2026年10月22日
ストックオプションは、企業の成長によって従業員が大きな経済的利益を得られる可能性がある報酬制度です。しかし、同じ金額の利益を得た場合でも、税制上の取り扱いによって最終的な手取り金額が大きく異なることをご存じでしょうか。
その違いを生むのが、税制適格ストックオプションと税制非適格ストックオプションです。
一般的な税制非適格ストックオプションでは、権利行使時の利益が給与所得として課税されます。所得税と住民税などを合わせた最高税率は約56%に達します。
一方、一定の要件を満たす税制適格ストックオプションでは、権利行使時の課税が繰り延べられ、株式売却時に原則として譲渡所得として課税されます。一般的な上場株式等の譲渡益に対する税率は20.315%です。
この違いは、将来の資産形成に大きな影響を与えます。
今回は、税制適格ストックオプションの仕組みと適用要件、具体的な税額計算、企業と従業員が注意すべき実務上のポイントを詳しく解説します。
ストックオプションの税金はいつ発生するのか
ストックオプションの税務を理解するためには、まず3つの段階を区別する必要があります。
第一は、企業からストックオプションを付与される段階です。
第二は、ストックオプションの権利を行使して株式を取得する段階です。
第三は、取得した株式を売却する段階です。
一般的な無償のストックオプションでは、付与された時点で直ちに課税されるわけではありません。
問題になるのは、権利行使時と株式売却時です。
例えば、従業員が1株100円で購入できるストックオプションを1万株分付与されたとします。
その後、企業が成長し、株価が1株1,000円になった段階で権利を行使した場合を考えます。
従業員は100万円を支払って、時価1,000万円の株式を取得します。
この時点で900万円の経済的利益が発生しています。
税制非適格ストックオプションでは、通常、この900万円が給与所得として課税されます。
一方、税制適格ストックオプションでは、一定の要件を満たすことで、この段階での課税が繰り延べられます。
この課税時期の違いが、制度の重要な特徴です。
税制非適格では給与所得として課税される
一般的な税制非適格ストックオプションでは、権利行使時に生じる経済的利益が給与所得として課税されます。
給与所得には、所得金額が増えるほど税率が高くなる累進税率が適用されます。
所得税の税率は5%から45%です。
さらに、復興特別所得税と住民税が加わります。
所得税の最高税率45%に復興特別所得税を加え、住民税の所得割10%を合わせると、最高税率は約56%になります。
ただし、この最高税率がすべての給与所得に適用されるわけではありません。
所得税は超過累進税率であるため、所得金額に応じて段階的に税率が適用されます。
また、給与所得控除や各種所得控除なども考慮する必要があります。
例えば、年収1,000万円の従業員がストックオプションの権利行使によって2,000万円の利益を得た場合、その利益が給与所得として加算されることで、所得税の高い税率区分に入る可能性があります。
さらに注意したいのは、株式を売却していなくても課税される場合があることです。
未上場企業の株式では、権利を行使して株式を取得しても、直ちに売却できるとは限りません。
現金収入がない段階で納税資金が必要になる可能性があります。
この点は、税制非適格ストックオプションの大きな注意点です。
税制適格では株式売却時まで課税が繰り延べられる
税制適格ストックオプションでは、一定の要件を満たすことで、権利行使時の課税が繰り延べられます。
そして、取得した株式を売却した際に、原則として株式の譲渡所得として課税されます。
例えば、1株100円で購入できるストックオプションを1万株分付与されたケースを考えます。
権利行使時の株価が1,000円だった場合、100万円を支払って時価1,000万円の株式を取得します。
この段階では、税制適格要件を満たしていれば課税されません。
その後、株価が1,500円になった時点で全株式を売却したとします。
売却額は1,500万円です。
権利行使価額の合計100万円との差額である1,400万円が、原則として株式の譲渡所得の計算対象になります。
一般的な上場株式等の譲渡益に対する税率20.315%を適用すると、税額は約284万円です。
税金を差し引いた利益は約1,116万円となります。
税制適格ストックオプションでは、権利行使時の課税を避けられるだけでなく、株式売却時に申告分離課税の対象となることが大きなメリットです。
ただし、実際の税額計算では売却費用や他の株式取引の損益なども考慮する必要があります。
利益3,000万円の場合に税負担はどう変わるのか
税制適格と税制非適格の違いを、具体的な数値で比較してみましょう。
権利行使価額と株式の売却価額との差額が3,000万円だったとします。
税制適格ストックオプションの場合、株式譲渡益3,000万円に対して20.315%の税率を適用すると、税額は約609万円となります。
税引後の利益は約2,391万円です。
一方、税制非適格ストックオプションでは、権利行使時の利益が給与所得として課税されます。
仮に権利行使時の利益が3,000万円で、その全額に対する追加的な税負担が最高税率約56%に相当するという単純な仮定を置けば、税額は約1,680万円となります。
両者の差額は約1,071万円です。
ただし、これは税率の違いを理解するための仮定上の比較です。
実際には、所得税の超過累進税率、給与所得控除、所得控除、権利行使時と売却時の株価の違いなどによって税額は変わります。
税制非適格の場合でも、権利行使後の株価上昇による利益は、通常、株式譲渡所得として別途計算されます。
したがって、単純に3,000万円全額へ最高税率を掛けるだけでは、実際の税額を算定できません。
それでも、税制適格かどうかが手取り金額に大きな影響を与えることは明らかです。
税制適格となるための主な要件
税制適格ストックオプションには、租税特別措置法に基づく複数の要件があります。
まず、付与対象者に関する要件です。
一般的には、会社の取締役、執行役、使用人などが対象になります。
一定の要件を満たす社外高度人材についても、対象となる制度が設けられています。
一方、大口株主やその特別関係者などは、原則として対象から除外されます。
次に、権利行使期間です。
原則として、付与決議の日から2年を経過した日以後、10年を経過する日までに権利を行使する必要があります。
ただし、一定の設立年数などの要件を満たす企業については、権利行使期間が15年まで延長される特例があります。
さらに、権利行使価額にも条件があります。
原則として、権利行使価額は契約締結時の株式の時価以上である必要があります。
加えて、権利を譲渡できないことや、一定の株式管理要件を満たすことなども必要です。
これらの要件を一つでも満たさない場合、税制適格としての取り扱いを受けられなくなる可能性があります。
制度を導入する企業には、契約内容や株式評価を適切に設計することが求められます。
年間権利行使価額の上限が拡大された
税制適格ストックオプションには、年間に権利行使できる価額の上限があります。
ここでいう権利行使価額とは、権利を行使して株式を取得するために支払う金額です。
株式の時価や売却額、利益額とは異なります。
従来、年間権利行使価額の上限は原則1,200万円でした。
2024年度税制改正では、スタートアップ企業の成長を支援するため、一定の要件を満たす企業について上限が引き上げられました。
設立5年未満の一定の株式会社では年間2,400万円、設立5年以上20年未満の一定の非上場株式会社などでは年間3,600万円まで拡大されています。
ただし、企業の設立年数や上場状況などによって適用される上限は異なります。
例えば、権利行使価額が1株100円の場合、年間3,600万円の上限が適用されるケースでは、計算上36万株分の権利行使が可能になります。
もっとも、年間上限だけでなく、権利行使期間や株式管理などの要件も満たす必要があります。
また、税制改正の適用時期や契約内容によって取り扱いが異なる場合があるため、実際の権利行使前には最新の法令と契約条件を確認することが重要です。
株式の保管と管理にも注意が必要
税制適格ストックオプションでは、権利行使後に取得した株式の管理方法も重要です。
税制上の優遇措置を受けるためには、一定の株式管理要件を満たす必要があります。
従来は、証券会社などによる保管委託が中心でした。
2024年度税制改正では、一定の譲渡制限株式について、発行会社自身による管理を認める仕組みが整備されました。
これにより、未上場企業における制度利用の負担軽減が期待されています。
ただし、発行会社による管理が認められる場合でも、必要な管理体制や記録の整備が求められます。
株式の移動や譲渡について適切に管理できなければ、税制上の問題が生じる可能性があります。
企業側には、税務担当者だけでなく、法務、経理、人事、株式管理担当者などが連携する体制が必要です。
企業の会計処理にも影響する
ストックオプションは、従業員の税金だけでなく、企業の会計処理にも関係します。
日本基準では、原則として、従業員などから提供されるサービスの対価として付与するストックオプションについて、付与日の公正な評価額を基礎に費用を認識します。
例えば、ストックオプションの公正な評価額が総額1億円で、対象となる勤務期間が4年間の場合を考えます。
一定の条件の下では、勤務期間にわたって費用を配分することになります。
単純化すれば、年間2,500万円の費用を計上するイメージです。
ただし、実際には権利確定条件や失効見込みなどを考慮する必要があります。
また、未上場企業では、公正な評価額の算定方法について特別な取り扱いが認められる場合があります。
ストックオプションは現金支出を伴わないことが多いものの、会計上の利益に影響する可能性があります。
さらに、将来の権利行使によって新株が発行される場合には、既存株主の持分割合が低下する株式の希薄化も生じます。
そのため、企業は人材獲得の効果だけでなく、会計上の費用や株主への影響も考慮して制度を設計する必要があります。
就職や転職の際に確認すべき税務上のポイント
ストックオプションを提示された場合、単に付与株数や将来の利益予想だけを見るのでは不十分です。
まず、税制適格ストックオプションに該当するかを確認する必要があります。
次に、権利行使価額と権利行使期間を確認します。
権利行使価額が高ければ、株式取得時に必要となる資金も増えます。
また、権利行使期間を過ぎると、権利が消滅する可能性があります。
さらに、退職時の取り扱いも重要です。
退職によって権利が失われる場合や、退職後の権利行使期間が制限される場合があります。
税制適格要件を満たしていても、実際に株式を売却できるとは限りません。
未上場企業の場合には、上場やM&Aなどによる換金機会が必要になることもあります。
したがって、将来の利益を確実な収入として生活設計に組み込むことは避けるべきでしょう。
住宅購入、教育資金、老後資金などについては、安定した給与収入や預貯金などを基本に考えることが重要です。
60代以降の専門人材にも重要な税務知識
ストックオプションは、若い世代だけに関係する制度ではありません。
スタートアップ企業が経理、財務、税務、法務、内部統制などの専門人材を採用する際に、株式報酬を活用する可能性があります。
例えば、大企業で長年勤務した60代の専門人材が、スタートアップ企業の経営管理部門に転職するケースを考えてみましょう。
現金報酬に加えてストックオプションが付与されれば、企業の成長成果を共有できる可能性があります。
しかし、60代以降は生活資金の安定性も重要です。
税制非適格ストックオプションによって権利行使時に大きな給与所得が発生すれば、その年の税負担が増加する可能性があります。
また、所得の増加は、個人の状況によって住民税や社会保険制度上の負担などに影響する場合があります。
税制適格ストックオプションであっても、株式売却時の課税や資金管理を考慮する必要があります。
人生100年時代の働き方を考えるうえでは、株式報酬の魅力だけでなく、税金と資金繰りを含めた総合的な判断が求められます。
結論
税制適格ストックオプションは、企業の成長によって得られる利益を、税制面から支援する制度です。
一般的な税制非適格ストックオプションでは、権利行使時の利益が給与所得として課税され、所得税と住民税などを合わせた最高税率は約56%になります。
一方、税制適格ストックオプションでは、権利行使時の課税が繰り延べられ、株式売却時に原則として譲渡所得として課税されます。
一般的な上場株式等の譲渡益に対する税率は20.315%です。
この違いは、利益が大きくなるほど重要になります。
ただし、税制適格の適用には、付与対象者、権利行使期間、権利行使価額、年間上限、株式管理などの厳格な要件があります。
企業側には適切な制度設計と管理体制が必要であり、従業員側にも契約内容と税制を理解する姿勢が求められます。
また、税制上の優遇措置があっても、企業が成長しなければストックオプションの利益は実現しません。
重要なのは、税制上のメリットだけで就職先や転職先を選ばないことです。
企業の成長可能性、現金報酬、勤務条件、将来のライフプランなどを総合的に判断する必要があります。
ストックオプションは、正しく理解して活用すれば、人生100年時代の資産形成や新しいキャリアへの挑戦を支える可能性があります。
そのためにも、制度の仕組みだけでなく、税制上の取り扱いを正確に理解することが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年10月21日 ストックオプション、就活の検討材料に 働く意欲と将来の報酬を左右
国税庁 ストックオプションに対する課税
国税庁 租税特別措置法第29条の2に関する税制適格ストックオプションの取扱い
経済産業省 ストックオプション税制に関する資料
経済産業省 2024年度税制改正におけるストックオプション税制の拡充
企業会計基準委員会 ストック・オプション等に関する会計基準