退職金は消えるのか 終身雇用時代の終わりと退職給付制度の再設計

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かつて日本企業にとって退職金は、終身雇用と年功序列を支える重要な制度でした。長く勤めるほど退職金が増え、定年退職時にまとまった資金を受け取ることができる仕組みは、企業への忠誠心を高める役割も果たしてきました。

しかし近年、その前提が大きく揺らぎ始めています。2026年にはタキロンシーアイが退職一時金制度を廃止し、給与と確定拠出年金へ振り替える制度改定を実施しました。王子ホールディングスも新入社員の退職一時金廃止を発表しています。

なぜ今、退職金制度の見直しが進んでいるのでしょうか。そして私たちはどのように考えるべきなのでしょうか。

退職金制度は何のために存在したのか

退職金制度が広く普及した背景には、日本型雇用慣行があります。

企業は長期雇用を約束し、従業員は定年まで勤めることを前提とする。その見返りとして、勤続年数に応じて退職金が積み上がる仕組みが整備されました。

退職金には大きく三つの役割がありました。

・長期勤続への報酬

・老後資金の確保

・企業への定着促進

特に高度経済成長期には転職が少なく、一つの会社で40年以上働くことが一般的でした。そのため退職金制度は合理的な仕組みとして機能していました。

なぜ企業は退職金を見直し始めたのか

最大の理由は雇用の流動化です。

現在では転職が一般化し、一つの会社で定年まで働く人は少数派になりつつあります。

企業側から見ると、将来の退職金のために資金を積み立てるよりも、現在の給与を引き上げた方が採用競争力を高められます。

実際に学生や若手社員は、

「30年後の退職金」

よりも、

「今の給与」

を重視する傾向があります。

初任給競争が激化する中で、退職金原資を給与へ振り替える動きが広がり始めています。

若手とシニアで評価が分かれる理由

退職金制度改革では世代間で受け止め方が大きく異なります。

若手社員にとっては、

・毎月の手取りが増える

・転職時に不利にならない

・自分で資産形成できる

といったメリットがあります。

一方でシニア社員は、

・老後資金が減る不安

・約束された退職金が変わる不満

・投資リスクへの抵抗感

を抱きやすくなります。

同じ制度変更でも、残された勤続年数によって影響が大きく異なるためです。

今回のタキロンシーアイでも、若手社員は歓迎する一方で、シニア社員からは強い反発の声が上がりました。

確定拠出年金への移行が進む理由

退職一時金を廃止する企業の多くは、確定拠出年金(DC)を活用しています。

DCでは企業が掛金を拠出し、その運用成果によって将来受け取る金額が決まります。

企業側のメリットは、

・将来負担額を固定化できる

・会計上の負債を減らせる

・制度運営が比較的容易

という点です。

一方、従業員側は、

・運用次第で資産を増やせる

・転職先へ持ち運べる

・税制優遇が大きい

という利点があります。

ただし、運用成果が悪ければ受取額が減少する可能性もあります。

つまり企業が負っていた運用リスクの一部を従業員が負担する制度ともいえます。

退職金から給与へのシフトは正しいのか

この問題に正解はありません。

給与を重視する考え方は合理的です。

例えば毎月5,000円給与が増えれば、若い時期からNISAやiDeCoで資産形成を始めることができます。

一方で、人は必ずしも合理的に行動するとは限りません。

給与として支給されたお金を消費してしまえば、将来の老後資金は不足する可能性があります。

退職金制度は半ば強制的な老後資金形成の仕組みでもありました。

制度がなくなれば、自ら資産形成する能力がより重要になります。

企業は「面倒を見る存在」ではなくなるのか

今回の制度改定で注目されるのは企業の考え方です。

従来の日本企業は、

「入社から定年まで面倒を見る」

存在でした。

しかし今後は、

「働く機会を提供する」

存在へ変化していく可能性があります。

給与、退職金、年金、資産形成を企業が一括管理する時代から、従業員自身が将来設計を行う時代へ移行しつつあります。

これは退職金制度だけの話ではありません。

副業の普及、ジョブ型雇用、リスキリング、確定拠出年金の拡大など、働き方全体の変化と連動しています。

終身雇用の終わりが意味するもの

退職金制度の見直しは単なる人事制度改革ではありません。

それは終身雇用を前提として設計された日本型雇用システムそのものの変化を映し出しています。

企業は人材獲得競争の中で給与重視へ向かい、従業員は自ら資産形成を行うことが求められるようになります。

今後は退職金が減るか増えるかではなく、

「老後資金を誰が準備するのか」

という問いがより重要になるでしょう。

結論

退職金制度の見直しは、一部企業の特殊な事例ではなく、日本型雇用の転換点を象徴する出来事です。

これまで企業が担ってきた老後保障機能は徐々に縮小し、その代わりに給与や確定拠出年金を通じて個人が主体的に資産形成を行う方向へ向かっています。

退職金が消える時代に重要なのは、制度変更そのものを嘆くことではありません。給与、NISA、iDeCo、企業年金などを組み合わせながら、自らの老後資金を設計する力を身につけることです。

終身雇用の時代が終わりつつある今、退職金制度の変化は私たち一人ひとりの人生設計のあり方を問い直しているのです。

参考

日本経済新聞(2026年6月2日朝刊)
「伊藤忠系タキロン、退職一時金やめ給料上げ 労使交渉1年、揺らぐ終身雇用背景に」

厚生労働省
「就労条件総合調査(退職給付制度の実態)」

厚生労働省
「確定拠出年金制度の概要」

企業年金連合会
「企業年金制度に関する各種資料」

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