賃上げ促進税制では、企業が従業員の給与を増やすと法人税の負担を軽くできます。
ここで重要なのが税額控除という仕組みです。
例えば従業員への給与を1000万円増やした企業があったとしても、法人税が1000万円安くなるわけではありません。
給与の増加額に一定の控除率を掛けて税額控除額を計算し、さらに法人税額に応じた上限もあります。
賃上げ促進税制が企業にどの程度のメリットをもたらすのかを理解するには、税額控除と所得控除の違いを押さえることが重要です。
税額控除とは何か
税額控除とは、税金を計算した後、その税額から一定額を直接差し引く仕組みです。
法人税の場合、基本的には会社の所得を計算し、それに法人税率を掛けて法人税額を求めます。
その後、利用できる税額控除があれば法人税額から差し引きます。
例えば法人税額が500万円あり、利用できる税額控除が100万円だったとします。
500万円から100万円を差し引くため、最終的な法人税負担は400万円になります。
税額控除100万円であれば、原則として税負担を100万円直接減らす効果があります。
賃上げ促進税制も、この税額控除を利用した政策です。
所得控除とは何が違うのか
税額控除と混同しやすいのが所得控除です。
所得控除は税金そのものから金額を差し引くのではなく、税率を掛ける前の所得から一定額を差し引く仕組みです。
単純化して考えてみます。
会社の所得が1000万円あり、100万円の所得控除があったとします。
課税対象となる所得は、
1000万円から100万円を差し引いた900万円
となります。
税率を仮に20%とすると、100万円の所得控除によって減少する税額は20万円です。
これに対して100万円の税額控除なら、法人税額から100万円を直接差し引きます。
同じ100万円という数字でも意味は大きく違います。
税額控除のほうが直接的に税負担を減らす仕組みです。
賃上げした金額すべてを控除できるわけではない
賃上げ促進税制では、給与の増加額そのものを法人税から差し引くわけではありません。
基本的には給与等の増加額に一定の税額控除率を掛けて控除額を求めます。
例えば前年の給与等支給額が1億円、今年が1億500万円だったとします。
給与等支給額は500万円増えています。
仮に適用される税額控除率が15%なら、
500万円に15%を掛けて75万円
が税額控除額の基本になります。
企業は500万円の人件費増加を負担し、その一部に相当する75万円について法人税を減らせるという関係です。
国が賃上げ費用を全額負担する制度ではありません。
控除率とは何か
控除率とは、給与等の増加額のうち何%を法人税から控除できるかを示す割合です。
賃上げ促進税制では、企業がどの程度賃上げしたのかなどによって控除率が変わります。
中小企業向けでは、給与等支給額が前年度より一定割合以上増加すると基本となる控除を受けることができ、より高い賃上げ率を達成すると控除率が上乗せされる仕組みがあります。
さらに教育訓練費を増やした場合などにも上乗せ措置があります。
つまり、
賃上げをする
より高い賃上げをする
従業員への教育投資も増やす
といった企業ほど税制上の支援を手厚くする考え方です。
単純に賃上げしたかどうかだけではなく、企業の取り組みの程度によって税制上のメリットが変わります。
法人税額には上限がある
もう一つ重要なのが税額控除の上限です。
賃上げ促進税制では、給与増加額から計算した税額控除額を無制限に法人税から差し引けるわけではありません。
原則として、その事業年度の法人税額の一定割合が控除上限になります。
例えば税額控除額の計算結果が300万円だったとしても、法人税額に基づく控除上限が200万円なら、その年度に控除できる金額は原則として200万円までとなります。
税額控除額の計算結果だけを見て、企業の減税額を判断することはできません。
その会社がそもそもどの程度の法人税を負担しているのかも重要になります。
利益の少ない会社では上限に達しやすい
法人税額による上限があるため、利益が少ない会社ほど賃上げ税制のメリットを十分に利用できない場合があります。
例えば同じ500万円の賃上げをした二つの会社を考えてみます。
一方は利益が大きく、多額の法人税を納めています。
もう一方は利益が少なく、法人税額も少額です。
給与増加額が同じなら、計算上の税額控除額が同じになる場合があります。
しかし法人税額が少ない会社では控除上限に達してしまい、計算された税額控除をその年度にすべて利用できない可能性があります。
この問題は特に中小企業で重要です。
赤字企業ではさらに問題が大きくなる
税額控除は法人税から税金を差し引く制度です。
そのため赤字で法人税が発生していない企業では、差し引く税金そのものがありません。
例えば経営が厳しいなか、人材流出を防ぐために給与を増やした会社があったとします。
従業員にとっては賃上げです。
企業にとっても人件費負担は増えています。
しかし会社が赤字で法人税額がゼロなら、通常の税額控除では減税効果を受けることができません。
賃上げ余力の乏しい企業ほど制度を利用しにくいという問題が生じます。
この弱点を補うため、中小企業向けの賃上げ促進税制には一定の繰越控除制度が設けられています。
税額控除は補助金とは違う
賃上げ促進税制は企業を支援する制度ですが、補助金とは仕組みが異なります。
補助金なら一定の条件を満たした企業に政府がお金を支給します。
赤字企業でも制度の条件を満たせば受け取れる補助金があります。
一方、税額控除は本来支払う税金を減らす制度です。
基本的には税負担がある企業ほど利用しやすくなります。
この違いは政策を考えるうえで重要です。
賃上げを支援するのであれば、
法人税を減らすのか
補助金を支給するのか
社会保険料を軽減するのか
など複数の方法があります。
どの方法を選ぶかによって支援を受けやすい企業も変わります。
税額控除額だけで政策効果は判断できない
賃上げ促進税制によって企業の法人税が減れば、その分だけ国の税収も減ります。
重要なのは、その税収減によってどの程度の追加的な賃上げが生まれたのかです。
例えば100億円の税額控除によって、それがなければ実現しなかった賃上げが大きく増えたのであれば、政策効果があったと評価できます。
反対に、税制がなくても企業が同じ賃上げをしていたのであれば、100億円の税収を減らしただけという見方もできます。
賃上げ税制を評価するときには、税額控除の利用額だけではなく、企業の行動をどれだけ変えたのかを見る必要があります。
結論
賃上げ促進税制の税額控除とは、従業員への給与を増やした企業について、給与等の増加額をもとに計算した一定額を法人税から直接差し引く仕組みです。
所得から一定額を差し引く所得控除とは異なり、税額そのものを減らすため企業にとって直接的なメリットがあります。
ただし賃上げした金額がそのまま法人税から差し引かれるわけではありません。
給与等の増加額に一定の控除率を掛けて控除額を計算し、さらに法人税額に応じた控除上限があります。
そのため利益が少ない企業や赤字企業では、十分な税額控除を利用できない場合があります。
賃上げ促進税制を理解するうえでは、賃上げ率だけでなく、控除率、法人税額、控除上限まで合わせて考えることが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 維新が税優遇廃止案 賃上げ税制やサ高住 政府・自民と調整難しく
財務省 2025年12月26日 令和8年度税制改正の大綱
中小企業庁 2026年 中小企業向け賃上げ促進税制