老後の生活を支える中心的な収入は公的年金です。
では、老人ホームに入居した場合、その費用を年金だけで支払うことはできるのでしょうか。
東京都内の有料老人ホームでは、2026年1月時点で、入居時費用があるプランの月額費用の中央値が29万7820円となりました。
約30万円です。
これに介護保険の自己負担や医療費、日用品などが加わることがあります。
一方、受け取れる年金額は人によって大きく違います。
老人ホームの資金計画で重要なのは、老人ホームの費用そのものではなく、毎月の費用から年金収入を差し引いた後にいくら不足するのかを把握することです。
この不足額を何年間補える資産があるのかを考えることで、老人ホームに入居した後の資金計画が見えてきます。
国民年金だけでは大きな不足が生じる
記事では、国民年金の平均受給月額は約6万円とされています。
東京都内の有料老人ホームの月額費用の中央値約30万円と比較すると、大きな差があります。
単純に月30万円の施設費用に対して年金が月6万円なら、毎月約24万円不足します。
年間では約288万円です。
5年間なら約1440万円です。
10年間なら約2880万円になります。
さらに入居時に1000万円程度の前払金が必要なら、それとは別に準備しなければなりません。
国民年金だけを主な収入としている人が、東京都内の高額な有料老人ホームへ長期間入居する場合には、相当額の金融資産などが必要になることが分かります。
厚生年金なら年金額は人によって違う
会社員などとして厚生年金に長期間加入してきた人は、老齢基礎年金に加えて老齢厚生年金を受け取ります。
ただし、厚生年金の受給額は全員同じではありません。
現役時代の給与や賞与。
厚生年金に加入していた期間。
働き方。
こうした条件によって年金額が変わります。
例えば毎月20万円の年金を受け取る人が、月30万円の老人ホームに入居するとします。
単純計算では毎月10万円不足します。
年間では120万円です。
5年間なら600万円。
10年間なら1200万円です。
同じ老人ホームでも、国民年金を中心に生活する人と厚生年金を多く受け取る人では、必要となる金融資産が大きく違います。
老人ホームの費用から年金を差し引いて考える
老人ホームの資金計画は、毎月の収支に分解すると分かりやすくなります。
例えば老人ホームで必要となる費用が月35万円だったとします。
家賃や管理費、食費などで30万円。
介護保険の自己負担、医療費、日用品などを平均して5万円と仮定します。
年金収入が月20万円なら、不足額は15万円です。
年間では180万円になります。
この180万円を預貯金などから取り崩します。
5年間なら900万円。
10年間なら1800万円。
15年間なら2700万円です。
このように考えると、自分が老人ホームで何年間暮らせるだけの資産を持っているのかを確認できます。
必要資産は毎月の不足額で大きく変わる
老人ホームの月額支出を35万円として、年金額による違いを考えてみます。
年金が月25万円なら不足額は10万円です。
10年間で必要な取り崩し額は1200万円です。
年金が月20万円なら不足額は15万円となり、10年間で1800万円です。
年金が月15万円なら不足額は20万円となり、10年間で2400万円です。
年金が月10万円なら不足額は25万円となり、10年間で3000万円です。
老人ホームの料金が同じでも、年金額が月5万円違うだけで10年間では600万円の差になります。
だからこそ、老後資金を考えるときには、老人ホームはいくらかかるのかだけではなく、自分はいくら年金を受け取れるのかを正確に把握することが重要です。
預貯金は毎月少しずつ減っていく
老人ホームに入居すると、預貯金が一度に減る場合と、少しずつ減る場合があります。
入居一時金を支払えば、入居時にまとまった金額が減ります。
その後は、毎月の施設費用と年金収入との差額だけ預貯金を取り崩していきます。
例えば入居後に3000万円の金融資産が残っていたとします。
毎月の不足額が15万円なら、年間180万円を取り崩します。
単純計算では10年間で1800万円です。
10年後には1200万円が残ります。
一方、毎月25万円不足するなら年間300万円を取り崩します。
10年間で3000万円となり、単純計算では資産を使い切ることになります。
毎月の不足額が数万円違うだけでも、資産寿命は大きく変わります。
長生きリスクとはお金が先になくなるリスクでもある
老後の資金計画では、長生きリスクという言葉が使われます。
長生きすること自体が悪いという意味ではありません。
問題は、何歳まで生きるか分からないのに、生活費を払い続けなければならないことです。
例えば老人ホームへの入居を5年間と想定して資産を準備していても、実際には15年間生活するかもしれません。
毎月15万円不足する場合、5年間なら900万円ですが、15年間なら2700万円です。
その差は1800万円になります。
老人ホームでは毎月まとまった固定的な支出が続くため、入居期間が長くなるほど資金不足のリスクが大きくなります。
年金は終身で受け取れることが重要
一方、公的年金には老人ホームの資金計画において非常に重要な特徴があります。
原則として、生きている限り受け取れることです。
預貯金は使えば減ります。
例えば3000万円の預貯金も、毎年300万円ずつ取り崩せば10年間でなくなります。
しかし、公的年金は長生きしたからといって一定年齢で支給が終了するものではありません。
そのため、老人ホームの長期的な資金計画では、預貯金残高だけではなく、終身で入ってくる年金収入がどの程度あるのかが重要になります。
年金で毎月の固定費をどこまでカバーできるかによって、金融資産の減る速度が変わります。
夫婦では一人になった後の年金も考える
夫婦の場合には、二人で生活しているときの年金額だけで判断しないことも重要です。
夫婦二人が年金を受け取っている間は、世帯として比較的大きな年金収入がある場合があります。
しかし、どちらか一人が亡くなれば、世帯の年金収入は変わります。
一定の場合には遺族年金を受け取れますが、夫婦二人分の老齢年金がそのまま残るわけではありません。
一方、老人ホームの居室費や管理費などは、一人になったから半分になるとは限りません。
そのため、夫婦の資金計画では、二人とも生存している期間だけではなく、一人になった後の収入と支出も考える必要があります。
資産をすべて老人ホーム費用に使えるわけではない
金融資産が3000万円あるからといって、その3000万円をすべて老人ホーム費用として計算できるとは限りません。
老人ホームに入居してからも医療費が必要です。
予想外の入院があるかもしれません。
別の施設への住み替えが必要になる可能性もあります。
家族に関係する支出が発生することもあります。
さらに、葬儀や死後の手続きなどに必要となる資金を残しておきたい人もいるでしょう。
そのため、老人ホームの資金計画では金融資産を最後の1円まで使い切る前提ではなく、一定の予備資金を残すことが重要です。
老人ホームを変えるという選択肢もある
資産計算の結果、希望する老人ホームでは将来的に資金が不足する可能性が高いことが分かった場合、必ずしも老後資金そのものを増やす方法だけを考える必要はありません。
老人ホームの費用を下げる方法もあります。
東京都内では入居時費用の中央値が1001万円ですが、記事によると埼玉県では330万円でした。
施設の所在地を変えるだけでも費用が大きく変わる可能性があります。
有料老人ホームではなく、条件を満たせば特別養護老人ホームを利用できる場合もあります。
高齢期の住まいを考えるときには、保有資産に合わせて施設を選ぶという視点も必要です。
結論
老人ホームの費用を年金だけで支払えるかどうかは、本人の年金額と施設の費用によって大きく変わります。
東京都内の有料老人ホームでは月額費用の中央値が約30万円です。
さらに介護保険の自己負担や医療費、日用品などが必要になる場合があります。
年金だけで不足する場合には、その差額を預貯金などの金融資産から取り崩していくことになります。
重要なのは、老人ホームの総額だけを見ることではありません。
毎月いくら支出するのか。
毎月いくら年金が入るのか。
毎月いくら不足するのか。
その不足額を何年間補える資産があるのか。
この順番で考えることです。
そして5年間だけではなく、10年間、15年間と長生きした場合も計算します。
老人ホームの資金計画で最も重要なのは、入居できるだけのお金を持っているかではありません。
人生の最後まで、その費用を払い続けられるかどうかです。
年金という終身収入と金融資産の取り崩しを組み合わせ、資産より寿命の方が長くなる事態をできるだけ避けることが、終のすみかを安心して選ぶための重要な考え方になります。
参考
日本経済新聞 2026年8月19日朝刊 終のすみかの現実(上)老人ホーム 手届かぬ東京 入居費1000万円、4割上昇