日本では、PTSが一定以上の市場シェアを持つと金融商品取引所への移行が問題になります。しかし取引所になった場合、現在の制度では東証上場銘柄をそのまま取り扱うことが難しくなります。
これに対して米国には、一つの取引所に上場している株式を別の取引所でも売買できる「UTP」という制度があります。
PTS制度の見直しを考えるうえで、このUTPは重要な参考例になります。日本でも同様の仕組みを導入できれば、企業が複数市場に重複上場しなくても市場間競争を促進できる可能性があるからです。
UTPとは何か
UTPとは「Unlisted Trading Privileges」の略です。
日本語では一般に「非上場取引特権」などと訳されます。
簡単にいえば、ある証券取引所に上場している株式を、その株式が上場していない別の取引所でも売買できる仕組みです。
例えば企業Aの株式が取引所Xに上場しているとします。
通常なら、取引所Yで売買するには企業Aが取引所Yにも上場する必要があるように思えます。
しかしUTPが認められていれば、企業Aが取引所Yへ改めて上場しなくても、取引所Yで企業A株を売買できます。
つまり、
上場する市場
実際に株式を売買する市場
を分けることができる仕組みです。
上場と売買は同じではない
UTPを理解するためには、「上場」と「売買」を分けて考える必要があります。
企業が証券取引所へ上場すると、その取引所による上場審査や継続的な上場管理を受けます。
一方、投資家にとって重要なのは、実際にどこで株式を売買できるかです。
米国のUTPでは、上場管理を担う市場と売買の場を必ずしも一致させる必要がありません。
企業は一つの取引所に上場しながら、投資家は複数の取引所でその株式を売買できるわけです。
この仕組みによって、市場同士の競争が生まれやすくなります。
なぜUTPが必要なのか
もし株式を売買するために、それぞれの取引所への上場が必要だとすると、企業には大きな負担が生じます。
複数の取引所へ上場すれば、
上場審査への対応
上場手数料
継続的な情報開示
上場管理への対応
などが必要になります。
企業側から見れば、投資家の取引場所を増やすためだけに複数市場へ上場するのは効率的ではありません。
UTPなら、一つの市場への上場を基本としながら、複数の市場で売買できます。
企業に過度な負担をかけず、市場間競争を促進できることが大きな特徴です。
UTPが市場間競争を促す
UTPがあると、複数の取引所が同じ株式の注文を獲得するために競争します。
例えば同じ企業の株式について、
市場Aは手数料が低い
市場Bは約定速度が速い
市場Cは流動性が高い
といった違いが生まれます。
投資家や証券会社は、それぞれの条件を比較して注文先を選べます。
すると取引所側も、注文を集めるためにサービスを改善する必要があります。
その結果、
取引コストの低下
システム高速化
流動性向上
新しい注文方法の導入
などにつながることが期待されます。
上場企業にもメリットがある
UTPには投資家や取引所だけでなく、上場企業側にもメリットがあります。
企業は複数市場へ重複上場しなくても、自社株式が複数の取引所で売買される可能性があります。
取引場所が増えれば、より多くの投資家が取引に参加できる可能性があります。
その結果、
流動性の向上
投資家層の拡大
取引機会の増加
などにつながることが期待できます。
市場間競争を促しながら、企業の上場負担を増やしにくい点がUTPの特徴です。
米国ではなぜ複数市場で取引できるのか
米国の株式市場には、多数の取引所や取引システムがあります。
しかし、それぞれの市場が完全に独立して動いているわけではありません。
市場間で価格情報や取引情報を共有しながら、一つの大きな市場システムとして機能する仕組みが整えられています。
UTPもその市場構造を支える制度の一つです。
米証券取引委員会の制度では、一定の条件の下で、他の取引所に上場している証券を別の取引所が取り扱うことができます。
つまり米国では、「どこに上場しているか」と「どこで売買するか」を切り離すことで市場間競争を実現しています。
日本との大きな違い
日本では東証上場銘柄の売買の多くが東証に集中してきました。
PTSは東証上場株式を扱うことができますが、PTSは金融商品取引所ではなく金融商品取引業者が運営する私設取引システムです。
ここで問題になるのが、PTSが大きく成長した場合です。
現行制度では一定以上の市場シェアになると、取引所免許の取得が問題になります。
ところが取引所になれば、現在の制度では東証上場銘柄をPTS時代と同じように取り扱うことが難しくなります。
つまり成長したPTSが取引所になることで、かえって競争力を失う可能性があります。
これは日本のPTS制度が抱える大きな矛盾の一つです。
重複上場という方法もある
理論上は、企業が東証と新しい取引所の両方に上場すれば、両市場で取引できます。
これを重複上場と考えることができます。
しかし企業側には、
追加の上場コスト
審査への対応
管理負担
事務負担
などが発生します。
わざわざ追加コストを負担してまで別の取引所へ上場したいと考える企業がどれだけ存在するかは分かりません。
PTSが取引所へ移行しても、取り扱える銘柄がほとんどなければ市場として競争することは難しくなります。
そこでUTP型の制度が注目されます。
日本版UTPが導入されるとどうなるのか
仮に日本でもUTPに近い制度が導入されたとします。
例えば東証に上場する企業について、新しい取引所でも重複上場なしで売買できるようになれば、市場構造は大きく変わる可能性があります。
PTSが取引所へ移行しても、引き続き東証上場銘柄を取り扱えるためです。
すると、
東証
新しい取引所
その他の取引市場
が同じ銘柄について競争することになります。
投資家は複数市場から、より有利な取引場所を選択できるようになります。
SORの重要性もさらに高まる
複数の取引所で同じ株式が売買されるようになれば、SORの役割も重要になります。
例えば、
市場Aでは1000円
市場Bでは999円80銭
市場Cでは999円90銭
という価格が提示されている場合、投資家にとって最も有利な市場を探す必要があります。
SORなら複数市場を瞬時に比較し、条件のよい場所へ注文を送れます。
UTP型の市場構造とSORは、非常に相性のよい仕組みです。
市場を増やすだけではなく、市場同士を効率的につなぐシステムが重要になります。
市場分断への対応も必要になる
一方、UTP型の仕組みを導入すれば、すべての問題が解決するわけではありません。
同じ株式の注文が複数市場へ分散するため、市場の分断が進む可能性があります。
その結果、
流動性の分散
市場ごとの価格差
注文情報の分散
価格発見機能への影響
といった問題が生じます。
そのため市場間競争を促進するのであれば、市場全体を一体として機能させる仕組みも必要になります。
市場監視も共通化が重要になる
さらに重要なのが不公正取引の監視です。
複数市場で同じ株式が売買されれば、不正取引も複数市場にまたがる可能性があります。
例えば、
市場Aで大量注文を出す
市場Bで株式を売買する
市場Aの注文を取り消す
といった行為が行われれば、一つの市場だけを見ても全体像を把握できません。
したがってUTP型の制度を日本で検討するのであれば、
取引情報の共有
市場横断的な監視
共通の監視インフラ
なども重要になります。
今回の金融庁の制度見直しでも、こうした市場監視体制は重要な論点になり得ます。
PTS制度改革への示唆
日本のPTS制度は、これまで東証への売買集中を緩和し、市場間競争を促進する役割を担ってきました。
その結果、PTSの売買シェアが10%を超える水準まで成長しました。
しかし今度は、その成長自体が現行制度の上限にぶつかっています。
単純に市場シェア上限を引き上げれば、当面の問題は解決できるかもしれません。
しかしPTSがさらに成長すれば、同じ問題が再び発生する可能性があります。
そのため長期的には、
PTSのまま成長できる制度にするのか
取引所へ移行しやすくするのか
UTP型の制度を導入するのか
市場監視をどのように統合するのか
という、日本株市場全体の設計を考える必要があります。
結論
UTPとは、一つの取引所に上場している株式を、その株式が上場していない別の取引所でも売買できる米国の仕組みです。
企業が複数の取引所へ重複上場する必要を抑えながら、複数市場による競争を可能にする点に大きな特徴があります。
日本ではPTSが成長すると取引所への移行が問題になりますが、取引所化すると東証上場銘柄を現在と同じように扱うことが難しくなるという課題があります。
UTP型の制度は、この問題を解決する一つの参考モデルになります。
ただし、複数市場で同じ株式を売買できるようにするだけでは十分ではありません。価格情報の共有、SORによる市場接続、流動性の確保、市場横断的な不公正取引の監視なども同時に整備する必要があります。
金融庁によるPTS制度の見直しは、単に市場シェア10%という上限を引き上げるかという議論から、日本にも米国型の複数市場競争の仕組みを取り入れるのかという、より大きな市場改革へ発展する可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
私設取引「PTS」、制度見直し検討 金融庁 シェア10%上限引き上げ議論 売買活況で対応急ぐ
米国証券取引委員会
Unlisted Trading Privileges