会社が退職金制度を廃止するとき、問題になるのが、それまで社員が積み上げてきた退職金をどうするのかです。
たとえば勤続20年の社員について、制度変更時点で1000万円の退職金相当額が積み上がっていたとします。
会社が、
退職金制度を廃止するので1000万円を今すぐ支払います
としたら、この1000万円は退職金として税金を計算できるのでしょうか。
社員はまだ会社を辞めていません。
ここが重要です。
在職中に退職金制度を廃止して、それまでの退職金相当額を支給することを一般に打切支給と呼ぶことがあります。
しかし、会社がそのお金を退職金と呼べば、自動的に税務上も退職所得になるわけではありません。
制度をどのように廃止したのか、その後の退職金制度がどうなっているのか、社員にどのような選択肢が与えられているのかなどによって税務上の取り扱いを確認する必要があります。
打切支給とは何か
打切支給とは、退職金制度を途中で廃止したり変更したりするときに、それまでの勤務期間に対応する退職金相当額を精算して支給することです。
たとえば会社に、
勤続年数に応じて退職金が増える制度
があったとします。
社員Aさんは制度廃止時点で勤続20年です。
旧制度で計算すると、これまでの勤務に対応する退職金相当額が1000万円だったとします。
会社が旧制度を終了し、この1000万円をAさんへ支給します。
Aさんは会社を退職するわけではありません。
翌日からも同じ会社で働き続けます。
このようなケースでは、
退職していないのに退職金を受け取る
という特殊な状態になります。
原則として退職所得は退職によって受け取る所得
退職所得の基本は、退職によって一時に受け取る給与などです。
会社を辞めたことを理由として支給される退職手当などが典型です。
退職所得には、
退職所得控除
一般的な退職所得における2分の1課税
ほかの所得と分けて税額を計算する分離課税
といった特徴があります。
そのため通常の給与として受け取る場合より税負担が軽くなることがあります。
しかし在職中の打切支給では、社員は実際には退職していません。
そのため、
会社が退職金と名付けたから退職所得
と単純には判断できません。
在職中でも退職所得として扱われる場合がある
一方で、実際に会社を退職していなくても、一定の場合には退職手当等として扱われるものがあります。
退職金制度を廃止し、それまでの勤続期間に対応する退職金を打切支給するケースについても、一定の条件のもとで退職所得として扱われる場合があります。
重要なのは、制度が実質的に終了しているかどうかです。
旧退職金制度を完全に廃止し、それまでの勤務期間について退職金を精算するのであれば、通常の賞与とは性格が異なります。
長期間の勤務に基づいて積み上げられてきた退職給付を、制度終了に伴って精算するからです。
ただし具体的な税務上の取り扱いは、制度変更の内容によって判断する必要があります。
なぜ給与所得になる場合があるのか
打切支給という名前でも、実質的には給与や賞与と変わらない場合があります。
たとえば会社が退職金制度を形式的に変更しただけで、その後も実質的に同じ退職金制度を継続しているとします。
その途中で社員へ一定額を支給した場合、
本当に退職金を精算したのか
単なる臨時給与ではないのか
という問題が生じます。
税務では、会社が付けた名称だけではなく、実際の制度内容や支給理由などが重要になります。
退職所得は給与所得より税負担が軽くなることがあるため、どの支給でも自由に退職所得として扱えるわけではありません。
退職所得と給与所得では税負担が大きく違う
打切支給が退職所得になるのか給与所得になるのかは、社員にとって非常に重要です。
たとえば1000万円を受け取ったとします。
給与所得として扱われれば、給与所得の計算に含まれます。
通常の給与などと合わせて課税されるため、その年の所得が大きく増える可能性があります。
一方、退職所得として扱われれば、一定の要件のもとで退職所得控除を使うことができます。
一般的な退職所得なら、控除後の金額について原則2分の1課税もあります。
さらに原則としてほかの所得と分離して税額を計算します。
同じ1000万円でも、所得区分によって税引き後の金額が大きく変わる可能性があります。
勤続20年なら退職所得控除は原則800万円
仮に勤続20年の社員が、退職所得に該当する打切支給として1000万円を受け取ったケースを単純化して考えてみます。
勤続20年の場合、退職所得控除は原則として、
40万円掛ける20年
なので800万円です。
1000万円から800万円を差し引くと200万円です。
一般的な退職所得として2分の1課税が適用されるなら、
200万円掛ける2分の1
なので100万円が課税退職所得金額となります。
1000万円全部を課税所得として税率計算するわけではありません。
この違いがあるため、打切支給が退職所得に該当するかどうかは重要なのです。
制度移行との関係
退職金制度を廃止するといっても、会社にはいくつかの方法があります。
一つは、それまでの退職金相当額を社員へ現金で支給する方法です。
もう一つは、旧制度の退職金相当額を新しい企業年金制度などへ移す方法です。
さらに、
過去分は旧制度として会社に残す
将来分だけ新制度へ変更する
という方法もあります。
どの方法を採用するかによって、社員がお金を実際に受け取る時期が変わります。
現金を受け取れば、その時点で税務上の問題が生じます。
一方、一定の年金制度への適切な資産移換などであれば、単純に社員が現金を受け取った場合とは取り扱いが異なります。
企業型DCへの移行なら現金を受け取るとは限らない
企業が従来型の退職金制度から企業型確定拠出年金へ移行することがあります。
このとき旧制度の資産を一定のルールに従って企業型DCへ移換する方法があります。
社員の銀行口座へ現金を振り込むのではなく、老後資産として新制度へ移す考え方です。
社員から見ると、
退職金制度はなくなった
としても、
その日に退職金を現金でもらった
とは限りません。
老後資産が別の制度へ移されたのであれば、実際の受取時まで資産形成を続けることになります。
退職金制度の廃止と現金支給は、必ずセットではないのです。
受け取り方を選べる場合には注意が必要
制度変更の際に社員へ選択肢を与える会社もあります。
たとえば、
退職金相当額を現金で受け取る
新しい退職給付制度へ残す
企業型DCなどへ移す
といった選択肢です。
一見すると社員にとって親切な仕組みに見えます。
しかし税務上は、自由に受け取れる状態になったこと自体がどのような意味を持つのかなど、制度の具体的な設計が重要になる場合があります。
単純に、
現金を選べば退職所得
新制度を選べば非課税
と決めつけることはできません。
会社の制度変更時には、支給方法だけでなく税務上どのように処理されるのかを確認する必要があります。
打切支給後の勤続年数にも注意する
打切支給を受けた後も同じ会社で働き続ける場合、将来もう一度退職金を受け取ることがあります。
たとえば、
45歳で旧制度の打切支給
60歳で新制度による退職金
というケースです。
この場合、退職所得控除を考える際に勤続期間の重複などが問題になることがあります。
過去に受け取った退職手当等と今回の退職手当等について、同じ勤続期間に対応する控除を単純に重ねて利用できるとは限りません。
複数回の退職給付がある場合には調整ルールがあります。
そのため打切支給を受けたときには、そのときの税金だけでなく将来の退職時まで考える必要があります。
退職金を給与に振り替える場合とも違う
退職金制度を廃止する方法として、
過去分を打切支給する
将来分は給与へ振り替える
という設計も考えられます。
この場合、過去分と将来分では税務上の性格が違います。
過去の勤務に対応する打切支給が一定の要件のもとで退職所得として扱われる場合がある一方、制度変更後に毎月給与へ上乗せされる金額は給与所得です。
つまり一つの制度変更の中でも、
過去分
将来分
で税金の計算方法が変わることがあります。
会社から制度変更の説明を受けたときには、退職金がいくらになるのかだけでなく、どの部分がどの所得として課税されるのかを見る必要があります。
社会保険料にも違いが出る
給与として支給される金額は、社会保険料の計算にも影響する場合があります。
一方、退職所得として扱われる退職手当は、通常の毎月の給与と同じ形で社会保険料を計算するものではありません。
そのため、
打切支給を受ける
給与へ振り替える
企業型DCなどへ移行する
という方法によって、社員の手取りや老後資産への影響が変わります。
税金だけを比較しても十分ではありません。
社会保険料や将来の年金、資産運用まで含めて考える必要があります。
会社の説明資料を保存しておく
退職金制度の変更が行われたときには、会社からさまざまな資料が配布されることがあります。
たとえば、
旧制度の退職金規程
新制度の退職金規程
制度変更のお知らせ
自分の打切支給額
新制度への移行額
退職所得の源泉徴収票
などです。
こうした書類は将来もう一度退職金や確定拠出年金の一時金を受け取るときに重要になる場合があります。
特に複数の退職給付を受け取る場合には、過去の勤続期間や受取時期を確認する必要があります。
制度変更から10年、20年たってから必要になる可能性もあるため、関連書類は保管しておくことが重要です。
結論
退職金制度を途中で廃止し、それまでの退職金相当額を在職中の社員へ支給することを一般に打切支給と呼ぶことがあります。
しかし、
会社が退職金と呼んでいるから退職所得
になるわけではありません。
退職所得は本来、退職によって受け取る一定の退職手当などを対象とする所得です。
一方、実際に退職していなくても、退職金制度の廃止に伴う一定の打切支給など、税務上退職手当等として取り扱われる場合があります。
重要なのは制度の実態です。
旧制度が本当に終了するのか。
その後の退職金制度はどうなるのか。
過去分を現金で精算するのか。
企業型DCなどへ移すのか。
社員に受け取り方の選択肢があるのか。
こうした条件によって税務上の取り扱いを確認する必要があります。
退職所得として扱われるか給与所得として扱われるかによって、税負担は大きく変わる可能性があります。
さらに将来もう一度退職金を受け取る場合には、退職所得控除の調整が必要になることもあります。
退職金制度の廃止を見るときには、
いくら受け取れるのか
だけではなく、
いつ受け取るのか
どの所得として課税されるのか
将来の退職金にどう影響するのか
まで確認することが重要です。
制度変更時の1000万円は、単に1000万円を受け取るという話ではありません。
そのお金が税務上どのような性格を持つのかによって、実際に手元へ残る金額は変わるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月31日夕刊 退職金、なくなるの? 人材流動化で見直しも