企業活動や資産運用が国際化する中、税務当局が対応しなければならない取引も複雑になっています。
特に問題になるのが、複数の国や制度を組み合わせて税負担を抑える租税回避スキームです。
国税庁は2026事務年度から、租税回避スキームへの対応を担当する専担部署を拡大しています。
さらに、個別の税務調査で問題を指摘するだけではなく、調査で把握した税制上の問題を財務省と共有する取り組みも進めています。
なぜ通常の税務調査だけではなく、租税回避を専門に見る組織が必要なのでしょうか。
租税回避と脱税は同じではない
まず整理しておきたいのが、租税回避と脱税の違いです。
脱税は、売上を隠したり架空の経費を計上したりするなど、不正な手段によって税負担を免れる行為です。
一方、租税回避と呼ばれるものには、形式上は法律や取引の形を利用しながら、通常想定されている課税を回避しようとする取引などが含まれます。
そのため、単純な所得隠しと同じように判断できるとは限りません。
契約関係、資金の流れ、海外法人の役割、取引の経済的な実態などを詳しく確認する必要があります。
なぜ租税回避スキームは複雑になるのか
国際的な企業グループでは、複数の国に親会社や子会社があります。
国によって法人税率や税制、取引に対する課税ルールも異なります。
こうした違いを組み合わせると、一つの取引だけを見ても全体の税務上の効果が分かりにくくなる場合があります。
複数の法人や契約を経由して資金が移動するケースでは、取引全体を見なければ実態を把握できません。
さらに新しい金融商品やデジタル取引などが広がれば、従来想定されていなかった仕組みが使われる可能性もあります。
税務当局側にも高度な専門知識が必要になります。
2026事務年度から専担部署を拡大する
こうした状況に対応するため、国税庁は2026事務年度から租税回避スキームへの対応を行う専担部署を拡大しています。
専門の担当者を置く意味は、複雑な取引について知識や情報を集約できることにあります。
個々の税務署や調査担当者だけで対応していれば、似たようなスキームが別の地域や別の企業で使われていても、全体像を把握しにくくなる可能性があります。
専担部署へ情報を集めれば、共通する取引の特徴や新しい手法を分析しやすくなります。
組織として継続的にノウハウを蓄積することもできます。
海外情報も重要な手掛かりになる
国際的な租税回避へ対応するためには、日本国内の情報だけでは十分でない場合があります。
そこで国税庁が活用しているのが、租税条約などに基づく情報交換です。
外国の税務当局から情報を得ることで、日本国内の資料だけでは見えなかった海外法人や取引の状況を確認できる場合があります。
さらに国内の申告情報や法定調書なども組み合わせます。
複数の情報を照合することで、取引全体の実態を把握していくわけです。
KSK2で利用できるデータも増える
2026年9月24日には、国税庁の新しい基幹システムKSK2が導入されます。
KSK2では利用可能なデータが増え、AIやデータ分析の活用もさらに進められる予定です。
国税庁はすでに過去の税務調査の実績、申告や決算情報、法定調書などを使い、申告漏れリスクを分析する予測モデルを利用しています。
利用できるデータが増えれば、通常とは異なる取引や申告内容の特徴などを分析できる可能性も広がります。
専門部署による人的な分析と、KSK2によるデータ分析を組み合わせることが重要になります。
個別企業への対応だけでは終わらない
租税回避対策で注目したいのは、税務調査で問題を指摘して終わるわけではないことです。
青木孝徳国税庁長官は、租税回避スキームについて把握した税制上の問題を財務省へ情報提供するとしています。
これは重要な仕組みです。
ある租税回避が現在の税法の隙間や制度上の想定外の部分を利用しているのであれば、個別の税務調査だけでは同じような取引が繰り返される可能性があります。
そこで、税務行政の現場で把握した問題を税制を企画する側へ伝えるわけです。
国税庁と財務省では役割が違う
国税庁と財務省の役割を分けて考えると、この仕組みが分かりやすくなります。
国税庁は、実際の申告や税務調査などを通じて税法を執行する立場です。
そのため、企業や個人がどのような取引を行い、どのような税務上の問題が生じているのかを現場で把握できます。
一方、税制そのものの企画や立案には財務省が関わります。
国税庁が現場で把握した新しい租税回避スキームや制度上の課題を財務省へ伝えれば、将来の税制改正を検討する材料になります。
税務調査と税制改正が情報によってつながることになります。
税制改正と租税回避は追いかけ合う関係になる
新しい取引が登場すると、それまでの税法では十分に想定されていなかった問題が生じることがあります。
その問題に対応して税制を改正しても、さらに別の取引方法が考えられる可能性があります。
経済活動が変化する以上、税制を一度作ればすべての問題が永久に解決するわけではありません。
そのため、税務調査の現場で新しい動きを把握し、必要に応じて制度を見直す循環が重要になります。
専担部署の拡大には、新しい租税回避スキームを早い段階で把握する意味もあります。
通常の海外取引まで問題になるわけではない
租税回避対策が強化されると、海外取引を行うだけで問題視されるのではないかと考える人もいるかもしれません。
しかし、海外子会社を設立したり、外国企業と取引したりすること自体が問題なのではありません。
企業が海外で事業を展開することは通常の経済活動です。
重要なのは、取引に事業上の合理性や実態があり、税法に従って適切に処理、申告されていることです。
国際取引が複雑になるほど、契約内容や取引の目的、資金の流れなどを説明できる資料を整えておくことが重要になります。
結論
国税庁は2026事務年度から、租税回避スキームへの対応を担当する専担部署を拡大しています。
背景には、企業活動や資金移動の国際化によって、租税回避の仕組みが複雑になっていることがあります。
対応には、国内の申告情報や法定調書だけでなく、租税条約などに基づいて海外から得られる情報も活用します。
さらにKSK2によるデータ活用やAIによる分析も進んでいきます。
そして重要なのは、個別の税務調査だけで終わらないことです。
国税庁が調査の現場で把握した税制上の問題を財務省と共有することで、必要に応じて将来の制度見直しにつなげます。
租税回避対策は、問題のある取引を一件ずつ調べるだけの仕事ではありません。
専門部署に情報を集約し、国内外のデータを分析し、そこで見つかった制度上の課題を税制へ戻すという循環を作ることで、新しい租税回避スキームに対応していく仕組みなのです。
参考
税のしるべ 2026年9月21日 青木新長官にインタビュー、KSK2導入で納税者の利便性向上へ