非上場会社の株式を相続すると、その株式にも相続税がかかります。
しかし、ここで難しい問題があります。
その株はいったいいくらなのかという問題です。
上場株であれば、証券市場で毎日売買されています。市場で形成された株価があるため、一定のルールに従って相続税評価額を計算できます。
ところが、非上場株には日々の市場価格がありません。
創業者が持っている自社株を売ろうとしても、すぐに買い手が見つかるとは限りません。それでも相続税を計算するためには、金額を決める必要があります。
この市場価格のない財産にどのような時価をつけるのかという問題が、非上場株評価制度の出発点です。
今回は、相続税法における時価とは何なのか、客観的交換価値とはどういう意味なのか、そしてなぜ非上場株には唯一絶対の時価が存在しにくいのかを整理します。
相続税法では財産を時価で評価する
相続税の財産評価で基本となるのが、相続税法22条です。
相続や贈与によって取得した財産の価額は、特別な定めがあるものを除き、その財産を取得した時の時価によることが原則とされています。
つまり、相続税は基本的に、
亡くなった人がその財産をいくらで買ったのか
ではなく、
相続が発生した時点でその財産にどの程度の価値があるのか
を基準として計算します。
たとえば、1000万円で購入した土地が相続時には5000万円の価値になっていたとしても、取得価額1000万円を基礎に相続税を計算するわけではありません。
相続時点の価値を基礎に評価します。
非上場株についても基本的な考え方は同じです。
時価とは単なる売値ではない
時価という言葉を見ると、
実際に売却したらいくらになるのか
という意味に思えるかもしれません。
しかし、相続税評価でいう時価は、単に実際の売買価格だけを意味するものではありません。
一般には、課税時期における財産の客観的交換価値を意味すると考えられています。
客観的交換価値とは、簡単にいえば、
特定の売り手と買い手の特殊な事情を除いて、通常の市場でその財産がどの程度の価値で交換されると考えられるか
という価値です。
この考え方によって、納税者ごとに自由な価格をつけることを防ぎます。
なぜ客観的交換価値が必要なのか
たとえば親が子どもに会社の株式を非常に安い価格で譲ったとします。
親子間で100万円という価格を決めたからといって、その株式の時価が必ず100万円になるわけではありません。
会社に10億円の純資産があり、毎年1億円の利益を出しているのであれば、その株式にもっと大きな経済価値がある可能性があります。
反対に、売り手が資金繰りに困っていて、通常より極端に安い価格で第三者へ売却した場合も、その取引価格がそのまま客観的な時価になるとは限りません。
相続税では、個別の事情によって価格が大きく変わらないように、客観的な価値を考える必要があります。
上場株には市場価格がある
上場株の時価は比較的分かりやすいものです。
証券取引所で多数の投資家が売買しており、毎日市場価格が形成されています。
たとえば、ある上場会社の株価が1株3000円であれば、その価格は多数の売り手と買い手の取引によって形成されたものです。
もちろん、相続税評価では課税時期の終値だけでなく一定の月平均額なども考慮する仕組みがありますが、評価の基礎となる市場価格が存在します。
つまり、
市場が株価を決める
という客観的な物差しがあります。
非上場株には、この物差しがありません。
非上場株には毎日の株価がない
非上場会社の株式は、証券取引所で売買されていません。
たとえば地方で長年事業を営んでいる同族会社について、創業者が持つ株式を今日売却するとしても、
1株1万円
1株5万円
1株10万円
のどれが正しいのか、すぐには分かりません。
買い手がそもそも存在しないこともあります。
経営権を持つ株式であれば、会社を支配できるという価値があります。
一方、少数株主の株式であれば、自由に経営へ関与できない場合があります。
同じ会社の株式でも、誰がどの程度保有するかによって経済的な意味が変わることがあります。
このため、非上場株の時価を一つの市場価格で示すことは困難です。
会社の純資産から株価を考える方法がある
非上場株の価値を考える方法の一つが、会社の純資産を見ることです。
会社が10億円の資産を持ち、負債が4億円なら、単純化すると6億円の純資産があります。
会社を清算して資産を売却し、負債を返済した後に6億円程度残るのであれば、その会社の株式全体にも相応の価値があると考えることができます。
これが純資産価額方式につながる考え方です。
しかし、純資産だけで会社価値を決めることにも限界があります。
会社は単なる資産の箱ではないからです。
会社の利益から株価を考える方法もある
たとえば二つの会社がそれぞれ3億円の純資産を持っていたとします。
一方は毎年1000万円しか利益を出していません。
もう一方は毎年1億円の利益を出しています。
純資産だけを見れば両社は同じ価値に見えます。
しかし、将来利益を生み出す能力を考えれば、毎年1億円を稼ぐ会社のほうが高い企業価値を持つと考えることができます。
そこで会社の利益や将来の収益力から企業価値を考える方法も必要になります。
今回検討されている新しい非上場株評価ルールでも、今後5年間で見込まれる収益力を評価に取り込む方向が示されています。
上場会社との比較から価値を考える方法もある
もう一つの考え方が、似た会社との比較です。
同じ業種の上場会社がどの程度の株価で評価されているのかを参考にすれば、非上場会社の価値を推測できます。
これが現在の類似業種比準方式につながっています。
配当、利益、純資産などを上場会社と比較して株価を計算します。
この方法にも一定の合理性があります。
しかし、上場株と非上場株では換金性が大きく違います。
同じ製造業であっても、世界中で事業を展開する上場会社と地方の同族会社では、企業規模や経営リスクが異なります。
そのため、似た業種というだけで上場会社の株価を物差しにすることにも限界があります。
非上場株に唯一の正解が存在しにくい理由
このように、非上場会社の価値を見る方法はいくつもあります。
会社の純資産を見る。
会社の利益を見る。
将来の収益力を見る。
類似する会社の株価を見る。
将来のキャッシュフローを見る。
それぞれに合理的な考え方があります。
しかし、どの方法を使うかによって企業価値は変わります。
たとえば不動産を多く持っているものの利益が少ない会社なら、純資産から見た価値は高くても収益力から見た価値は低くなる可能性があります。
反対に、資産をほとんど持たないIT企業でも、毎年大きな利益を出していれば収益力から見た価値は高くなります。
つまり、非上場株には、
この金額だけが絶対に正しい時価である
と言い切ることが難しいのです。
税務では大量の非上場株を同じ基準で評価する必要がある
相続税制度にはもう一つ重要な問題があります。
全国には非常に多くの非上場会社があります。
相続や贈与が発生するたびに、専門家が一社ずつ企業価値を詳細に算定すると、膨大な時間と費用が必要になります。
税務署側もすべての会社について個別に企業価値を算定することは現実的ではありません。
そこで財産評価基本通達によって、一定の統一的な計算方法が設けられています。
つまり、財産評価基本通達には、
できるだけ適正な時価を求める
という目的と同時に、
全国の納税者が同じ基準で実務的に計算できるようにする
という目的があります。
評価通達は法律そのものではない
財産評価基本通達は、法律そのものではありません。
相続税法22条が時価による評価という基本原則を定め、それを実務上どのように計算するかについて国税庁が示しているのが財産評価基本通達です。
したがって、本来の出発点はあくまで時価です。
通達の計算式そのものが最終目的なのではありません。
通常は通達に従って評価することで、時価を合理的かつ統一的に算定できると考えられています。
しかし、通達による評価額が経済実態から著しく離れる場合には、前回取り上げた総則6項の問題が生じます。
評価方法が複数あると同じ会社でも株価が変わる
現行制度の問題の一つが、会社規模などによって評価方法が変わることです。
大会社では類似業種比準方式。
小会社では純資産価額方式。
中会社では両者の併用。
このように評価方法が異なります。
ところが、類似業種比準価額と純資産価額には大きな差が生じることがあります。
同じ会社の株式なのに、
ある方式なら3億円
別の方式なら10億円
ということが起こり得ます。
どちらも通達に基づく評価であるにもかかわらず、金額が大きく違えば、
非上場株の時価とはいったい何なのか
という根本的な問題につながります。
新ルールは時価をより直接的に捉えようとしている
国税庁が検討している新しい評価ルール案では、会社の直前期末の純資産と今後5年間で見込まれる収益力を基礎として評価する方向が示されています。
これは、
会社が現在どれだけの価値を持っているのか
会社が将来どれだけ利益を生み出せるのか
という二つの側面から企業価値を考える仕組みです。
類似する上場会社の株価を物差しにするのではなく、自社そのものの財務内容と収益力を見る方向へ転換します。
非上場会社自身の経済実態から時価に近づこうとする考え方と見ることができます。
それでも税務上の評価額と実際の売却価格は一致しない
新しい制度になっても、税務上の株価が実際の売却価格と必ず一致するわけではありません。
非上場会社を実際に第三者へ売却する場合には、さまざまな要素が価格に影響します。
買い手との相乗効果。
ブランド力。
取引先。
技術力。
経営者への依存度。
将来の成長性。
従業員の能力。
業界の競争環境。
こうした要素のすべてを、相続税の統一的な評価式に取り込むことは困難です。
したがって、新ルールでも税務上の評価額はあくまで相続税や贈与税を計算するための評価額です。
M&Aなどで実際に会社を売却する際の価格とは異なる可能性があります。
時価を正確にすることと制度を簡単にすることには緊張関係がある
非上場株評価で最も難しいのは、正確さと実務の簡便性を両立させることです。
会社ごとに詳細な企業価値評価を行えば、経済実態に近い価格を求められる可能性があります。
しかし、それでは相続のたびに多額の評価費用と時間が必要になります。
反対に、非常に単純な計算式にすれば実務は簡単になります。
しかし、会社ごとの違いを十分に反映できず、実際の企業価値との乖離が大きくなる可能性があります。
今回の約60年ぶりの制度改革は、この二つのバランスを改めて取り直す試みと考えることができます。
結論
非上場株の時価を考える出発点は、相続税法22条です。
相続や贈与によって取得した財産は、原則として取得時の時価によって評価します。
ここでいう時価は、一般に財産の客観的交換価値を意味すると考えられています。
しかし、非上場株には証券市場で形成された株価がありません。
会社の純資産を見るのか。
利益を見るのか。
将来の収益力を見るのか。
類似する上場会社と比較するのか。
どの方法を採用するかによって企業価値は変わります。
そのため、非上場株には唯一絶対の時価を見つけることが難しいという根本的な問題があります。
現在の財産評価基本通達は、この難しい時価を全国で統一的かつ実務的に計算するための仕組みです。
しかし、類似業種比準方式と純資産価額方式の間に大きな評価差が生じるなど、現在の制度にも限界が明らかになってきました。
そこで新ルール案では、会社自身の純資産と収益力を基礎として評価する方向が示されています。
今回の非上場株評価改革の本質は、単に計算式を変更することではありません。
市場価格の存在しない非上場株について、相続税法が求める時価をどのような共通の物差しで捉えるのかを約60年ぶりに考え直す改革なのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の評価、新ルール案 中小・零細で相続税減
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の相続税、大規模・高収益なら負担増 国税庁案
日本経済新聞 2026年8月20日 朝刊 非上場株の算定方法 企業規模に応じ3方式