金市場に再び世界のマネーが流れ込んでいます。金価格の国際指標であるロンドン現物価格は2026年8月7日、1トロイオンス当たり4371ドルまで上昇し、約2カ月ぶりの高値をつけました。
今回の上昇には、米国の利上げ観測の後退、ドル高の修正、金ETFへの資金流入、中国をはじめとする中央銀行の金購入という複数の要因があります。
なかでも注目したいのは、中央銀行による金購入です。これは単なる金価格上昇の材料ではありません。世界の外貨準備が米ドル中心でよいのかという、国際通貨体制そのものに関わる動きだからです。
米国の利上げ観測が後退すると金が買われる理由
金価格を考えるうえで重要なのが金利です。
金そのものには利息がつきません。預金なら利息を受け取ることができ、国債なら利子を受け取れますが、金を保有していても定期的な利息収入はありません。
そのため金利が上昇すると、金を保有する機会費用が大きくなります。反対に金利が低下したり、利上げ観測が後退したりすると、金の相対的な魅力が高まります。
今回、そのきっかけとなったのが米国の雇用統計でした。
2026年8月7日に公表された米雇用統計では、非農業部門の雇用者数が前月比2万3000人減少しました。市場では8万3000人程度の増加が予想されていたため、大きな下振れです。
雇用環境が弱くなれば、米連邦準備理事会がさらに金利を引き上げる必要性は低下します。
その結果、利息を生まない金に資金が戻ってきたのです。
金価格を左右する実質金利
金価格を見る場合には、単純な政策金利だけではなく実質金利も重要です。
実質金利とは、おおまかにいえば名目金利からインフレ率を差し引いたものです。
例えば国債金利が4%でも、インフレ率が3%なら実質的な利回りは1%程度になります。
実質金利が高くなれば、金よりも債券などを保有する魅力が高まります。
逆に実質金利が低下すると、金を持つことによる機会損失が小さくなります。
このため金市場では、米連邦準備理事会の政策金利だけではなく、米国債利回りやインフレ率も重要な材料になります。
ドル安が金価格を押し上げる仕組み
もう一つ重要なのがドル相場です。
国際市場における金価格は基本的に米ドル建てで表示されています。
そのため一般的には、ドルが下落すると金価格には上昇圧力がかかりやすくなります。
今回の記事では、7月末の日米協調為替介入によって円安ドル高が修正され、主要通貨に対するドルの強さを示すドル指数が100を下回ったことが指摘されています。
ドルと金は歴史的に逆方向へ動く局面が多くあります。
ドルが強くなれば金価格には下落圧力がかかり、ドルが弱くなれば金価格には上昇圧力がかかるという関係です。
もちろん常に完全な逆相関になるわけではありません。
世界的な金融不安などが発生すると、安全資産としてドルと金の双方が買われることもあります。
それでも金価格を見るうえで、ドル指数は重要な指標の一つです。
金ETFへの資金流入が再び拡大
投資家の金市場への回帰は、ETFの動きにも表れています。
世界最大級の金ETFであるSPDRゴールドシェアーズでは、8月7日までの1週間で残高が金額ベースで約110億ドル増加しました。
裏付けとなる金の量でも10トン増えています。
金ETFは、投資家が現物の金地金を自ら保管することなく、証券市場を通じて金価格に投資できる金融商品です。
機関投資家にとっても売買しやすいため、ETFへの資金流出入を見ることで市場心理をある程度把握できます。
ETF残高の増加は、投資家が再び金をポートフォリオに組み入れ始めていることを示しています。
中国人民銀行は21カ月連続で金を購入
さらに大きな金価格の支えとなっているのが中央銀行です。
特に注目されているのが中国人民銀行です。
2026年7月末の中国人民銀行の金保有量は前月から20トン増加しました。
増加幅としては2023年10月以来の大きさです。
しかも金の買い増しは21カ月連続となり、統計を確認できる1999年12月以降で最長を更新しました。
中央銀行が金を購入する目的は、個人投資家が値上がり益を狙って金を買う場合とは少し違います。
重要なのは外貨準備の分散です。
中央銀行が金を買う本当の理由
世界各国の中央銀行は巨額の外貨準備を保有しています。
代表的な資産が米国債などのドル建て資産です。
米ドルは世界最大の基軸通貨であり、国際貿易や金融取引で広く利用されています。
しかしドル資産への依存度が高すぎれば、米国の金融政策や外交政策の影響を強く受けることになります。
そこで外貨準備の一部を金へ移す動きが広がっています。
金には特定の国家の信用に依存しないという特徴があります。
国債は発行国の信用に依存しますが、金そのものには発行主体が存在しません。
中央銀行にとって金は、国家信用から独立した準備資産という側面を持っています。
世界の中央銀行による金買いが加速
金を買っているのは中国だけではありません。
ワールドゴールドカウンシルによると、2026年4月から6月に世界の中央銀行は288.9トンの金を買い越しました。
同じ期間としては2010年以降で最大です。
中国のほか、ポーランドやウズベキスタンなども金購入を進めています。
背景には地政学リスクがあります。
戦争や経済制裁、国際政治の対立が深まるほど、特定国の通貨や国債だけに外貨準備を集中させることのリスクが意識されます。
そこで政治的な信用リスクから比較的独立している金の重要性が高まります。
この意味で現在の金買いは、単なる商品市場のブームではありません。
中央銀行による外貨準備戦略の変化でもあるのです。
外貨準備のドル離れは進むのか
今後の金市場を考えるうえで重要なのが、いわゆる脱ドル化です。
ワールドゴールドカウンシルが世界の中央銀行を対象に実施した調査では、回答者の84%が5年後には外貨準備に占める金の割合が増えていると予想しました。
一方、74%がドルの割合は低下すると回答しています。
もちろん、これだけでドルの基軸通貨としての地位がすぐに失われるわけではありません。
ドルには巨大な米国債市場があり、国際決済や金融取引でも圧倒的なネットワークがあります。
金には利息がなく、決済通貨として日常的に利用することも難しいため、ドルを完全に代替する資産でもありません。
重要なのはドルから金への全面的な交代ではなく、ドル一極集中から準備資産の分散へ向かっている可能性です。
金は株式や債券とは異なる役割を持つ
個人投資家にとっても、この点は重要です。
金は企業のように利益を生み出す資産ではありません。
株式なら企業利益の成長が株価上昇や配当につながります。債券なら利息があります。
金にはそのようなキャッシュフローがありません。
そのため長期的な資産形成の中心を金だけにすることには注意が必要です。
一方で金には、株式や債券とは異なる値動きをする可能性があります。
インフレ、地政学リスク、通貨不安、金融危機などが発生したときに価値が意識されやすいためです。
つまり金の役割は、資産を大きく増やす成長資産というよりも、ポートフォリオ全体のリスクを分散する資産として考えることができます。
金価格の上昇が続くとは限らない
現在は金価格を支える材料が多くあります。
米利上げ観測の後退、ドル安、ETFへの資金流入、中央銀行の金購入、地政学リスクなどです。
しかし金価格が一直線に上昇するとは限りません。
例えば原油価格が急騰して米国のインフレ圧力が再び強まれば、米連邦準備理事会の利上げ観測が復活する可能性があります。
米国債利回りや実質金利が上昇すれば、金価格には逆風になります。
また、金価格がすでに歴史的な高値圏にあることも考える必要があります。
安全資産だから価格変動が小さいというわけではありません。
金も市場で取引される資産であり、短期間で大きく値下がりすることがあります。
結論
今回の金価格上昇で注目すべきなのは、単に2カ月ぶりの高値をつけたという事実だけではありません。
米国の金融政策、ドル相場、地政学リスク、そして中央銀行の外貨準備戦略という複数の構造的な変化が金市場に集約されています。
特に中国をはじめとする中央銀行が継続的に金を購入していることは重要です。
世界の中央銀行がドル資産だけに依存するのではなく、金を含めて準備資産を分散しようとしているのであれば、金市場には従来とは異なる長期的な需要が生まれる可能性があります。
一方、個人投資家にとって金は万能な資産ではありません。利息も配当も生み出さず、高値圏では価格下落のリスクもあります。
だからこそ金を見るときには、値上がりするかどうかだけではなく、株式や債券、現預金とは異なる役割を持つ分散資産として考えることが大切です。
そして今後の金価格を読み解くうえでは、米国の金融政策だけでなく、実質金利、ドル指数、中央銀行の金購入量という三つの動きを合わせて確認することが重要になりそうです。
参考
日本経済新聞 2026年8月11日朝刊 金市場にマネー回帰 2カ月ぶり高値 米利上げ観測後退 中国、中銀の保有量増