世界の資源市場で、大きな構造変化が進んでいます。
これまで天然資源を豊富に保有する国々は、鉱石や原材料を海外に輸出し、その対価として外貨を獲得してきました。
しかし、資源を保有しているにもかかわらず、国内の産業発展や国民生活の向上につながらないという問題が長年指摘されてきました。
こうした状況は、資源の呪いと呼ばれています。
近年、アフリカ諸国では、この構造から脱却するため、鉱物資源の輸出規制を強化する動きが広がっています。
コンゴ民主共和国はコバルトや銅の輸出規制を進め、ジンバブエではリチウム、モザンビークでは黒鉛、ケニアでは鉱物資源全般について国内加工を促進する政策が打ち出されています。
その目的は、資源を採掘して輸出するだけの経済から、精製、加工、製造までを国内で行う産業構造への転換です。
一方、重要鉱物の精製工程では中国が圧倒的な存在感を持っています。
世界のコバルト精製では中国が約76%、黒鉛精製では約94%のシェアを占めています。
このような状況では、鉱物資源を保有する国だけでなく、精製技術や加工能力を持つ国も世界経済に大きな影響力を持つことになります。
日本にとっても、重要鉱物の安定調達は経済安全保障上の重要な課題です。
今回は、これまでの連載を総括しながら、アフリカの工業化、資源ナショナリズム、中国の精製市場支配、日本の総合商社の役割、リサイクルの可能性、今後の資源戦略について解説します。
資源の呪いはなぜ発生するのか
天然資源を豊富に保有する国は、資源輸出によって大きな収入を得られる可能性があります。
しかし、資源収入が必ずしも持続的な経済成長につながるわけではありません。
その理由の一つが、産業構造の偏りです。
資源輸出への依存度が高い国では、資源価格が上昇すると輸出収入や政府の税収が増加します。
一方、価格が下落すると、国家財政や経済成長率が大きく悪化する可能性があります。
また、鉱山開発には巨額の資金や高度な技術が必要です。
そのため、外国企業が鉱山開発を主導し、利益の一部が海外に流出する場合があります。
さらに、資源収入が特定の企業や政治勢力に集中すると、汚職や利権争いを招く可能性があります。
資源産業以外の製造業やサービス業が十分に育たなければ、雇用の拡大も限定的になります。
このように、天然資源が豊富であることが、必ずしも経済全体の発展につながらない現象が資源の呪いです。
重要なのは、資源を保有すること自体ではありません。
資源から得られる利益を、国内の産業育成や教育、インフラ整備などに活用できるかどうかです。
アフリカ諸国は原材料輸出からの脱却を目指す
アフリカ諸国では、鉱物資源を国内で加工する政策が広がっています。
コンゴ民主共和国は、世界のコバルト生産において圧倒的な存在感を持っています。
2025年のコバルト生産量は約23万トンで、世界全体の約74%を占めました。
しかし、コバルトの精製工程では中国が高いシェアを持っています。
つまり、資源の採掘国と精製国が異なる構造になっています。
コンゴ民主共和国が国内加工を促進する背景には、この構造を変えたいという狙いがあります。
また、ジンバブエはリチウム精鉱の輸出規制を進めています。
リチウムは蓄電池の重要な原材料であり、電気自動車市場の成長によって注目されています。
モザンビークでも黒鉛の輸出規制が進められています。
黒鉛はリチウムイオン電池の負極材料などに使用されます。
ケニアも、国内で採掘した鉱物を原材料のまま輸出するのではなく、国内加工を促進する方針を示しています。
こうした政策は、資源国が国内でより多くの付加価値を獲得することを目指すものです。
ただし、輸出規制だけで産業発展が実現するわけではありません。
国内に精製設備や電力、物流、人材などが整備されなければ、資源の生産や輸出が停滞する可能性もあります。
中国は精製工程で世界的な影響力を持つ
重要鉱物の供給網を考える際には、鉱石の採掘だけでなく、精製工程にも注目する必要があります。
例えば、コバルトはコンゴ民主共和国で大量に採掘されています。
しかし、採掘されたコバルトの多くは、海外で精製されます。
中国はコバルト精製で世界の約76%を占めています。
また、黒鉛の精製でも約94%という高いシェアを持っています。
このことは、鉱物資源を採掘する国が分散していても、精製工程が特定の国に集中している可能性を示しています。
精製工程が集中すると、その国の政策変更や輸出規制が世界の製造業に影響するおそれがあります。
さらに、精製には高度な技術、設備投資、電力、化学処理などが必要です。
鉱石を保有しているだけでは、短期間で精製能力を構築することは困難です。
そのため、重要鉱物の供給網を多様化するには、鉱山開発だけでなく、精製設備への投資が必要になります。
日本にとっても、中国への依存を減らすには、採掘国の分散と精製拠点の分散を同時に進めることが重要です。
インドネシアの成功と失敗から学ぶ
アフリカ諸国が国内加工政策を進めるうえで、参考になるのがインドネシアのニッケル政策です。
インドネシアは2014年1月、ニッケル鉱石の輸出を禁止しました。
その後、一部の輸出規制を緩和する時期もありましたが、2020年1月から再び輸出禁止を実施しました。
この政策を背景に、中国などから巨額の投資が流入し、国内の製錬設備が拡大しました。
2014年に約24万トンだったニッケル生産量は、2025年には約260万トンに増加しました。
世界シェアも約10%から約67%へと拡大しています。
国内加工を促進する政策が、製錬産業の発展につながった事例といえます。
しかし、その一方で、生産能力の急拡大によって世界のニッケル市場では供給過剰が発生しました。
その結果、ニッケル価格は下落し、生産コストの高い企業にとって厳しい事業環境となりました。
この事例は、資源国の産業政策が成功しても、資源価格が上昇し続けるとは限らないことを示しています。
アフリカ諸国にとって重要なのは、国内加工能力の拡大だけでなく、世界市場の需要を見極めた投資判断です。
生産量の増加と持続的な経済発展を両立させることが求められます。
銅とコバルトの価格上昇が世界経済に波及する
重要鉱物の供給不安は、国際価格の上昇につながる可能性があります。
コンゴ民主共和国によるコバルトの輸出規制を背景に、コバルト価格は2025年2月の1トン当たり2万1,550ドルから、同年3月中旬には3万6,170ドルへと約68%上昇しました。
また、銅価格は2026年9月上旬に1トン当たり1万4,875ドルと過去最高値を記録しました。
銅は電線、電力設備、電子機器、自動車、住宅設備などに幅広く使用されています。
さらに、人工知能の普及によるデータセンター建設や、再生可能エネルギーへの投資拡大も銅需要を押し上げる要因となっています。
資源価格が上昇すれば、鉱山会社の収益が改善する可能性があります。
一方、原材料を購入する製造業では、仕入価格の上昇によって利益が圧迫される場合があります。
また、企業が原材料費の上昇を販売価格に転嫁すれば、住宅や自動車、家電製品などの価格にも影響する可能性があります。
重要鉱物の価格変動は、資源産業だけの問題ではありません。
世界の製造業や消費者の生活にも関係する問題なのです。
日本の総合商社には新しい役割が求められる
日本の総合商社は、長年にわたり海外の資源開発に投資してきました。
三菱商事、三井物産、住友商事、伊藤忠商事、丸紅などは、それぞれ異なる事業構成を持ちながら、資源分野に関与しています。
従来の資源事業では、鉱山権益を確保することが重要でした。
しかし、資源国が国内加工を義務付けるようになれば、鉱山権益を保有するだけでは安定供給を確保できない場合があります。
今後は、鉱山開発に加えて、精製所や加工工場、電力設備、港湾、物流などへの投資が重要になる可能性があります。
総合商社は、資源開発だけでなく、金融、物流、電力、インフラなど幅広い事業を展開しています。
こうした機能を組み合わせることで、資源国の産業発展に貢献しながら、重要鉱物の安定調達を目指すことができます。
ただし、現地加工への投資には巨額の資金が必要です。
また、資源価格の下落や政治リスクによって、投資採算性が悪化する可能性もあります。
総合商社には、資源国との長期的な関係構築と、慎重な投資判断の両立が求められます。
都市鉱山は日本の資源戦略を変える
日本は天然資源に乏しい国ですが、長年にわたって大量の電子機器、自動車、産業設備などを生産し、使用してきました。
これらの製品には、銅、金、銀、リチウム、ニッケル、コバルトなどの金属が含まれています。
使用済み製品から金属を回収し、再利用する仕組みが都市鉱山です。
都市鉱山を活用できれば、海外からの新規資源調達への依存を減らすことが可能になります。
特に、使用済みリチウムイオン電池から重要鉱物を回収する技術は、今後の電池産業にとって重要になります。
ただし、リサイクルだけで日本の重要鉱物需要をすべて満たすことは困難です。
使用済み製品の回収量には限界があり、金属の分離や精製にも費用がかかります。
また、電池の種類によって含まれる金属が異なるため、回収できる資源の価値も変化します。
そのため、海外資源の安定調達と国内リサイクルを組み合わせることが重要です。
都市鉱山は、日本の資源不足を完全に解消するものではありません。
しかし、供給網の安定性を高める重要な手段となる可能性があります。
資源価格の変動は企業の競争力を左右する
資源価格の上昇は、企業によって異なる影響を与えます。
鉱山会社では、販売価格の上昇によって利益が増加する可能性があります。
一方、電線メーカー、自動車メーカー、電池メーカー、建設会社などでは、原材料費の増加が利益を圧迫する場合があります。
ただし、価格転嫁が可能な企業では、原材料費の上昇による影響を抑えることができます。
また、資源価格が下落した場合でも、必ずしも製造業の利益が増えるわけではありません。
需要の減少や在庫評価損などによって、利益が悪化する可能性もあります。
重要なのは、資源価格そのものよりも、企業が価格変動に対応できる経営構造を持っているかどうかです。
価格転嫁力、調達先の分散、在庫管理、為替リスク管理などが企業の競争力を左右します。
資源価格の変動が大きくなる時代には、経営の柔軟性が一段と重要になります。
資源関連株への投資では価格上昇だけを見ない
重要鉱物への関心が高まるなか、資源関連株や商品投資にも注目が集まっています。
しかし、資源価格が上昇しても、資源関連企業の株価が必ず上昇するわけではありません。
鉱山会社では、生産コストや生産数量、現地政府の規制などによって利益が変動します。
また、資源価格が高い局面で巨額の設備投資を行った企業は、その後の価格下落によって投資採算性が悪化する可能性があります。
総合商社では、資源事業以外の利益や資本配分なども重要です。
さらに、商品先物や商品連動型投資信託では、現物価格と投資収益が一致しない場合があります。
日本の投資家にとっては、為替変動も重要です。
ドル建て資源価格が上昇しても、円高が進めば円換算の利益が減少する可能性があります。
投資家に求められるのは、資源価格の上昇期待だけで投資対象を選ばないことです。
企業の収益構造や財務基盤、投資商品の仕組みを十分に理解する必要があります。
資源を保有する国と加工する国の力関係が変わる
これからの資源市場では、資源を保有する国と、精製や加工を行う国の力関係が変化する可能性があります。
従来は、資源国が鉱石を輸出し、工業国が精製や加工を行う国際分業が一般的でした。
しかし、資源国が国内加工を義務付ければ、精製設備や加工工場の立地が変化する可能性があります。
アフリカ諸国が国内加工能力を高めれば、資源の採掘だけでなく、精製や製造の分野でも存在感を強めることができます。
一方、中国など既存の精製大国にとっては、資源国の産業政策が競争環境を変える可能性があります。
ただし、資源国が国内加工を進めるには、電力、物流、技術、人材、資金などの整備が必要です。
また、精製設備の建設によって供給能力が急拡大すれば、国際価格が下落する可能性もあります。
重要なのは、資源を保有する国が必ず経済的な優位性を確保できるわけではないということです。
資源の採掘、精製、加工、製造、販売までを含めた供給網全体で競争力を持つことが重要になります。
日本の経済安全保障に必要な五つの戦略
日本が重要鉱物の安定供給を確保するためには、複数の戦略を組み合わせる必要があります。
第一に、調達先の分散です。
特定の国への依存度が高い場合、その国の政策変更や供給障害によって大きな影響を受ける可能性があります。
第二に、海外鉱山への投資です。
長期的な資源供給を確保するためには、鉱山権益への投資や長期購入契約が重要になります。
第三に、精製拠点の分散です。
鉱石の採掘国を分散しても、精製工程が特定国に集中していれば、供給網のリスクが残ります。
第四に、国内リサイクルの拡大です。
使用済み電池や電子機器から重要鉱物を回収することで、海外資源への依存を減らすことができます。
第五に、代替材料や省資源技術の開発です。
特定の重要鉱物を使用しない製品や、使用量を削減する技術が普及すれば、供給制約の影響を抑えることができます。
これらの戦略を組み合わせることで、重要鉱物の供給網をより強靱なものにすることが可能になります。
2030年代の資源市場を考える
2030年代の資源市場では、重要鉱物の需要構造がさらに変化する可能性があります。
人工知能の普及によって、データセンターや電力網への投資が拡大することが考えられます。
また、電気自動車や蓄電池、再生可能エネルギーなどの分野でも、重要鉱物の需要が変化していくでしょう。
一方、技術革新によって特定の金属の使用量が減少する可能性もあります。
例えば、電池技術の進歩によって、ニッケルやコバルトを使用しない電池の普及が進めば、これらの金属の需要構造が変化します。
また、リサイクル技術が進歩すれば、新規鉱山への依存度を減らせる可能性があります。
供給面では、アフリカ諸国の国内加工政策が重要な要因となります。
これらの国々が精製設備やインフラを整備できれば、世界の資源供給網が変化する可能性があります。
しかし、過剰な設備投資が進めば、インドネシアのニッケル市場のように供給過剰が発生する可能性もあります。
今後の資源市場では、需要拡大だけでなく、技術革新、供給能力、資源国の政策などを総合的に分析する必要があります。
結論
世界の資源市場は、大きな転換点を迎えています。
アフリカ諸国では、豊富な天然資源を国内の産業発展につなげるため、鉱物資源の輸出規制や国内加工の義務付けが進められています。
その背景には、資源を保有しているにもかかわらず、国内に十分な利益や雇用が残らないという資源の呪いの問題があります。
一方、重要鉱物の精製工程では中国が高いシェアを持ち、世界の供給網に大きな影響力を及ぼしています。
この構造を変えるには、資源の採掘だけでなく、精製、加工、製造までを含めた産業基盤の整備が必要です。
インドネシアのニッケル政策は、輸出規制によって国内産業を育成できる可能性を示しました。
しかし、同時に生産能力の急拡大が供給過剰と価格下落を招くことも明らかにしました。
資源国にとって重要なのは、生産量を増やすことだけではありません。
資源から得られる利益を、国内の雇用、技術、人材、インフラなどの発展につなげることです。
日本にとっても、重要鉱物の安定調達は経済安全保障上の重要な課題です。
今後は、海外鉱山への投資だけでなく、精製拠点の分散、資源国との産業協力、国内リサイクル、代替材料の開発などを組み合わせる必要があります。
日本の総合商社には、鉱山権益の確保にとどまらず、資源国の産業発展を支える役割が期待されます。
また、企業経営では、資源価格の変動に対応できる調達戦略や価格転嫁力が重要になります。
投資家にとっても、資源価格の上昇だけでなく、企業の収益構造や設備投資、政治リスクなどを確認することが必要です。
では、資源を制する国が世界経済を制するのでしょうか。
その答えは、必ずしもそうではありません。
天然資源を豊富に保有していても、精製技術や加工能力、インフラ、制度、人材が不足していれば、持続的な経済発展を実現することは困難です。
反対に、天然資源に乏しい国でも、技術力、製造能力、リサイクル、国際的な供給網の構築によって競争力を確保することは可能です。
これからの世界経済で重要になるのは、資源をどれだけ保有しているかだけではありません。
資源をどれだけ効率的に加工し、製品に変え、再利用し、安定的に供給できるかという能力です。
アフリカ諸国の工業化が進めば、世界の資源供給網は大きく変化する可能性があります。
日本に求められるのは、その変化を単なる供給リスクとして捉えるのではなく、新しい産業協力や技術開発の機会として活用することです。
資源をめぐる競争は、鉱山の権益を奪い合う時代から、資源を活用する産業全体の競争へと変化しています。
2030年代の国際競争力を左右するのは、天然資源の保有量だけでなく、資源を持続的な経済価値へと転換する総合的な能力なのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月10日 「アフリカ『資源の呪い』脱却急ぐ 相次ぐ輸出規制、価格を押し上げ」
米地質調査所 2026年 Mineral Commodity Summaries
国際エネルギー機関 重要鉱物の供給網に関する分析資料
経済産業省 重要鉱物の安定供給と経済安全保障に関する政策資料