訪日外国人向けの消費税免税制度が、2026年11月1日から大きく変わります。
これまでの購入時に消費税を免除する方式から、購入時には税込価格を支払い、出国時に商品の国外持ち出しを確認したうえで消費税相当額を還付する方式に移行します。
今回の制度改正は、単なる免税手続きの変更ではありません。
国内転売による不正の防止、訪日外国人の購買行動の変化、百貨店や小売業の収益構造、さらには免税関連システム市場の拡大など、幅広い影響が予想されます。
特に注目したいのは、不正取引の排除によって短期的に免税売上高が減少する可能性がある一方、購入金額の上限撤廃によって新たな消費拡大の機会が生まれることです。
今回は、制度改正の内容と企業経営への影響について、税務と経営の両面から考えます。
免税制度は購入時免税から出国時還付へ
従来の免税制度では、訪日外国人が免税店で一定の条件を満たす商品を購入すると、購入時点で消費税が免除されていました。
例えば、税抜価格100万円の商品であれば、消費税10万円を支払わずに購入できました。
しかし、新制度では購入時に110万円を支払い、出国時の税関確認を経て10万円の還付を受ける仕組みになります。
購入時点では消費税を負担するため、訪日外国人には一時的な資金負担が発生します。
特に高級腕時計や宝飾品など、高額商品を購入する場合には、その影響が大きくなります。
一方、税関による国外持ち出し確認が還付の前提となるため、日本国内で商品を転売する目的の不正な免税購入を防止しやすくなります。
制度の基本的な考え方が、購入時の免税から国外持ち出しの確認に基づく還付へと変わるのです。
消耗品の購入上限撤廃が新たな商機に
今回の改正では、消耗品に設けられていた購入金額の上限も撤廃されます。
従来は、飲食料品、医薬品、化粧品などの消耗品について、同一店舗で1日50万円までという免税購入の上限がありました。
新制度では、この上限がなくなります。
家電製品やバッグなどの一般物品を含め、免税購入額の上限がなくなることになります。
一方、購入金額5,000円以上という下限は維持されます。
この変更によって、高級化粧品や高額な酒類などをまとめて購入する訪日外国人が増える可能性があります。
また、従来必要だった消耗品の特殊包装も不要になります。
免税店にとっては、包装作業の削減や販売手続きの効率化につながります。
購入金額の上限撤廃と店舗業務の簡素化は、新制度の重要なメリットといえるでしょう。
なぜ70年以上続いた制度を見直すのか
日本の購入時免税制度は、1952年の物品税時代に導入された仕組みにさかのぼります。
1989年の消費税導入後も、その基本的な考え方が引き継がれてきました。
しかし、訪日外国人の増加に伴い、制度を悪用した国内転売が問題となりました。
本来、輸出される商品に対して認められる免税措置を利用し、日本国内で商品を販売する事例が発生していたのです。
税関の調査では、1億円以上の免税購入者について、検査したほぼすべてのケースで商品の国外持ち出しを確認できなかったとされています。
このような状況は、消費税の公平性という観点から看過できません。
消費税は原則として国内で消費される商品やサービスに課税される税金です。
国外に持ち出される商品について免税を認めることには合理性がありますが、国内で消費または転売される商品まで免税にすることは制度の趣旨に反します。
今回の改正は、免税制度を本来の目的に沿った仕組みに戻すための改革と位置づけられます。
百貨店の免税売上高は1割減少する可能性
制度改正によって、短期的には免税売上高が減少する可能性があります。
訪日客向け販売を支援するNOVARCAは、国内転売を目的とする購入者の離脱などによって、百貨店の免税売上高が1割前後減少する可能性を指摘しています。
また、中古高級時計を販売する羅針では、2026年9月から2027年2月までの下期について、免税売上高が18%程度減少すると予想しています。
こうした見通しには、主に3つの要因があります。
第一に、国内転売を目的とした購入が減少することです。
第二に、購入時に消費税相当額を一時的に負担する必要があることです。
第三に、出国時の税関確認や還付手続きが購入者の心理的な負担になることです。
例えば、税込価格220万円の腕時計を購入する場合、従来は200万円の支払いで済みましたが、新制度では一度220万円を支払う必要があります。
最終的に20万円が還付されるとしても、購入時に必要な資金は増加します。
高額商品ほど、この一時的な負担が購買判断に影響する可能性があります。
ただし、免税売上高の減少がそのまま企業全体の売上高や利益の同率減少を意味するわけではありません。
一般客向け販売や国内顧客の購買動向、商品構成などによって、実際の業績への影響は異なります。
不正取引の排除は健全な市場形成につながる
免税売上高の減少を、必ずしも悪いことと捉える必要はありません。
仮に売上高の一部が不正な国内転売を目的とした購入によって形成されていたのであれば、その取引が減少することは市場の正常化につながります。
企業経営では、売上高の規模だけでなく、その売上高がどのような顧客によって形成されているかが重要です。
短期的な売上高の減少と引き換えに、健全な購買需要を中心とした市場が形成されれば、中長期的には企業価値の向上につながる可能性があります。
特に高級ブランド品や時計、宝飾品などの市場では、流通経路の透明性が重要です。
不正な転売取引が減少すれば、正規販売店の価格政策やブランド価値の維持にも好影響が期待できます。
今回の制度改正は、インバウンド消費の量だけでなく、質を見直す契機になると考えられます。
免税店6万4,000店にシステム対応が必要
今回の制度改正では、全国約6万4,000店の免税店が新たな対応を求められます。
従来の購入時免税とは異なり、購入情報と税関による持ち出し確認情報を連携させ、還付処理を行う必要があるためです。
店舗側には、免税システムの改修やレジ対応、返金先情報の登録など、新たな業務が発生します。
一方、こうした制度変更は、免税関連システムを提供する企業にとって大きな商機になります。
免税対応システムを手掛けるOceanは、店舗での免税手続きや出国後の返金を支援するサービスを展開しています。
SBペイメントサービスなども、税関確認後にクレジットカードや海外向けウォレットを通じて還付する仕組みを提供しています。
今後は、免税制度への対応そのものが新たなサービス市場を形成する可能性があります。
特に中小免税店では、システム開発や制度対応を自社だけで行うことが難しい場合があります。
そのため、外部の専門事業者による支援サービスの重要性が高まるでしょう。
税務実務では販売情報と還付情報の管理が重要
新制度への移行では、税務実務上の管理体制も重要になります。
従来は、購入時に免税要件を確認して販売する仕組みでした。
新制度では、購入時の販売情報に加えて、出国時の税関確認結果や還付処理の状況を適切に管理する必要があります。
例えば、訪日外国人が税込110万円の商品を購入した場合を考えます。
購入時には、税抜価格100万円と消費税10万円を含む110万円を受け取ります。
その後、税関による持ち出し確認が完了し、所定の要件を満たした場合に、消費税相当額10万円が還付されます。
この一連の取引について、販売情報、税関確認情報、還付情報を正確に対応させることが必要になります。
また、還付が成立しなかった取引や、返品が発生した取引についても、適切な管理が求められます。
会計処理や消費税申告への反映については、国税庁が示す制度上の取扱いに従い、取引の実態に応じて判断する必要があります。
特に注意したいのは、購入時に消費税を受け取ったことだけで、その取引の最終的な消費税上の取扱いが確定するわけではないという点です。
制度改正に対応した内部統制の整備が、免税店にとって重要な経営課題になります。
インバウンド消費15兆円目標への影響
日本政府は、2030年に訪日外国人6,000万人、旅行消費額15兆円を目標に掲げています。
2025年の訪日外国人数は約4,268万人、旅行消費額は約9.5兆円となり、いずれも過去最高を記録しました。
今後もインバウンド消費は、日本経済にとって重要な成長分野です。
ただし、訪日外国人の消費額を増やすためには、単純に購入金額の上限を撤廃するだけでは十分ではありません。
購入時の利便性、出国時の手続き、還付までの期間、還付手数料など、制度全体の使いやすさが重要になります。
特に訪日外国人にとっては、帰国後に確実に還付を受けられるかどうかが大きな関心事です。
還付手続きが複雑であったり、返金までに時間がかかったりすれば、日本での買い物に対する満足度が低下する可能性があります。
制度の公平性を確保しながら、訪日外国人の利便性を維持することが求められます。
結論
2026年11月から始まる消費税免税制度のリファンド方式は、日本のインバウンド市場にとって大きな転換点になります。
これまでの購入時免税から、出国時の持ち出し確認に基づく還付方式へ移行することで、不正な国内転売の防止が期待されます。
一方、訪日外国人には購入時の一時的な資金負担が発生し、百貨店や高級時計販売店などでは短期的な売上高減少が懸念されています。
しかし、消耗品の購入上限撤廃や包装作業の簡素化、新たな免税関連サービス市場の拡大など、企業にとっての成長機会もあります。
重要なのは、短期的な売上高の増減だけで今回の制度改正を評価しないことです。
不正取引を排除し、健全な訪日外国人需要を育成することができれば、日本の小売市場の競争力向上につながる可能性があります。
また、免税店にとっては、税務処理の正確性と顧客の利便性を両立させるシステム整備が不可欠になります。
今回の制度改正は、消費税の公平性を確保する税制改革であると同時に、インバウンド市場の持続的な成長を実現するための経営改革でもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月23日朝刊
「訪日客の免税、転売対策で『出国時に還付』へ 百貨店販売1割減の見方」