企業向けの租税特別措置では、設備投資や研究開発、賃上げなど一定の取り組みをした企業の税負担を軽減しています。
しかし税制優遇をつくっただけでは、その制度が本当に役立っているのか分かりません。
何社が利用したのか。
どれくらい税負担が軽くなったのか。
一部の企業だけに利用が集中していないか。
こうした実態を把握するために行われるのが、租税特別措置の適用実態調査です。
租特を廃止するか、延長するか、内容を変更するかを判断するうえでも重要な基礎資料になります。
適用実態調査とは何か
租税特別措置の適用実態調査は、法人税関係の租税特別措置について、その適用状況を把握するための仕組みです。
企業向けの租特にはさまざまなものがあります。
例えば、
研究開発を行った企業への税額控除
設備投資を行った企業への税制優遇
賃上げした企業への税額控除
中小企業向けの税率軽減
などです。
こうした制度が実際にどの程度利用されているのかを把握しなければ、政策として機能しているのかを評価できません。
そこで企業の申告情報などをもとに適用状況を集計します。
なぜ租特だけを調べる必要があるのか
通常の法人税であれば、所得に一定の税率を掛けて税額を計算します。
一方、租税特別措置は特定の政策目的を実現するために例外的な税制を設けるものです。
その結果、本来得られたはずの税収が減ります。
例えば通常なら1000万円の法人税を納める企業が、租特によって200万円の税額控除を受ければ、納税額は800万円になります。
政府から企業へ200万円を支給したわけではありません。
しかし国の税収は200万円減ります。
そのため租特についても、
どれだけ利用されたのか
どれだけ税収が減ったのか
を把握する必要があります。
適用件数から何が分かるのか
調査で重要になる数字の一つが適用件数です。
例えばある税制について年間10万件の適用があれば、多くの企業が利用している制度だと分かります。
一方、年間数十件しか利用されていない制度なら、なぜ利用が少ないのかを検討する必要があります。
制度が知られていないのかもしれません。
要件が厳しすぎる可能性もあります。
あるいは制度そのものへの需要がほとんどなくなっている可能性もあります。
利用件数が少ないから直ちに廃止すべきとは限りませんが、制度の必要性を考える重要な材料になります。
適用額とは何か
適用件数とともに重要なのが適用額です。
一つの制度を利用する企業が多くても、一社当たりの減税額が小さければ税収への影響は限定的です。
逆に利用企業がそれほど多くなくても、一社当たりの減税額が非常に大きければ、全体では巨額の税収減になることがあります。
例えば、
利用企業1万社
一社当たり平均10万円
なら単純計算で10億円です。
一方、
利用企業100社
一社当たり平均1億円
なら100億円です。
適用件数だけでは制度の財政的な規模は分かりません。
件数と金額の両方を見る必要があります。
賃上げ促進税制は規模が大きい
今回の租特見直しで特に注目されているのが、中小企業向け賃上げ促進税制です。
2024年度の税優遇規模は5053億円とされています。
これは従業員の給与を増やした企業について、その増加額をもとに法人税などを軽減する制度です。
5000億円を超える規模になると、政策効果の検証は特に重要になります。
なぜなら、その税制がなければ国に入っていた可能性のある税収が大きいからです。
重要なのは5000億円を超える減税が行われたという事実だけではありません。
その結果として、税制がなければ実現しなかった賃上げがどれだけ生まれたのかを見る必要があります。
一社当たりの平均額だけでは分からない
適用総額を適用件数で割れば、一社当たりの平均的な税制優遇額を計算できます。
しかし平均額だけを見るのも注意が必要です。
例えば100社が制度を利用し、適用総額が100億円だったとします。
平均すれば一社1億円です。
ところが実際には、
数社が非常に大きな税額控除を利用している
残りの企業は少額しか利用していない
という可能性があります。
租特の公平性を考える場合には、制度利用が特定の企業や業種に集中していないかを見ることも重要です。
大企業への集中も検証対象になる
企業向け租特では、企業規模による利用状況も重要です。
例えば設備投資や研究開発に関する税制では、大規模な投資ができる企業ほど税額控除額も大きくなる場合があります。
その結果、制度上はすべての企業が利用できても、実際の税制上の恩恵が一部の大企業へ集中することがあります。
反対に、中小企業専用の制度であれば大企業は利用できません。
租特を評価するときには、
制度上誰が対象なのか
実際には誰が利用しているのか
どこに減税額が集中しているのか
を区別して考える必要があります。
適用実績だけでは政策効果は分からない
ここが最も重要なところです。
適用実態調査によって、ある制度が1000億円利用されたことが分かったとします。
しかし1000億円利用されたから、1000億円分の政策効果があったとはいえません。
例えば設備投資減税なら、
減税があったから設備投資した企業
減税がなくても設備投資した企業
の両方が制度を利用している可能性があります。
賃上げ税制でも同じです。
人手不足のため税制がなくても賃上げした企業が税額控除を受けている可能性があります。
適用実態は制度がどれだけ利用されたかを示しますが、制度によって企業行動がどれだけ変化したかまでは直接示しません。
政策効果の検証と組み合わせる必要がある
そこで適用実態調査と合わせて重要になるのが政策評価です。
例えば賃上げ促進税制なら、
制度を利用した企業の賃上げ率
利用していない企業との違い
税制導入前後の変化
企業規模別の利用状況
などを分析する必要があります。
設備投資税制なら、税額控除を利用した企業の投資額が本当に増えたのかを検証します。
つまり、
適用実態調査はどれだけ使われたか
政策評価はどれだけ効果があったか
を見るものと考えると分かりやすいでしょう。
両方を組み合わせることで、制度の費用対効果を判断しやすくなります。
利用されていない制度にも問題がある
租特の問題というと、巨額の税制優遇ばかりが注目されます。
しかしほとんど利用されていない制度も見直しの対象になります。
制度を維持するためには、
法律を管理する
企業が制度を確認する
税務当局が申告内容を確認する
制度改正のたびに周知する
といった行政コストや企業側の事務負担が発生します。
ほとんど利用されず、政策効果も乏しい制度なら、税収への影響が小さくても整理する意味があります。
税制を簡素化するという観点です。
なぜ租特は定期的な点検が必要なのか
租特は特定の政策課題に対応して導入されます。
ところが社会や経済の状況は変わります。
制度をつくった当時は必要でも、10年後には政策目的そのものが薄れている可能性があります。
逆に制度が非常に有効で、さらに強化したほうがよい場合もあります。
そこで、
適用件数
適用額
利用企業の状況
政策効果
などを定期的に確認する必要があります。
租特は一度つくったら終わりではなく、継続的に検証することが前提となる政策手段なのです。
廃止するときにもデータが必要になる
租特を廃止すれば、それを利用していた企業の税負担は増えます。
そのため単に無駄に見えるから廃止するというだけでは十分ではありません。
どのくらいの企業が利用しているのか。
廃止すると税負担はいくら増えるのか。
企業の投資や賃上げにどの程度影響するのか。
こうした判断にも適用実態のデータが必要になります。
制度を残すためにも、廃止するためにも、客観的な数字が重要です。
結論
租税特別措置の適用実態調査とは、法人税関係の租特について、企業が実際にどの程度制度を利用しているのかを把握するための仕組みです。
適用件数を見ることで制度を利用する企業の広がりが分かり、適用額を見ることで税制優遇の規模を把握できます。
さらに企業規模や業種などを見ることで、税制上の恩恵が一部に偏っていないかを考える材料にもなります。
ただし適用額が大きいことと政策効果が大きいことは同じではありません。
本当に重要なのは、その減税によって企業の賃上げや設備投資などの行動がどれだけ変わったのかです。
適用実態調査によって税制優遇の規模を把握し、政策評価によってその効果を検証する。
この二つを組み合わせることが、必要な租特を残し、効果の乏しい租特を整理するための基本になります。
参考
日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 維新が税優遇廃止案 賃上げ税制やサ高住 政府・自民と調整難しく
財務省 2026年 租税特別措置の適用実態調査
財務省 2026年 租税特別措置等に係る政策評価