この仕事は自分にしかできない。
職場でそう言われると、自分の専門性や存在価値を認められたように感じるかもしれません。
しかし、本当に自分しかできない仕事ばかりになったらどうでしょうか。
休暇を取っても問い合わせが来る。
子どもが熱を出しても仕事を休めない。
自分がいなければ業務が止まるため、長期休暇も取れない。
仕事を抱えている本人だけでなく、会社にとっても大きなリスクになります。
特定の人しか仕事の進め方を知らない状態を、仕事の属人化といいます。
長く働き続けるためには、仕事を増やすだけでなく、自分でなくてもできる仕事を手放せる仕組みをつくることも重要です。
仕事の属人化とは何か
仕事の属人化とは、特定の業務について、その担当者しか進め方や判断方法を十分に理解していない状態をいいます。
例えば毎月作成する資料があるとします。
担当者は、
どのシステムから数字を取るのか。
どのデータを修正するのか。
どの計算式を使うのか。
誰に確認するのか。
いつまでに提出するのか。
をすべて理解しています。
しかし、それが本人の頭の中にしかありません。
マニュアルもなく、他の社員は詳しい手順を知りません。
すると担当者が休んだだけで、
この資料はどう作るのか。
という問題が発生します。
これが典型的な属人化です。
専門性が高いこととは違う
属人化と専門性は似ているように見えますが、同じではありません。
例えば税務に詳しい社員がいるとします。
専門的な税務判断について、その人に相談することは合理的です。
これは専門性を活用している状態です。
一方、
申告に必要な資料がどこにあるのか。
どの部署から資料を集めるのか。
いつ何を確認するのか。
という事務手続きまでその人しか知らなければ、属人化しています。
専門性とは、
その人だからこそ高い価値を生み出せること。
です。
属人化とは、
本来ほかの人でもできる仕事まで、その人しかできない状態になっていること。
です。
この違いは重要です。
属人化は仕事ができる人ほど起こりやすい
仕事ができる人には仕事が集まります。
上司も、
あの人に頼めば早い。
あの人なら間違えない。
と考えます。
本人も、
自分でやった方が早い。
説明するより自分で処理した方が楽だ。
と思います。
その結果、仕事を次々に引き受けます。
短期的には非常に効率的です。
しかし、その状態が何年も続くと、
判断方法。
作業手順。
取引先との関係。
過去の経緯。
などが一人の担当者に集中します。
本人の能力が高いほど、かえって仕事が属人化することがあるのです。
自分でやった方が早いが属人化を生む
仕事を人へ渡すには時間がかかります。
例えば自分なら30分でできる仕事があるとします。
後輩へ説明すると、
説明に30分。
質問対応に30分。
完成した仕事の確認に30分。
合計1時間30分かかるかもしれません。
それなら、
自分で30分でやった方が早い。
と考えるのは自然です。
しかし、この判断を毎回繰り返すと、翌月も自分が30分使います。
翌々月も同じです。
1年間、5年間と続けば膨大な時間になります。
最初に時間を使って仕事を渡せば、その後は自分が担当しなくてもよくなる可能性があります。
引き継ぎに必要な時間は、将来の自分の時間を取り戻すための投資でもあります。
属人化すると休めなくなる
仕事が属人化した状態で最も困るのが、担当者が不在になったときです。
例えば子どもが突然発熱したとします。
本来なら仕事を休みたいところです。
しかし、その日に自分しかできない仕事がある。
取引先から質問が来るかもしれない。
部下では判断できない。
こうした状態なら、休暇を取っても仕事が気になります。
自宅からメールを確認する。
電話に対応する。
パソコンを開く。
結果として、制度上は休んでいても実質的には仕事をしている状態になることがあります。
属人化は、仕事と育児や介護を両立するうえでも大きな障害になります。
長期休暇も取りにくくなる
一日だけの休暇なら何とか対応できても、長期間不在になると属人化の問題はさらに大きくなります。
例えば育児休業。
介護休業。
病気療養。
長期休暇。
こうした場合、担当者が数週間から数カ月いなくなることがあります。
業務が一人に集中していれば、その直前になって大量の引き継ぎが必要になります。
本人も、
休む前に全部終わらせなければ。
と無理をするかもしれません。
一方、日頃から複数の人が仕事を理解していれば、担当者が長期間不在でも業務を継続しやすくなります。
休める会社をつくるには、休暇制度だけでなく仕事の属人化を減らす必要があるのです。
会社にとっても大きなリスクになる
属人化は社員本人だけの問題ではありません。
会社にとっても経営上のリスクになります。
例えば重要な業務を一人しか理解していないとします。
その社員が突然退職したらどうなるでしょうか。
転職。
病気。
事故。
家族の介護。
人が会社を離れる理由はさまざまです。
退職まで十分な引き継ぎ期間があるとは限りません。
重要なノウハウが本人の頭の中にしかなければ、その人が退職すると会社から知識まで失われます。
会社が特定の社員に依存する状態は、人材リスクを高めます。
マニュアル化だけでは解決しない
属人化対策というと、まずマニュアルを作ることを考えます。
もちろんマニュアルは重要です。
どのシステムを使うのか。
どの順番で処理するのか。
どこを確認するのか。
こうした手順を文章にすれば、他の人も仕事を理解しやすくなります。
しかし、マニュアルを作るだけでは十分ではありません。
実際に別の人がその仕事をできるか確認する必要があります。
マニュアルはある。
しかし誰も読んだことがない。
担当者以外は一度も作業したことがない。
という状態では、担当者が突然休んだときに対応できない可能性があります。
文書化と実際の引き継ぎを組み合わせることが重要です。
複数担当制にする方法もある
属人化を防ぐ方法の一つが、仕事を複数の人で担当することです。
例えば主担当と副担当を決めます。
通常は主担当が業務を行います。
副担当も業務内容を理解し、定期的に一部の仕事を担当します。
主担当が休んだ場合には、副担当が代わります。
これなら、
担当者が休んだら仕事が止まる。
という状態を防ぎやすくなります。
また担当者同士で仕事を確認できるため、ミスの発見にもつながります。
一人が100パーセント抱えるのではなく、複数の人が知識を共有することが重要です。
判断基準も共有する
仕事を引き継ぐときには、作業手順だけでなく判断基準も共有する必要があります。
例えば、
この金額以上なら上司へ相談する。
この取引先から問い合わせが来たら営業部へ確認する。
このケースでは過去の事例を参照する。
といったルールです。
仕事ができる人ほど、こうした判断を無意識に行っています。
本人にとっては当たり前なので、マニュアルに書かれていないことがあります。
その結果、作業手順を引き継いでも、
この場合はどう判断すればよいですか。
という質問が集中します。
属人化を減らすには、何をするのかだけではなく、なぜそう判断するのかまで共有する必要があります。
自分しかできない仕事を意図的に減らす
キャリアを考えると、
自分にしかできない仕事を増やした方が価値が高まる。
と思うことがあります。
確かに専門性は重要です。
しかし、自分しかできない単純作業まで大量に抱える必要はありません。
むしろ、
自分でなくてもできる仕事。
ルール化できる仕事。
繰り返し発生する仕事。
判断基準を共有できる仕事。
は、できるだけ人や仕組みに渡します。
その結果、自分は、
専門的な判断。
新しい企画。
重要な意思決定。
人材育成。
など、本当に自分の経験を生かせる仕事へ時間を使えるようになります。
仕事を手放すことは、自分の価値を下げることではありません。
価値の低い仕事を手放し、価値の高い仕事へ時間を移すことでもあります。
長く働くほど手放す力が必要になる
若い頃は、自分でできる仕事を増やすことが重要です。
さまざまな仕事を経験し、知識や能力を身につけます。
しかし経験を積むにつれて、仕事は増えていきます。
以前から担当している仕事。
新しく任された仕事。
管理職としての仕事。
後輩の指導。
すべてを抱え続ければ、時間はいくらあっても足りません。
そこで必要になるのが、
何を新しく引き受けるか。
だけではなく、
何を手放すか。
という判断です。
キャリアの後半になるほど、仕事を増やす能力と同じくらい、仕事を人へ渡す能力が重要になります。
結論
仕事の属人化とは、特定の担当者しか業務の進め方や判断方法を理解していない状態です。
一見すると、
自分にしかできない仕事がある。
ことは、その人の価値が高いように見えます。
しかし、属人化した仕事が増えるほど、
休めない。
長期休暇を取りにくい。
育児や介護と両立しにくい。
退職すると会社の業務が止まる。
という問題が生まれます。
重要なのは、専門性と属人化を区別することです。
専門的な判断など本当に自分だからこそ価値を生み出せる仕事は残します。
一方、
定型的な作業。
繰り返し発生する仕事。
ルール化できる仕事。
他の人でもできる仕事。
は、マニュアル化や情報共有、複数担当制などによって手放していきます。
長く働き続けるためには、自分しかできない仕事を増やし続けることが正解とは限りません。
自分がいなくても仕事が回る状態をつくる。
それは会社のためだけではありません。
自分自身が安心して休み、育児や介護など生活環境が変化しても働き続けるための重要な仕組みなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 働き続けるため「手放す」選択も