老人ホームへの入居を考えたとき、預貯金だけでは費用が足りないという家庭は少なくありません。
一方、高齢者の中には多額の金融資産は持っていなくても、自宅という大きな資産を持っている人がいます。
東京都内の有料老人ホームでは、2026年1月時点の入居時費用の中央値が1001万円、月額費用の中央値も約30万円となりました。
5年間暮らせば、単純計算で約2800万円です。
これだけの金額を預貯金だけで準備することは簡単ではありません。
そこで選択肢になるのが、自宅を売却して老人ホームの費用に充てる方法です。
老後の住まいを自宅から老人ホームへ移すのであれば、住まなくなった住宅を現金化することで、まとまった介護資金を確保できる可能性があります。
ただし、自宅を売却すれば簡単に問題が解決するわけではありません。
売却の時期や税金、売却後のお金の管理、自宅を残す場合との比較まで考える必要があります。
自宅も老後資産の一つ
老後資金というと、預貯金や株式、投資信託などの金融資産を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、持ち家も重要な資産です。
例えば預貯金が1500万円、自宅の売却可能額が3000万円であれば、金融資産だけを見る場合と、自宅まで含めて考える場合では老後の資産状況が大きく変わります。
自宅に住み続ける限り、その3000万円を毎月の生活費として使うことはできません。
しかし、老人ホームへ移り、自宅が不要になれば、売却して現金化することができます。
これによって、住宅という使いにくい資産を老人ホームの費用として使える資産へ変えることができます。
自宅売却で入居一時金を準備する
自宅売却代金の代表的な使い道が、老人ホームの入居一時金です。
例えば老人ホームの入居一時金が1000万円だったとします。
自宅を3000万円で売却できれば、その売却代金の一部を入居一時金に充てることができます。
残った資金は、その後の月額費用を補うために利用できます。
老人ホームでは入居時にまとまったお金が必要になることがあるため、自宅売却との相性は比較的良いといえます。
特に現役時代の収入がなくなった後に1000万円単位の現金を新たに作ることは難しいため、持ち家を現金化する意味は大きくなります。
売却代金を月額費用にも使える
自宅売却代金は入居一時金だけでなく、入居後の月額費用を補うためにも利用できます。
例えば老人ホームで毎月35万円必要になり、年金収入が月20万円だったとします。
毎月15万円不足します。
年間では180万円です。
自宅売却後に2000万円が手元に残っていれば、この不足分を補う原資になります。
単純計算では、年間180万円の不足なら10年間で1800万円です。
つまり、自宅を売却することによって、老人ホームへの入居時費用だけではなく、長期間の資産取り崩しにも対応できる可能性があります。
自宅を老後資金に変える場合には、売却代金を一度に使うのではなく、入居後の生活期間まで考えて配分することが重要です。
老人ホームへの入居と自宅売却の順番が難しい
実務上難しいのが、老人ホームへの入居と自宅売却のタイミングです。
自宅を先に売却すると、老人ホームへの入居まで住む場所がなくなる可能性があります。
一方、老人ホームへ先に入居すると、自宅が売れるまでの間、老人ホームの費用と自宅の維持費を同時に負担することになります。
さらに、入居一時金を自宅の売却代金から支払う予定なら、自宅が売れる前に老人ホームから支払いを求められる可能性もあります。
そのため、老人ホームへの入居時期と不動産売却のスケジュールをできるだけ合わせる必要があります。
預貯金に余裕があれば、一時的に預貯金から入居費用を支払い、自宅売却後に資金を補充する方法も考えられます。
自宅は希望する金額ですぐ売れるとは限らない
自宅を老後資金として考えるときには、売却価格を楽観的に見積もらないことも重要です。
不動産には市場価格があります。
本人が3000万円で売りたいと思っても、その金額で買う人がいなければ売却できません。
立地。
築年数。
建物の状態。
マンションなら管理状況。
周辺の不動産市場。
こうした条件によって売却価格は変わります。
さらに、売却まで数カ月以上かかる場合もあります。
老人ホームへの入居が必要になってから初めて自宅の価値を調べるのではなく、元気なうちにどの程度で売却できそうなのかを把握しておくことが重要です。
売却価格がそのまま手元に残るわけではない
自宅を3000万円で売却したからといって、3000万円すべてを老人ホーム費用に使えるとは限りません。
不動産を売却すると、仲介手数料などの費用が発生します。
住宅ローンが残っていれば、売却代金からローンを返済する必要があります。
売却によって利益が生じれば、譲渡所得に対する税金の問題もあります。
一定の要件を満たすマイホームの売却については、譲渡所得から最高3000万円を控除できる特例があります。
ただし、すべてのケースで税金がかからないわけではありません。
老人ホームの資金計画では、自宅の売却予定価格ではなく、諸費用や税金などを差し引いた後に実際にいくら残るのかを見る必要があります。
老人ホーム入居後の自宅売却では税制にも注意する
マイホームを売却した場合の税制上の特例には要件があります。
老人ホームへ入居した後に自宅を売却する場合には、いつまでその住宅がマイホームとして税制上取り扱われるのかを確認することが重要です。
住まなくなった住宅を売却する場合でも、一定の期限内であればマイホームの売却に関する特例を利用できる可能性があります。
一方、長期間そのままにしてから売却すると、想定していた特例を利用できなくなることも考えられます。
自宅の売却代金を老人ホーム費用として重要な資金源にするのであれば、売却時期と税制を一緒に考える必要があります。
売却代金をどう管理するか
自宅を売却すると、数千万円単位の現金が一度に入ってくる場合があります。
このお金をどう管理するかも重要です。
老人ホームでの生活が10年、15年続く可能性を考えれば、売却代金を短期間で使い切るわけにはいきません。
例えば売却代金から入居一時金を支払い、残った資金を老人ホームの月額費用と年金との差額を補うために使います。
その場合、毎年いくら取り崩すのかを決めておくと資金管理がしやすくなります。
また、高齢になるほど複雑な金融商品の管理や頻繁な売買が負担になる可能性があります。
老人ホーム費用として近い将来使うお金については、必要なときに確実に使える状態にしておくことが重要です。
認知症になる前に考えておく必要がある
自宅売却で特に注意したいのが、所有者の判断能力です。
自宅を売却するには、原則として所有者本人が契約内容を理解し、自分の意思で売却する必要があります。
ところが認知症などによって判断能力が大きく低下すると、本人だけで不動産売買契約を進めることが難しくなる場合があります。
家族だからといって、本人名義の自宅を自由に売却できるわけではありません。
その場合には成年後見制度などの利用を検討しなければならないことがあります。
老人ホームへの入居が必要になってから慌てて自宅を売却しようとしても、本人の判断能力の問題で手続きが難しくなる可能性があります。
だからこそ、自宅を老後資金として利用する可能性があるなら、元気なうちから方針を考えておくことが重要です。
自宅を残すという選択肢もある
老人ホームへ入居したからといって、必ず自宅を売却しなければならないわけではありません。
自宅を残しておけば、老人ホームが合わなかった場合に戻れる可能性があります。
家族が利用することもできます。
将来相続財産として残すという考え方もあります。
一方、自宅を残せば維持費が続きます。
固定資産税がかかります。
マンションなら管理費や修繕積立金が必要です。
戸建てでも修繕費や庭の管理費などが発生する可能性があります。
誰も住まなければ空き家として管理する必要もあります。
老人ホームの費用を払いながら、使っていない自宅の費用まで払い続けることになります。
売却するか残すかは資金余力で考える
自宅を売却するか残すかについて、すべての人に共通する正解はありません。
十分な年金収入と金融資産があり、自宅を売らなくても老人ホーム費用を払い続けられるのであれば、急いで売却する必要はないかもしれません。
一方、老人ホーム費用を支払うために毎月大きく預貯金を取り崩す必要がある場合、自宅を使わずに残しておくことが必ずしも合理的とは限りません。
自宅という資産を残した結果、生活に使える現金が不足することもあります。
老後資金では、資産総額だけではなく、実際に生活費として使える資産がどれだけあるのかが重要です。
結論
自宅は、老後の住まいであると同時に大きな資産でもあります。
老人ホームへ移り、自宅に戻る予定がなければ、売却して老人ホームの費用に充てることができます。
売却代金は入居一時金に利用できます。
残った資金を月額費用と年金との差額を補うために使うこともできます。
その意味で、自宅売却は持ち家という不動産資産を、老後に使える金融資産へ変える方法といえます。
ただし、自宅の売却予定価格がそのまま手元に残るわけではありません。
住宅ローン。
仲介手数料。
税金。
売却までの期間。
こうした要素を考える必要があります。
さらに、本人の判断能力が低下すると自宅売却そのものが難しくなる場合があります。
老人ホームへの入居が決まってから初めて考えるのではなく、元気なうちから自宅をどうするのか家族で話し合っておくことが重要です。
終のすみかを老人ホームにするということは、それまでのすみかだった自宅をどうするのかという問題でもあります。
住まなくなった家を残すのか。
売却して自分の老後のために使うのか。
自宅まで含めて資産全体を考えることが、長い老後を支える資金計画につながります。
参考
日本経済新聞 2026年8月19日朝刊 終のすみかの現実(上)老人ホーム 手届かぬ東京 入居費1000万円、4割上昇