所得に応じて給付する制度を設計するとき、難しい問題の一つが、所得が増えた人の給付をどのように減らすかです。
一定の年収を超えた瞬間に給付をゼロにすれば、制度は分かりやすく、必要な財源も抑えやすくなります。
しかし、年収が少し増えただけで大きな給付を失えば、働いて収入を増やしたのに手取りが減る所得の崖が生じる可能性があります。
そこで重要になるのが給付の逓減という考え方です。
給付の逓減とは、所得が増えるにつれて給付額を一度に打ち切るのではなく、少しずつ減らしていく仕組みです。
2027年度から先行実施される所得連動給付、さらに2029年度からの本格制度を考えるうえでも、給付をどの程度の速度で減らすかは重要な論点になります。
逓減とは何か
逓減とは、あるものが段階的に少なくなっていくことです。
所得連動給付では、所得が低い人には一定額を給付し、所得が増えるにつれて給付額を徐々に減らしていく方法を意味します。
たとえば年収300万円まで年間12万円を給付するとします。
その後、
年収320万円なら10万円
年収340万円なら8万円
年収360万円なら6万円
年収380万円なら4万円
年収400万円なら2万円
というように少しずつ減らしていきます。
最終的に一定の所得へ達したところで給付をゼロにします。
これなら年収が少し増えただけで給付全額を失うことはありません。
一律給付とは何が違うのか
一律給付では、一定の条件を満たした人へ同じ金額を支給します。
制度が簡単で分かりやすいことが大きな利点です。
一方、所得に関係なく同額を配れば、高所得者にも給付することになり、必要な財源が大きくなります。
そこで所得制限を設ける方法があります。
しかし、一定の所得を超えた瞬間に給付を打ち切れば、今度は所得の崖が生まれます。
給付の逓減は、
一律給付の分かりやすさ
所得制限による財源の重点化
の間に位置する仕組みと考えることができます。
所得の崖を防ぐための仕組み
給付の逓減が重要な最大の理由は、所得の崖を小さくできることです。
たとえば年収300万円以下なら10万円給付し、300万円を超えたら給付ゼロという制度を考えます。
年収300万円の人は給付を含めて310万円です。
ところが年収301万円になると給付がなくなり、301万円になります。
給与は1万円増えたのに、給付を含めた収入は9万円減っています。
これでは所得を増やすことが不利になります。
一方、年収が1万円増えたら給付を2000円減らす仕組みなら、給与増加の大部分は手元に残ります。
所得の崖を緩やかな坂道に変えるのが、給付の逓減です。
逓減率とは何か
給付制度を考えるときに重要なのが、所得増加に対してどの程度給付を減らすかです。
これを逓減率として考えることができます。
たとえば所得が1万円増えるごとに給付を2000円減らすのであれば、逓減率は20パーセントと考えることができます。
所得が1万円増える。
給付は2000円減る。
給付だけを考えれば、家計には8000円が残ります。
一方、所得が1万円増えるごとに給付を8000円減らす仕組みなら、家計に残るのは2000円です。
同じ所得連動給付でも、逓減率によって働く人の手取りは大きく変わります。
逓減率が高すぎるとどうなるのか
給付を急速に減らせば、政府の財政負担を抑えられます。
給付対象から早く外れるためです。
しかし、逓減率が高すぎると就労への意欲を弱める可能性があります。
所得が増えても、その大部分が給付減少によって相殺されるからです。
さらに実際には給付だけでなく、
所得税
住民税
社会保険料
も増える可能性があります。
所得が1万円増えて給付が6000円減り、税金や社会保険料が3000円増えれば、手元には1000円しか残りません。
これでは追加で働くメリットを感じにくくなります。
逓減率が低すぎても問題がある
では、給付をできるだけゆっくり減らせばよいのでしょうか。
そう単純ではありません。
逓減率を低くすると、比較的高い所得まで給付が残ります。
その結果、給付対象者が増え、必要な財源が大きくなります。
たとえば年間10万円の給付を非常に緩やかに減らせば、中所得層だけでなく、より高い所得層まで給付が続く可能性があります。
所得の崖は小さくできますが、財政負担は増えます。
給付の逓減率は、
働きやすさ
公平性
財政負担
のバランスを取って決める必要があります。
給付開始部分も重要になる
所得連動給付では、給付を減らす部分だけでなく、所得が低い段階でどのように給付するかも重要です。
制度によっては、働いて所得を得るほど一定範囲まで給付額を増やす設計も考えられます。
所得がゼロのときは給付が少ない。
働いて所得が増えると給付も増える。
一定所得に達すると最大給付額になる。
さらに所得が増えると給付が徐々に減る。
このような仕組みにすれば、就労を促す効果を持たせることができます。
給付付き税額控除を就労支援策として利用する場合には、このような制度設計が重要になります。
給付消失点との関係
給付を逓減させていくと、最終的に給付額がゼロになる所得があります。
これが給付消失点です。
最大給付額と逓減率が決まれば、給付消失点も大きく左右されます。
最大給付額が大きく、逓減率が低ければ、給付は高い所得まで残ります。
最大給付額が小さく、逓減率が高ければ、比較的低い所得で給付がなくなります。
つまり、
最大給付額
逓減率
給付消失点
は別々の問題ではありません。
三つを組み合わせて制度を設計する必要があります。
就労促進との関係
所得連動給付の重要な目的の一つが就労促進です。
中低所得の勤労者を支援しながら、働いて所得を増やすことにもメリットがある制度を作る必要があります。
そのためには、所得が増えたとき、
給付がどれだけ減るのか
税金がどれだけ増えるのか
社会保険料がどれだけ増えるのか
を合わせて考える必要があります。
給付だけを緩やかに減らしても、同じ所得水準で社会保険料負担が大きく増えれば、手取りが伸びない場合があります。
就労促進を考えるなら、税と社会保障を一体として見ることが重要です。
実効限界税率という考え方
ここで重要になるのが実効限界税率です。
これは所得が追加で増えたとき、その増加分のうち税金、社会保険料、給付減少などによってどれだけ失われるかを見る考え方です。
たとえば所得が10万円増えたとします。
税金と社会保険料が2万円増える。
給付が3万円減る。
この場合、追加所得10万円のうち5万円が負担増や給付減少で消えます。
手元に残るのは5万円です。
給付の逓減を設計するときには、この実効限界税率を高くしすぎないことが重要です。
複数の給付制度との調整が必要
実際の家計には一つの給付制度だけが適用されるわけではありません。
児童関係の給付。
住宅関連の支援。
教育費支援。
社会保険料の軽減。
自治体独自の給付。
様々な制度があります。
それぞれが別々の所得制限や逓減ルールを持つと、特定の所得水準で複数の給付が同時に減る可能性があります。
一つ一つの制度では緩やかに減らしていても、合計すると大きな負担増になることがあります。
給付付き税額控除を本格導入するなら、既存制度との重なりも確認する必要があります。
前年所得を使う場合の難しさ
2027年度からの所得連動給付では、原則として前年の住民税の所得額を利用する方向です。
この場合、逓減の計算にも前年所得が使われることになります。
しかし現在の所得が前年と大きく違う人もいます。
前年は高所得だったが今年失業した。
前年は低所得だったが今年大幅に収入が増えた。
こうしたケースでは、現在の生活状況と給付額が一致しない可能性があります。
給付の逓減を精密にするほど、どの時点の所得を使うのかという問題も重要になります。
リアルタイム所得把握につながる
将来的に給与情報などをより迅速に把握できるようになれば、現在の所得に近い情報を使って給付額を調整できる可能性があります。
所得が減れば給付を増やす。
所得が回復すれば給付を徐々に減らす。
こうした仕組みが実現すれば、所得連動給付は現在の家計状況により近い制度になります。
ただし、税務情報や社会保険情報、給与情報をどのように連携するのかという課題があります。
給付の逓減は、将来的なリアルタイム所得把握とも深く関係しています。
2027年度は制度運営の実験になる
2027年度から2年間の先行実施では、所得に応じた給付を行政が実際に運営できるかどうかが試されます。
所得情報を正確に取得できるか。
給付額を正しく計算できるか。
公金受取口座へ円滑に振り込めるか。
自治体の事務負担を抑えられるか。
こうした実務を確認する期間になります。
その経験は、2029年度からの本格制度で逓減の仕組みを設計する際にも重要になります。
2029年度は逓減率が重要な政策判断になる
本格的な給付付き税額控除へ進む場合、逓減率は制度の性格を左右する重要な数字になります。
逓減率を高くすれば、給付対象を絞りやすくなります。
財政負担も抑えられます。
しかし働いて所得を増やしたときの手取り増加は小さくなります。
逓減率を低くすれば、働くメリットを維持しやすくなります。
一方で必要財源は増えます。
つまり逓減率は単なる計算式ではありません。
就労政策と所得再分配、財政政策をつなぐ重要な政策判断なのです。
結論
給付の逓減とは、所得が増えるにつれて給付額を一度に打ち切るのではなく、少しずつ減らしていく仕組みです。
最大の目的は、所得が一定額を超えた瞬間に給付を失う所得の崖を防ぐことです。
給付を徐々に減らせば、働いて所得を増やしたときに手取りも増える制度を作りやすくなります。
しかし給付を緩やかに減らせば、より高い所得まで給付が続くため必要財源は増えます。
反対に給付を急速に減らせば財源は抑えられますが、働くメリットが小さくなる可能性があります。
さらに実際の家計では、所得税、住民税、社会保険料、他の給付制度も同時に変化します。
そのため重要なのは、給付の逓減率だけを見るのではなく、所得が増えたとき最終的に手取りがどれだけ増えるかを見ることです。
2029年度から本格的な所得連動制度や給付付き税額控除へ進むのであれば、給付の逓減は制度の成否を左右する重要な設計になります。
働けば働くほど手取りが増える。
その関係を維持しながら、限られた財源を必要な人へ届ける。
給付の逓減は、その二つを両立させるための重要な仕組みなのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月11日朝刊 所得連動給付の申請不要 地方にも財政負担案 国・地方協議会が初会合