赤字企業はなぜ賃上げ税制を使いにくいのか 法人税を払っていない会社に減税が効かない理由編

税理士
水色 シンプル イラスト ビジネス 解説 はてなブログアイキャッチのコピー - 1

賃上げ促進税制は、従業員の給与を増やした企業の法人税負担を軽くする制度です。

人件費の増加という企業負担の一部を税制によって支援し、賃上げを後押しすることが目的です。

しかし、この制度には大きな弱点があります。

赤字企業では法人税がほとんど発生しないため、賃上げをしても税額控除のメリットをその年度に十分受けられないことです。

むしろ業績が厳しい企業ほど、人手不足によって無理をして賃上げしている場合があります。

なぜ赤字企業には賃上げ税制が効きにくいのでしょうか。

赤字企業とは何か

企業は売上から仕入れ、人件費、家賃などの必要な費用を差し引いて利益を計算します。

税務上も、基本的には益金から損金を差し引いて所得金額を計算し、その所得をもとに法人税を計算します。

所得がプラスであれば、その所得に応じた法人税が発生します。

一方、事業で損失が生じて課税所得がない場合、法人税の所得に対する部分は基本的に発生しません。

これが賃上げ促進税制を考えるうえで重要になります。

賃上げ促進税制は政府から現金を受け取る制度ではありません。

本来納める法人税を減らす制度だからです。

税額控除は払う税金があって初めて使える

賃上げ促進税制では、一定の要件を満たして給与等支給額を増やすと、その増加額をもとに税額控除額を計算します。

例えば給与を前年より1000万円増やし、計算上200万円の税額控除を受けられる会社があったとします。

通常の法人税額が500万円なら、

500万円から200万円を差し引いて300万円

という形で税負担を軽減できます。

ところが法人税額がゼロだったらどうでしょうか。

ゼロから200万円を差し引いて、国から200万円を受け取れるわけではありません。

税額控除は基本的に税金を減らす制度だからです。

ここに赤字企業と黒字企業の大きな違いがあります。

赤字でも賃上げする企業はある

赤字なら給与を上げないのではないかと思うかもしれません。

しかし実際の企業経営では、そう単純ではありません。

特に人手不足が深刻な業界では、業績が厳しくても賃上げを迫られることがあります。

周囲の企業が時給や初任給を引き上げているのに、自社だけ給与を据え置けば従業員が転職する可能性があります。

新しい人材も採用しにくくなります。

そこで、

利益は出ていない

原材料費も上昇している

販売価格への転嫁も十分できない

それでも人材確保のため給与を上げる

という状況が起こります。

こうした賃上げは、防衛的賃上げとも呼ばれます。

苦しい会社ほど税制支援を受けにくい矛盾

ここで政策上の矛盾が生じます。

十分な利益を出している企業は法人税を納めるため、賃上げ促進税制による税額控除を利用できます。

一方、経営が苦しい赤字企業は法人税が発生しないため、その年度には税額控除を十分利用できません。

例えば同じ1000万円を賃上げに使った二つの会社があったとします。

一社は大幅な黒字です。

もう一社は赤字です。

従業員から見れば、どちらの会社も同じ1000万円を給与として増やしています。

ところが税制上の支援効果は同じではありません。

法人税額の大きい黒字企業のほうが、その年度には減税効果を受けやすくなります。

賃上げ余力の乏しい企業ほど税制支援を受けにくいという問題です。

法人税を払わなくても会社の税負担がゼロとは限らない

ただし、赤字企業なら税金をまったく払わないという意味ではありません。

例えば法人住民税には、所得が赤字でも原則として負担する均等割があります。

また事業内容や資産などによって、消費税や固定資産税など別の税負担が生じることもあります。

企業は社会保険料の事業主負担も負っています。

つまり赤字企業でもさまざまな公的負担があります。

問題は、賃上げ促進税制が主として法人税などの所得に対する税負担を軽減する仕組みであることです。

赤字だから会社の負担が軽いということではありません。

補助金なら赤字企業にも届きやすい

税額控除と補助金の違いを考えると、この問題が分かりやすくなります。

例えば賃上げした企業に国が100万円の補助金を支給する制度だったとします。

一定の要件を満たせば、黒字企業でも赤字企業でも補助金を受け取れる制度設計は可能です。

一方、100万円の税額控除なら、本来納める税金が100万円以上ある企業ほど利用しやすくなります。

つまり、

補助金はお金を支給する仕組み

税額控除は税金を減らす仕組み

という根本的な違いがあります。

どちらも企業支援ですが、支援が届く企業は必ずしも同じではありません。

社会保険料を軽減するという考え方もある

賃上げ支援には法人税以外の方法もあります。

例えば企業が給与を支払えば、原則として給与額に応じて社会保険料の事業主負担も発生します。

賃上げすると給与だけでなく、社会保険料負担も増える場合があります。

そのため賃上げ支援を、

法人税の減税

だけで行うのではなく、

社会保険料負担の軽減

などによって行うべきだという考え方もあります。

社会保険料であれば、赤字企業でも従業員を雇用していれば負担している場合があります。

どの方法が賃上げ支援として公平で効果的なのかは重要な政策論点です。

中小企業には繰越控除が設けられている

こうした赤字企業の問題を緩和するため、中小企業向け賃上げ促進税制には繰越控除の仕組みが設けられています。

賃上げを実施したものの、その年度の法人税額が少ないなどの理由で税額控除を使い切れなかった場合、一定の要件のもとで未控除額を将来に繰り越せます。

例えば今年は赤字だったため税額控除を利用できなかったとします。

翌年以降に会社が黒字になり法人税が発生すれば、繰り越した税額控除を利用できる可能性があります。

これは赤字企業でも将来的に賃上げ税制の恩恵を受けられるようにするための仕組みです。

繰越控除でも今すぐ資金が増えるわけではない

ただし繰越控除にも限界があります。

赤字企業が賃上げすると、その時点で給与として現金が会社から出ていきます。

一方、繰越控除によるメリットを受けるのは将来黒字になり、法人税が発生したときです。

つまり、

今年1000万円の賃上げをする

今年の資金負担は増える

税額控除は将来まで利用できない

という時間差が生じます。

資金繰りが厳しい中小企業にとって、将来税金が安くなることと、現在使える現金が増えることは同じではありません。

賃上げを実行する局面での支援という意味では、税額控除だけでは十分でない場合があります。

税制だけで賃上げを実現するのは難しい

中小企業が継続的に賃上げするためには、税制だけでなく企業自身の収益力を高める必要があります。

賃上げ促進税制は法人税を一時的に軽減できます。

しかし毎年の給与を継続的に支払う原資そのものを生み出す制度ではありません。

重要なのは、

販売価格への適切な価格転嫁

生産性向上

設備投資

付加価値の高い商品やサービスへの転換

などによって企業の利益を増やすことです。

継続的な賃上げには、一時的な減税以上に企業が賃金を払い続けられる収益構造が必要になります。

結論

赤字企業が賃上げ促進税制を使いにくい最大の理由は、制度が税額控除を中心としているためです。

税額控除は本来納める法人税を減らす仕組みなので、法人税が発生しない赤字企業では、その年度に十分な減税効果を受けられません。

ところが人手不足が深刻な中小企業では、赤字でも人材を確保するために賃上げを迫られることがあります。

このため賃上げ余力の乏しい企業ほど、税制支援を受けにくいという問題が生じます。

中小企業向けには未控除額を将来へ持ち越す繰越控除が設けられていますが、現在の資金繰りを直接改善するものではありません。

賃上げ支援を考えるときには、法人税の減税だけでなく、補助金や社会保険料、価格転嫁、生産性向上なども含めて考える必要があります。

参考

日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 維新が税優遇廃止案 賃上げ税制やサ高住 政府・自民と調整難しく

財務省 2025年12月26日 令和8年度税制改正の大綱

中小企業庁 2026年 中小企業向け賃上げ促進税制

タイトルとURLをコピーしました