3割負担なら公費ゼロ 昨年度日経試算、「仕送り」400億円増の矛盾