パートタイム労働者が厚生年金や健康保険に加入するかどうかは、本人の年収や労働時間だけで決まるわけではありません。
これまで重要な条件の一つとなってきたのが「勤務先の企業規模」です。
同じ時間働き、同じくらいの給与を受け取っていても、勤務先の規模によって社会保険への加入状況が異なるケースがありました。
しかし、この企業規模要件も段階的に縮小され、最終的には2035年10月に撤廃される予定です。
なぜ企業規模によって社会保険の扱いを分けてきたのでしょうか。そして、この要件がなくなるとパートの働き方はどう変わるのでしょうか。
企業規模要件とは何か
短時間労働者への社会保険適用では、週の所定労働時間が通常の労働者より短い人についても、一定の要件を満たせば厚生年金や健康保険に加入する仕組みが設けられています。
その際、長く設けられてきたのが企業規模要件です。
現在の制度では、原則として従業員51人以上の企業で働く短時間労働者が一定の条件を満たすと、社会保険の適用対象になります。
この「51人」という数字だけを見ると、会社全体で働くすべての従業員を単純に数えるように思えるかもしれません。
しかし、企業規模の判定には社会保険制度上の考え方があります。
そのため実務では単純な社員数だけで判断せず、自社がどの区分に該当するのかを確認することが重要です。
最初は501人以上の企業が対象だった
短時間労働者への社会保険適用が本格的に拡大された2016年当初、企業規模要件は501人以上でした。
つまり、まず大企業を中心に制度を適用したわけです。
その後、対象範囲は段階的に広げられてきました。
2022年10月には101人以上へ、2024年10月には51人以上へと対象が拡大されました。
いきなりすべての企業を対象にするのではなく、大企業から中小企業へ徐々に社会保険の適用範囲を広げてきたことが分かります。
なぜ中小企業には企業規模要件が設けられたのか
企業規模要件が設けられた大きな理由の一つが、中小・零細企業の負担への配慮です。
厚生年金や健康保険の保険料は、基本的に従業員だけが負担するものではありません。
会社も保険料を負担します。
例えば厚生年金の保険料率は18.3パーセントですが、原則として労働者と会社が半分ずつ負担します。
短時間労働者を社会保険の対象にすると、本人の給与から社会保険料が差し引かれる一方、会社にも新たな保険料負担が発生します。
パート従業員を多数雇用する企業では、その影響は決して小さくありません。
特に利益率の低い中小企業にとって、急激な社会保険料負担の増加は経営を圧迫する可能性があります。
そこで制度導入時には大企業から適用を始め、中小企業には準備期間を設ける考え方が採られました。
企業には保険料以外の負担もある
社会保険の適用拡大によって企業に発生するのは、保険料負担だけではありません。
加入対象者を確認し、資格取得の手続きを行い、給与から保険料を控除するなどの事務も必要になります。
パート従業員が多い企業では、
誰が加入対象なのか
週の所定労働時間はいくらなのか
雇用契約が変更されていないか
といった情報を継続的に管理しなければなりません。
社会保険に詳しい担当者がいる大企業と違い、小規模企業では経営者や少人数の管理部門がこうした事務を担当しているケースもあります。
企業規模要件には、こうした実務負担への配慮という側面もありました。
なぜ企業規模要件を撤廃するのか
一方で、企業規模によって社会保険への加入条件が違うことには問題もあります。
典型的なのが、同じ働き方なのに勤務先によって社会保険への加入状況が変わることです。
例えば同じ時給で週20時間働いている二人がいたとしても、勤務先の企業規模によって社会保険の扱いが異なる可能性があります。
働く人から見れば、
どのくらい働いているのか
ではなく、
どの会社で働いているのか
によって保障が変わることになります。
社会保険を働き方に対してできるだけ中立的な制度にしていくのであれば、こうした違いは小さくしていく必要があります。
そのため企業規模要件を段階的に縮小し、最終的には撤廃する方向が示されています。
2035年10月には企業規模要件がなくなる
企業規模要件は今後、段階的に縮小されていく予定です。
そして2035年10月には撤廃されることになっています。
これは短時間労働者の社会保険制度にとって大きな転換です。
これまでの制度では、
週何時間働くか
賃金はいくらか
どの規模の企業で働くか
といった複数の条件によって加入対象が決まっていました。
しかし賃金要件の撤廃に続いて企業規模要件もなくなれば、企業の大きさよりも労働時間を中心として社会保険加入を考える制度へ近づいていきます。
小さな会社で働くパートにも影響が広がる
企業規模要件の撤廃で大きな影響を受けるのは、中小・零細企業で働くパートタイム労働者です。
これまで企業規模の関係で短時間労働者への適用拡大の対象になっていなかった人にも、社会保険加入の可能性が広がります。
例えば飲食店、小売店、介護事業所など、パート従業員を多く活用している業種では影響が大きくなる可能性があります。
働く側には厚生年金などの保障が広がる一方、給与から社会保険料が控除されることで手取りが減るケースもあります。
企業側にも保険料負担が発生します。
適用拡大は労働者だけではなく、中小企業の経営にも関わる改革なのです。
企業規模による働き方選びも変わる
これまでは社会保険への加入を希望するかどうかによって、勤務先の規模が働き方を選ぶ一つの要素になる場合がありました。
社会保険に加入したい人にとっては、適用対象となる企業で働くことに意味があります。
反対に扶養の範囲内で働きたい人にとっては、企業規模も確認事項の一つでした。
しかし企業規模要件が撤廃されれば、この違いは小さくなります。
「大企業だから加入する」「小さな会社だから加入しない」という制度ではなくなっていくわけです。
勤務先の規模よりも、本人の働き方そのものが重要になります。
中小企業では人材戦略にも影響する
企業規模要件の撤廃は、中小企業の採用戦略にも影響を与える可能性があります。
社会保険料負担を抑えるために短時間勤務を増やそうとする企業が出てくるかもしれません。
一方で、社会保険への加入を希望する人にとっては、小規模企業でも安心して長時間働きやすくなります。
人手不足が深刻になるなかで、
社会保険に加入できる
厚生年金を積み上げられる
一定の保障を受けられる
という条件は、人材確保の面では企業の魅力にもなります。
社会保険料を単純なコストとして考えるだけでなく、人材確保や定着のための費用として考える企業も増えていくでしょう。
社会保険は勤務先ではなく働き方で決まる方向へ
社会保険の適用拡大を長い時間軸で見ると、一つの方向性が見えてきます。
2016年には501人以上だった企業規模要件が段階的に縮小され、2024年には51人以上となりました。
2026年10月には賃金要件が撤廃されます。
さらに2035年10月には企業規模要件も撤廃される予定です。
つまり、
どのくらい稼いでいるか
どのくらい大きな会社で働いているか
という条件を減らし、
一定程度働いている人には社会保険を適用する
という方向へ制度が変わっています。
その中心となるのが週20時間という労働時間です。
結論
社会保険の企業規模要件は、短時間労働者への社会保険適用を大企業から段階的に広げるために設けられてきた仕組みです。
背景には、社会保険料の半分を負担する企業、特に中小・零細企業への配慮がありました。
しかし企業規模によって社会保険への加入状況が異なれば、同じように働く人の間で保障に違いが生じます。
そこで企業規模要件は段階的に縮小され、2035年10月には撤廃される予定です。
賃金要件の撤廃と企業規模要件の撤廃。
二つの改革を合わせて見ると、社会保険制度が向かっている方向が分かります。
これから重要になるのは「いくら稼ぐか」「どの会社で働くか」ではなく、「どのくらい働くか」です。
企業規模要件の撤廃は、パートタイム労働者の社会保険を勤務先の規模ではなく、本人の働き方を中心に考える制度へ転換していく重要な改革といえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月9日朝刊 Views 先読み「パートの社保適用、賃金要件撤廃 就労の壁、焦点は時間に」