政府が企業を支援する方法というと、補助金を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし政府が企業や個人を支援する方法は、直接お金を支給することだけではありません。
本来納めてもらう税金を安くする方法もあります。
設備投資をした企業の法人税を軽減する。
賃上げした企業の法人税を軽減する。
住宅を購入した人の所得税を軽減する。
こうした税制上の優遇によって政府の税収が減ることを、政策を分析するうえで税制支出という考え方で捉えることがあります。
政府から現金が支出されなくても、実質的には補助金に近い効果を持つ仕組みです。
税制支出とは何か
税制支出とは、通常の税制を適用した場合に得られる税収について、特定の政策目的による減税や控除などによって減少させる仕組みを、政府の支出に似たものとして捉える考え方です。
例えば本来1000万円の法人税を納める会社があるとします。
政府が特定の設備投資を促すため、200万円の税額控除を認めたとします。
会社が実際に納める法人税は800万円になります。
政府が会社へ200万円を振り込んだわけではありません。
しかし本来得られるはずだった税収を200万円減らしています。
企業側から見れば200万円の経済的なメリットを受けています。
この200万円を、政策上の支出に似たものとして考えるのが税制支出の基本的な発想です。
補助金との違いは何か
補助金の場合、政府が企業などに直接お金を支払います。
例えば設備投資をした会社へ200万円の補助金を支給するとします。
政府の予算では200万円の歳出になります。
一方、税額控除によって法人税を200万円減らした場合、政府から会社への現金支払いはありません。
その代わり税収が200万円減ります。
政府の財政という視点から見ると、
200万円を支出する
200万円の税収を得ない
という違いがあります。
方法は異なりますが、企業側に200万円の経済的利益を与える点では似ています。
このため税制優遇は、見えにくい補助金と表現されることがあります。
税制支出にはさまざまな形がある
税制による政策支援は税額控除だけではありません。
例えば、
通常より低い税率を適用する
一定の所得を非課税にする
課税所得から特別に控除する
税金を一定期間猶予する
特定の支出について税額控除を認める
といった方法があります。
中小企業の所得800万円以下の部分について法人税率を15%に軽減する特例も、通常の税率との差によって税収が減ります。
賃上げ促進税制も、給与を増やした企業の法人税を税額控除によって減らします。
制度の形は違っても、特定の政策目的のために税負担を軽くする点では共通しています。
なぜ政府は補助金ではなく減税を使うのか
税制優遇には補助金とは異なる特徴があります。
例えば企業が設備投資を行い、税制上の要件を満たせば、確定申告などを通じて税負担を軽減できる制度があります。
政府が企業一社一社に補助金を交付する方法とは仕組みが異なります。
また企業側から見ても、一定の要件を満たせば税負担が軽くなるため、投資や賃上げを行う際の判断材料になります。
税制を利用することで、
設備投資
研究開発
賃上げ
住宅取得
子育て
事業承継
など、さまざまな政策を後押しできます。
税制は税金を集める仕組みであると同時に、企業や家計の行動を誘導する政策手段でもあるのです。
税収減というコストが見えにくい
税制支出の大きな問題は、政府がお金を直接支払わないため、政策コストが見えにくくなりやすいことです。
例えば政府が5000億円の補助金を新たに設ければ、予算の歳出として5000億円が目立ちます。
国会でも、
なぜ5000億円必要なのか
誰に支給するのか
どのような効果があるのか
が議論されやすくなります。
一方、税制優遇によって税収が5000億円減っていても、政府が5000億円を直接支払っているわけではありません。
そのため国民から見て政策コストを認識しにくい場合があります。
しかし財政への影響がないわけではありません。
賃上げ税制5053億円をどう考えるのか
今回の租税特別措置見直しで大きな焦点となっているのが、中小企業向け賃上げ促進税制です。
2024年度の税優遇規模は5053億円とされています。
この数字を税制支出という考え方で見ると意味が変わってきます。
単に、
企業の税金を安くした
と見るのではなく、
賃上げを促す政策のために5000億円を超える税収を得なかった
と考えることができます。
そうすると次に問われるのは、5000億円を超える税収減に見合うだけの賃上げ効果があったのかという問題です。
税制支出を金額で把握する重要な理由です。
補助金なら効果を検証するのに税制なら不要なのか
政府が巨額の補助金を支出すれば、通常は政策効果が問われます。
例えば1000億円を使った政策なら、
何社が利用したのか
どれだけ投資が増えたのか
何人の雇用が生まれたのか
政策目標を達成したのか
といった検証が必要です。
税制優遇についても本来は同じです。
1000億円の税収を減らしたのであれば、その1000億円によってどのような効果が生まれたのかを確認する必要があります。
税金を支出していないから政策評価が不要ということにはなりません。
税制がなければ企業はどうしたのか
税制支出の政策効果を評価するときに特に難しいのが、税制優遇がなかった場合との比較です。
例えば賃上げした企業に100万円の税額控除を認めたとします。
その会社が、
税額控除があるから賃上げした
のであれば、税制が企業行動を変えています。
一方、
人手不足なので税制がなくても同じ賃上げをしていた
のであれば、税制による追加的な賃上げ効果は小さいことになります。
企業は100万円の減税を受けますが、企業行動は変わっていません。
政策効果を考えるときには、制度利用額だけではなく、この反実仮想を考える必要があります。
税制優遇には公平性の問題もある
税制支出には公平性という論点もあります。
例えば法人税の税額控除なら、法人税を多く納める黒字企業ほど利用しやすくなります。
赤字企業では控除する法人税がありません。
贈与税の非課税措置なら、そもそも子や孫へ多額の資産を贈与できる家庭ほど利用しやすくなります。
住宅取得に関する優遇なら、住宅を購入できる人が主な対象になります。
つまり税制優遇は政策目的によって対象者を選びます。
そのため、
誰が利益を受けているのか
誰は利用できないのか
所得や企業規模による偏りはないか
という視点も必要になります。
租特を金額で評価する意味
租税特別措置を見直すときには、制度の存在だけを見るのではなく、適用額を把握することが重要です。
年間数億円の税収減を伴う制度と、年間数千億円の税収減を伴う制度では、財政への影響が大きく違います。
金額が大きければ必ず廃止すべきという意味ではありません。
大きな政策効果があれば、巨額の税制支出にも合理性があります。
重要なのは、
どれだけ税収が減ったのか
どれだけ政策効果が生まれたのか
を比較することです。
税制支出を金額で把握することで、補助金など他の政策手段とも比較しやすくなります。
税制支出を廃止すれば財源になる
税制優遇を廃止すると、本来の税率や課税方法へ戻ります。
その結果、政府の税収は増える可能性があります。
維新が租税特別措置65件の即時廃止によって、少なくとも7000億円ほどの税収増を見込んでいるのもこの考え方です。
新しい税金をつくらなくても、既存の減税制度をやめれば税収を増やせます。
ただし政府にとっての財源増は、制度を利用していた企業や個人にとって税負担増になります。
税制支出の削減には、この表裏一体の関係があります。
結論
税制支出とは、特定の政策目的による減税や税額控除などによって、本来得られるはずの税収を減らすことを政府の支出に似たものとして捉える考え方です。
政府が企業へ100万円を支給する補助金と、企業の税金を100万円減らす税額控除では仕組みは異なります。
しかし政府の財政負担と企業が受ける経済的利益という観点では、共通する部分があります。
だからこそ租税特別措置についても、補助金と同じように政策効果を検証する必要があります。
どれだけ税収が減ったのか。
その減税によって企業や個人の行動がどれだけ変わったのか。
誰が税制上の利益を受けているのか。
租特を金額で評価することは、税制優遇を単なる減税としてではなく、限られた財源を使った政策として考えるために重要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 維新が税優遇廃止案 賃上げ税制やサ高住 政府・自民と調整難しく
財務省 2026年 租税特別措置等に係る政策評価
財務省 2026年 租税特別措置の適用実態調査