税金を滞納している人が、自分の土地や預金をまったく関係のない第三者に贈与するケースは、それほど多くないでしょう。
実際に問題となりやすいのは、配偶者や子どもなど身近な人への財産移転です。
相続対策として子どもへ土地を贈与する。
生活を支援するため配偶者へ現金を渡す。
事業承継のため親族へ株式を移転する。
こうした財産移転自体は珍しいものではありません。
しかし、財産を移す側に滞納国税がある場合には、国税徴収法39条の第二次納税義務が問題になる可能性があります。
さらに重要なのが、利益を受けた人が「親族その他の特殊関係者」である場合と、それ以外の第三者では、第二次納税義務の責任限度の考え方が異なることです。
家族への贈与だからこそ注意しなければならない国税徴収法上の仕組みを見ていきます。
特殊関係者とは何か
国税徴収法39条では、無償譲渡などによって利益を受けた人が「滞納者の親族その他の特殊関係者」であるかどうかが重要になります。
ここでいう特殊関係者には、滞納者と一定の密接な関係にある人や法人が含まれます。
典型的なのが親族です。
例えば、
配偶者
子ども
親
兄弟姉妹
などとの財産移転では、特殊関係者に該当するかどうかを確認する必要があります。
さらに、特殊関係者は親族だけに限られるものではありません。
滞納者との間に一定の特殊な関係がある個人や法人についても対象となる場合があります。
したがって、「家族でなければ特殊関係者ではない」と単純に判断することはできません。
なぜ親族などには特別な取扱いがあるのか
国税徴収法39条は、滞納者の財産が無償譲渡などによって第三者へ流出し、その結果として国税を徴収できなくなる場合に対応する制度です。
財産を受け取った人がまったく関係のない第三者の場合と、滞納者の配偶者や子どもなどの場合では事情が異なることがあります。
親族などの密接な関係者との間では、無償で財産を移したり、通常より低い価格で売買したりすることが比較的容易だからです。
例えば、税金を滞納している父親が所有する土地を子どもへ贈与したとします。
土地を父親が所有したままであれば、税務署が差し押さえて滞納国税を徴収できた可能性があります。
ところが土地が子どもへ移れば、父親本人の財産は減少します。
このような財産移転によって徴収不足が生じる場合に備え、特殊関係者については責任限度にも重要な違いが設けられています。
一般の第三者は現に存する利益が基準になる
国税徴収法39条では、利益を受けた人が親族その他の特殊関係者ではない場合、「受けた利益が現に存する限度」で第二次納税義務を負うこととされています。
ここで重要なのが「現に存する」という部分です。
つまり、過去に利益を受けたという事実だけではなく、第二次納税義務の責任を考える時点で、その利益がどの程度残っているのかという問題が出てきます。
例えば、第三者が滞納者から無償で財産を受け取った後、その利益が何らかの事情によって失われた場合などには、現存利益が問題になります。
これは、本来の納税義務者ではない第三者にどこまで責任を負わせるべきなのかという問題と関係しています。
特殊関係者は受けた利益そのものが基準になる
これに対して、利益を受けた人が滞納者の親族その他の特殊関係者だった場合には取扱いが異なります。
この場合は、「受けた利益の限度」で第二次納税義務を負います。
つまり、一般の第三者に適用される「現に存する」という限定がありません。
ここが非常に重要です。
例えば父親から子どもへ2000万円相当の土地が無償で贈与されたとします。
子どもがその後土地を売却したとしても、
「もう贈与された土地は持っていない」
という事実だけで、当初受けた利益そのものがなかったことになるわけではありません。
特殊関係者の場合には、無償譲渡などによってどれだけの利益を受けたのかという点が重要になります。
財産を使ってしまえば責任がなくなるわけではない
この違いは、現金の贈与で考えると分かりやすいでしょう。
例えば税金を滞納している父親から子どもへ1000万円が贈与されたとします。
その後、子どもがその1000万円を使ってしまったとします。
この場合に、
「もう1000万円は手元に残っていないので第二次納税義務もない」
と単純に考えることはできません。
子どもが親族として特殊関係者に該当する場合には、「受けた利益の限度」が問題になるからです。
重要なのは、現在同じ財産を持っているかどうかだけではなく、無償譲渡等によってどれだけの経済的利益を受けたのかです。
この点は、一般の第三者との大きな違いになります。
家族への通常の生活費まで問題になるのか
もっとも、親族へお金を渡した場合にすべて39条が適用されるわけではありません。
家族には扶養関係があります。
夫婦や親子の間で日常生活に必要なお金を渡すことまで、すべて無償譲渡として第二次納税義務の対象にしてしまえば、通常の家族生活にも大きな影響が生じます。
そこで、滞納者が生計を一にする親族の生活費や学費などに充てるために行った金銭や物品の交付について、社会通念上相当と認められる範囲であれば、国税徴収法39条の無償譲渡には当たらないという取扱いがあります。
例えば通常の食費、家賃、学費などについて、扶養義務に基づいて相当な範囲で負担しているのであれば、それだけで直ちに第二次納税義務の問題になるわけではありません。
生活費という名目だけでは判断されない
一方で、
「家族に渡したお金は生活費だった」
と説明すれば何でも対象外になるわけでもありません。
重要なのは、その支出が社会通念上相当な範囲なのかという点です。
例えば毎月必要となる通常の生活費を負担する場合と、将来何年分もの生活費として多額の現金を一括して移転する場合では事情が異なります。
形式的な名目ではなく、
金額
支払時期
実際の用途
家族の生活状況
扶養の必要性
などを踏まえて判断されることになります。
家族間の資金移動では、「贈与なのか生活費なのか」という問題が贈与税でも生じますが、滞納国税が存在する場合には国税徴収法上の視点も必要になります。
相続税対策の生前贈与でも注意が必要になる
親族間の財産移転で特に多いのが、生前贈与です。
例えば相続税対策として、
現金を毎年贈与する
不動産を子どもへ移す
自社株を後継者へ贈与する
といった方法があります。
通常であれば、贈与税や将来の相続税を中心に検討します。
しかし、贈与者に滞納国税が存在する場合には、それだけでは不十分です。
贈与税の申告を正しく行っていたとしても、国税徴収法39条の要件を満たせば第二次納税義務が問題になる可能性があります。
つまり、
「税務署に贈与税を申告しているから問題ない」
とは限らないのです。
贈与税の課税問題と滞納国税の徴収問題は、別々に検討する必要があります。
事業承継による株式贈与でも同じ問題がある
親族間の財産移転は個人資産だけではありません。
中小企業では、経営者が後継者である子どもへ自社株を贈与することがあります。
事業承継のための合理的な財産移転であっても、経営者本人に滞納国税がある場合には注意が必要です。
株式も財産です。
無償で移転すれば、受贈者に経済的利益が生じます。
さらに非上場株式では、その「受けた利益」をいくらと評価するのかという難しい問題も生じます。
相続税や贈与税で使用する財産評価基本通達上の株価が、そのまま国税徴収法39条の時価になるとは限りません。
この点は、不動産と同じく第二次納税義務特有の評価問題につながります。
親族間の低額売買にも注意が必要になる
贈与ではなく売買にした場合も安心とは限りません。
例えば父親が所有する時価5000万円の不動産を、子どもへ500万円で売却した場合を考えてみます。
形式上は売買です。
子どもも500万円を支払っています。
しかし、5000万円相当の財産を500万円で取得しているのであれば、経済的には大きな利益を受けています。
国税徴収法39条は、無償譲渡だけでなく「著しく低い額の対価による譲渡」も対象としています。
そのため、
「贈与ではなく売買にした」
という形式だけで第二次納税義務を回避できるわけではありません。
特に親族間売買では、価格設定の合理性が重要になります。
今回の公表裁決でも父から長男への贈与だった
今回のシリーズの出発点となった公表裁決も、まさに親族間の財産移転でした。
滞納者は父親であり、請求人はその長男です。
父親が所有していた複数の土地を長男へ贈与しました。
その後、父親が死亡し、最終的に原処分庁はこの贈与が国税徴収法39条の無償譲渡等に該当するとして、長男に第二次納税義務の納付告知処分を行いました。
審判所も、贈与、徴収不足、両者の因果関係などを検討した結果、39条の成立要件を満たしていると判断しています。
そのうえで、長男が贈与によって「受けた利益」をいくらと評価するのかが争われました。
親族への財産贈与と第二次納税義務の関係を理解するうえで、非常に分かりやすい事例といえます。
贈与する側だけでなく受け取る側にも確認が必要になる
財産贈与というと、通常は贈与する側と受け取る側で、
贈与税はいくらになるのか
相続税対策になるのか
登記は必要なのか
といった点を検討します。
しかし、多額の財産移転では、贈与者に税金の滞納がないかという視点も重要になります。
受贈者にとっては、自分自身が税金を滞納していなくても第二次納税義務を負う可能性があるからです。
特に、
不動産
多額の現金
非上場株式
事業用資産
などの大きな財産を親族間で移転する場合には注意が必要です。
第二次納税義務は、財産を渡す側だけではなく、受け取る側に直接影響する制度なのです。
結論
国税徴収法39条では、無償譲渡などによって利益を受けた人が滞納者の親族その他の特殊関係者であるかどうかによって、第二次納税義務の責任限度の考え方が異なります。
一般の第三者については「受けた利益が現に存する限度」が基本となるのに対して、親族その他の特殊関係者については「受けた利益の限度」が基準になります。
そのため、親から贈与された土地をすでに売却した、受け取った現金をすでに使ったという事情だけで、当然に第二次納税義務がなくなるわけではありません。
一方、家族間の通常の生活費や学費など、社会通念上相当な範囲の負担まで、すべて39条の無償譲渡になるわけでもありません。
重要なのは、財産移転の名目だけではなく、その実態を見ることです。
そして親族間では、贈与ではなく売買という形で財産を移転することもあります。
その場合に問題となるのが、売買価格です。
時価より多少安いだけで第二次納税義務が生じるのか、それとも極端に安い場合だけなのか。
次回は「著しく低い額の譲渡とは何か」として、親族間の低額売買と第二次納税義務の関係を詳しく見ていきます。
参考
税のしるべ 2026年8月3日 【公表裁決】原処分庁の主張額は審判所依頼の鑑定評価額の範囲内、処分は適法