75歳以上が加入する後期高齢者医療制度では、高齢者本人が支払う保険料だけで医療費を賄っているわけではありません。現役世代からの支援金に加えて、国や地方自治体の税金である「公費」が重要な財源になっています。
後期高齢者医療の給付費は、原則として約5割を公費で支える仕組みです。
ところが、同じ75歳以上でも医療費を3割負担する現役並み所得者については、この公費負担の扱いが異なります。
なぜ高齢者医療に税金を投入するのでしょうか。そして、なぜ3割負担者には通常の公費が投入されないのでしょうか。
今回は、後期高齢者医療制度の財源構造から、公費負担の役割を整理します。
後期高齢者医療は三つの財源で支えられている
後期高齢者医療制度では、医療機関の窓口で高齢者本人が支払った金額を除いた部分が医療給付として支払われます。
この給付費を支える財源は、大きく三つあります。
高齢者自身が支払う保険料
現役世代の医療保険から拠出される後期高齢者支援金
国や地方自治体が負担する公費
です。
基本的な財源構成は、おおむね、
高齢者の保険料が約1割
現役世代からの支援金が約4割
公費が約5割
となっています。
後期高齢者医療は、税金と社会保険料を組み合わせて支える制度なのです。
公費とは何か
公費とは、簡単にいえば国や地方自治体が税金などを財源として負担するお金です。
後期高齢者医療制度では、高齢者の医療費を高齢者本人と現役世代の保険料だけで支えるのではなく、国や自治体も負担します。
高齢になるほど医療を必要とする可能性が高くなる一方、退職などによって所得が低下する人も多くなります。
その医療費を高齢者本人だけに負担させれば、必要な医療を受けることが難しくなる可能性があります。
反対に、すべてを現役世代の保険料で支えれば、働く世代の負担が非常に重くなります。
そこで税金を投入し、社会全体で高齢者医療を支える仕組みになっています。
公費は国だけが負担するわけではない
「公費」というと国の税金だけをイメージしがちですが、後期高齢者医療制度では地方自治体も負担します。
国
都道府県
市町村
がそれぞれ財源を負担しています。
つまり、高齢者医療は健康保険料だけの問題ではありません。
所得税や法人税、消費税、地方税などを含めた国と地方の財政とも密接につながっています。
社会保障改革が税制改革と切り離せない理由の一つがここにあります。
なぜ公費が約5割も投入されるのか
最大の理由は、高齢者の医療費を世代間で支える必要があるからです。
75歳以上になると一般的に医療機関を利用する機会が増えます。
一方、高齢者だけでその医療費を負担しようとすれば、保険料を大幅に引き上げなければならなくなる可能性があります。
そこで、
高齢者本人
現役世代
国民全体
という三者で負担を分けています。
公費には、現役世代の保険料負担が過度に大きくならないようにする役割もあるのです。
税金と社会保険料は何が違うのか
公費と後期高齢者支援金は、どちらも最終的には国民や企業が負担します。
しかし、集め方が異なります。
公費は税金を財源とします。
一方、後期高齢者支援金は健康保険料などを通じて集められます。
会社員の場合、健康保険料は原則として給与から差し引かれます。
そのため後期高齢者支援金が増え、健康保険料率が上昇すれば、現役世代の手取り収入に直接影響する可能性があります。
同じ医療費を支えるとしても、税金で負担するのか社会保険料で負担するのかによって、負担する人や家計への影響は変わります。
3割負担者にはなぜ公費が入らないのか
ここが現在問題となっているポイントです。
後期高齢者医療制度では、現役並み所得者は医療費を3割負担します。
ところが、現役並み所得者の給付費には、原則として通常の公費が投入されません。
この考え方の原型は、後期高齢者医療制度ができる以前の老人保健制度にあります。
2002年に現役並み所得者への2割負担が導入された際、所得が多い人については公費を投入しないという制度設計が採用されました。
2008年に後期高齢者医療制度が始まり、現役並み所得者の窓口負担が3割となった後も、公費を投入しない仕組みが引き継がれました。
2割負担者との違い
一方、2022年には一定以上の所得がある75歳以上を対象として、新たに2割負担が導入されました。
この2割負担者については、公費を投入する仕組みが維持されています。
そのため、
1割負担者には公費が入る
2割負担者にも公費が入る
現役並み所得の3割負担者には通常の公費が入らない
という違いがあります。
窓口負担割合が変わるだけではなく、その裏側にある財源構造まで変わることが重要なポイントです。
3割負担者が増えると何が起こるのか
高齢者が働き続けて所得が増え、現役並み所得者になると、本人の窓口負担は3割になります。
本人が多く支払うため、社会全体の負担も軽くなりそうに見えます。
しかし、3割負担者になると通常の公費負担がなくなるため、その分を別の財源で補う必要があります。
そこで現役世代からの後期高齢者支援金の負担が重くなるという問題が生じます。
日本経済新聞の試算では、2025年度に3割負担者が約13万4000人増えたことで、現役世代からの支援金が約400億円増えました。
一方、制度全体への公費投入は約500億円抑えられたと試算されています。
つまり、公費負担が減った一方で、現役世代の保険料を財源とする負担が増えたことになります。
公費を増やせば問題は解決するのか
一つの改革案として、3割負担者についても公費を投入する考え方があります。
健康保険組合連合会は、後期高齢者医療の給付費について公費負担を拡充し、およそ5000億円の公費投入を求めています。
これが実現すれば、健康保険組合などが負担する後期高齢者支援金を抑え、現役世代の保険料負担を軽減できる可能性があります。
ただし、公費は無から生まれるお金ではありません。
公費を増やせば、その財源をどこかで確保する必要があります。
増税なのか
歳出改革なのか
既存の社会保障費の見直しなのか
安定財源の確保が次の問題になります。
本当の論点は負担の付け替えにある
高齢者医療改革では「高齢者の自己負担を何割にするか」が注目されがちです。
しかし、本当に重要なのは医療費全体を誰が負担するのかという問題です。
高齢者本人の負担を増やしても、その結果として公費が減り、現役世代の保険料負担が増えるのであれば、現役世代の負担軽減という目的は達成できません。
自己負担
高齢者の保険料
現役世代の保険料
公費
という複数の財源を一体として考える必要があります。
一つの負担を減らすと、別の負担が増える可能性があるからです。
結論
後期高齢者医療制度では、給付費のおよそ半分を国や地方自治体による公費で支えています。
公費には、高齢者本人だけでなく社会全体で医療費を支えるとともに、現役世代の社会保険料負担を抑える重要な役割があります。
ところが、現役並み所得のある3割負担者については通常の公費が投入されません。そのため3割負担者が増えることで、公費が減る一方、現役世代からの後期高齢者支援金が増えるという制度上の問題が生じています。
今後の改革では、高齢者の窓口負担を何割にするかだけでなく、その裏側で公費と社会保険料をどのように配分するのかを同時に考える必要があります。
高齢者医療を持続可能なものにするには、単なる負担増ではなく、誰がどの財源で支えるのかという制度全体の再設計が重要になっています。
参考
日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
高齢者の貢献、現役に打撃 医療費3割負担なら公費ゼロ 昨年度日経試算、「仕送り」400億円増の矛盾