非上場会社のオーナーにとって、自社株の相続税評価額は事業承継を左右する大きな問題です。
会社の業績が良く、長年にわたって利益を蓄積してきた会社では、自社株評価額が数億円、場合によっては数十億円に達することがあります。
後継者がその株式を相続すれば、多額の相続税が発生する可能性があります。
そこで従来から行われてきたのが、自社株の評価額を引き下げる株価圧縮です。
株価圧縮という言葉自体は法律上の制度名ではありません。
一般には、財産評価基本通達に定められた計算方法を踏まえて、利益や純資産、会社規模など株価を左右する要素を変化させ、自社株評価額を低くする対策を指します。
しかし近年、制度の仕組みを利用して評価額を大幅に引き下げる事例が問題視されるようになりました。
国税庁の有識者会議でも、恣意的な評価額圧縮スキームについて、評価制度そのものの中で対応する必要性が議論されています。
今回は、非上場株の株価圧縮とは何なのか、なぜ可能だったのか、そして節税と問題となる租税回避の境界について整理します。
株価圧縮とは何か
株価圧縮とは、非上場株の相続税や贈与税を計算する際の評価額を低くすることです。
たとえば、自社株の評価額が10億円だった会社について、一定の対策を行った結果、評価額が6億円になったとします。
この場合、4億円分の評価額が下がったことになります。
相続税は財産の評価額を基礎として計算するため、自社株評価額が下がれば、原則として相続税や贈与税も減る方向に働きます。
そのため、事業承継では以前から自社株評価額を確認し、必要に応じて対策を検討することが重要とされてきました。
ただし、会社の企業価値そのものが4億円失われたわけではありません。
税務上の評価額だけが下がるケースもあります。
ここが株価圧縮を理解する重要なポイントです。
非上場株は市場価格ではなく計算式で評価する
なぜ株価圧縮が可能になるのでしょうか。
最大の理由は、非上場株に市場価格がないことです。
上場会社であれば、株価は証券市場で毎日形成されています。
会社が相続対策をしたからといって、税務上だけ自由に株価を下げることは基本的にできません。
一方、非上場株には市場で確認できる価格がありません。
そのため、財産評価基本通達に定められた計算式を利用して税務上の株価を求めます。
現在は主に、
類似業種比準方式
純資産価額方式
両者を併用する方式
などがあります。
計算式で評価する以上、その計算式に入る数字が変われば株価も変わります。
これが株価圧縮対策が成立する基本的な理由です。
利益が下がれば株価が下がる場合がある
類似業種比準方式では、会社の利益が重要な評価要素になります。
そのため、利益が低下すると、自社株評価額も低くなる方向に働く場合があります。
たとえば、通常は5000万円の利益を出している会社が、ある年度に大きな費用を計上して利益が1000万円まで減少したとします。
類似業種比準方式の計算上、その利益低下が株価に反映されれば、自社株評価額も低下する可能性があります。
このため、事業承継の前に役員退職金を支給したり、大規模な設備投資などを行ったりすることが株価へ影響することがあります。
もっとも、役員退職金や設備投資には、それぞれ経営上の目的や税務上の要件があります。
自社株評価だけを下げるために形式的な取引を行えば、別の問題が生じる可能性があります。
純資産を減らすと株価が下がることもある
純資産価額方式では、会社が持っている純資産が株価に直接影響します。
会社に現預金が10億円あり、借入金がほとんどなければ、その大きな純資産が自社株評価額を押し上げます。
反対に、会社から財産が適正に社外へ移転すれば、純資産が減少する場合があります。
たとえば配当を行えば、会社から現金が流出します。
適正な役員退職金を支給した場合にも、現預金が減ります。
その結果、一定の場合には純資産価額が下がることがあります。
つまり、株価圧縮では、
利益を小さくする
純資産を小さくする
という二つの方向が重要になってきました。
会社規模を利用した株価圧縮もあった
現行制度では、会社規模によって利用できる評価方式が変わります。
大会社では類似業種比準方式を中心に利用し、小会社では純資産価額方式を中心に評価します。
ここで、類似業種比準価額が純資産価額より大幅に低い会社があるとします。
その会社が大会社に該当すれば、低い類似業種比準価額を利用しやすくなります。
つまり、
会社規模が変わる
評価方式が変わる
評価額が下がる
ということが起こり得ます。
国税庁の有識者会議でも、企業規模などの外形基準が評価額圧縮スキームに利用され、不公平な実態につながっているとの指摘が出ています。
評価方式の差そのものが株価圧縮につながる
株価圧縮が問題になった背景には、類似業種比準価額と純資産価額との大きな差があります。
会社が同じでも、評価方式によって結果が大幅に異なることがあります。
たとえば純資産価額が10億円ある会社について、類似業種比準価額が3億円だったとします。
会社の実態は何も変わっていなくても、どの評価方法を使うかによって7億円もの差が生じます。
この差が大きいほど、より低い評価方式を利用できる状態にすることの効果も大きくなります。
つまり、株価圧縮の問題は個別の節税手法だけではありません。
評価制度そのものに大きな価格差が生じる構造が存在することが、根本的な問題になっています。
持株会社などを利用する対策も検討されてきた
事業承継の実務では、会社の組織再編や持株会社化などを利用して自社株評価を考えることもあります。
たとえば、複数の会社を持株会社の傘下にまとめることで、グループ全体の経営管理を行いやすくすることがあります。
こうした組織再編には、経営管理、資本政策、後継者への権限移転などさまざまな目的があります。
一方で、再編後の株式評価方法によっては、自社株評価額にも影響が生じます。
このため、経営上の合理的な再編と、自社株評価を主目的とした再編をどのように区別するかが問題になる場合があります。
税務上認められた制度を利用しているからといって、どのような結果でも当然に認められるとは限りません。
株価を下げること自体が違法なのではない
ここで重要なのは、自社株評価を下げること自体が違法なのではないということです。
法律や財産評価基本通達に従って適正に評価し、経営上必要な取引の結果として株価が下がることは当然あります。
たとえば、創業者が実際に退任し、適正な役員退職金を受け取ったとします。
会社から退職金が支払われれば、会社の利益や純資産に影響します。
その結果として自社株評価額が下がったとしても、それだけで問題になるわけではありません。
会社が合理的な経営判断として設備投資を行い、利益や資産構成が変わった場合も同様です。
税務上重要なのは、取引の実態や目的、金額の合理性などです。
節税と租税回避は何が違うのか
節税とは、税法が認めている制度や選択肢を適正に利用して税負担を軽減することです。
一方、租税回避は、法律の形式上は一定の要件を満たしながら、本来想定されていない取引や仕組みを利用して税負担を不当に軽くする行為として問題になることがあります。
両者の境界は必ずしも明確ではありません。
特に非上場株評価では、
通達通りに計算している
という事情と、
その結果が会社の実際の価値から著しく離れている
という事情が同時に存在するケースがあります。
国税庁の有識者会議でも、租税回避スキームによる極端な節税が問題である一方、そうしたスキームが利用される背景には現行評価方法そのものの問題があるのではないかという意見も出ています。
総則6項が使われる理由
財産評価基本通達には総則6項があります。
通常の評価方法によって評価することが著しく不適当と認められる場合、国税当局が別の方法で財産を評価できる規定です。
非上場株についても、通達上の評価方式を利用して大幅に株価を下げたケースなどで総則6項が問題になることがあります。
納税者からすると、
財産評価基本通達に従って計算したのだから問題ない
と考えることがあります。
しかし国税当局が、
その評価額では財産の実際の価値を適切に反映していない
と判断すれば、別の価額で課税される可能性があります。
このため総則6項は伝家の宝刀とも呼ばれます。
総則6項に頼る制度には予測可能性の問題がある
総則6項には大きな問題もあります。
納税者が事前に、
どこまでなら通常の評価が認められるのか
どの程度評価額が下がると否認されるのか
を正確に判断しにくいことです。
国税庁の資料でも、近年、評価通達6項を巡る訴訟などが増加し、納税者の予見可能性という観点から評価方法の明確化が求められていると整理されています。
ルール通りに計算しても、後になって別の評価をされる可能性がある制度では、事業承継計画を立てにくくなります。
そこで今回の制度改革では、問題のある案件だけを総則6項で個別に否認するのではなく、通常の評価ルールそのものを見直す方向が検討されています。
新ルールでは株価圧縮をしにくくする狙いがある
国税庁の有識者会議では、現在の複数の評価方式を見直し、幅広い企業に統一的に適用できる評価方式を検討する考え方が示されています。
新ルール案では、会社の簿価純資産と収益力を基礎として株価を評価する方向です。
この仕組みになれば、
会社規模を変えて評価方式を変える
類似業種比準方式と純資産価額方式の差を利用する
といった従来型の株価圧縮は難しくなる可能性があります。
つまり、新制度は単に計算式を新しくするだけではありません。
評価方式そのものを利用した株価圧縮の余地を小さくする狙いもあると考えられます。
5年間の利益を見ることも株価圧縮を難しくする
新ルール案で過去5年間の平均利益などから収益力を計算する方向が示されていることも重要です。
もし直前期だけの利益で株価が大きく変わるのであれば、相続や贈与の直前に利益を大幅に減らすことで評価額を下げられる可能性があります。
しかし、5年間を見るのであれば、1年間だけ利益が減っても、それ以前の高い利益が平均値に残ります。
たとえば過去4年間の利益が毎年5000万円で、直前期だけ0円だったとします。
5年間平均なら4000万円です。
直前期だけを見る場合ほど収益力は下がりません。
複数年度を利用する仕組みは、会社本来の収益力を把握すると同時に、単年度だけを利用した評価額調整を難しくする役割も持つと考えられます。
新制度では節税対策より企業実態が重要になる
評価方式が一本化され、純資産と複数年度の収益力が中心になれば、自社株対策の考え方も変わります。
これまでは、
どの評価方式を利用できるのか
会社規模をどのように判定するのか
どの年度の利益が評価に使われるのか
といった評価制度上の仕組みが重要でした。
新制度では、それよりも、
会社に実際にどれだけ純資産が蓄積されているのか
継続的にどれだけ利益を生み出しているのか
という会社の経済実態そのものが重要になる可能性があります。
株価対策だけを目的とした短期的な取引より、長期的な事業承継計画がこれまで以上に重要になるでしょう。
結論
非上場株の株価圧縮とは、財産評価基本通達の計算方法を踏まえ、利益、純資産、会社規模などを変化させることで、自社株の相続税評価額を引き下げることです。
非上場株には市場価格がなく、一定の計算式によって評価するため、その計算式に使われる数字や評価方式が変われば株価も変わります。
これまでの制度では、利益を減らしたり、純資産を減らしたり、会社規模によって類似業種比準方式を利用したりすることで、株価が低くなる場合がありました。
こうした対策のすべてが問題なのではありません。
合理的な経営判断や税法上認められた制度を利用した結果として株価が下がることは当然あります。
問題となるのは、会社の経済実態をほとんど変えないまま、評価制度の仕組みだけを利用して税務上の株価を極端に引き下げるケースです。
現行制度では、こうした案件に総則6項を適用して個別に対応することがあります。
しかし、それでは納税者が事前に課税結果を予測しにくいという問題があります。
そこで今回の制度改革では、幅広い会社に共通する新しい評価方式を設け、評価制度そのものの中で過度な株価圧縮を抑えようとしています。
非上場株の事業承継は、計算式の隙間を利用して株価を下げる時代から、会社の純資産と継続的な収益力を正面から評価する時代へ移ろうとしているのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の評価、新ルール案 中小・零細で相続税減
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の相続税、大規模・高収益なら負担増 国税庁案
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の算定方法 企業規模に応じ3方式