相続した不動産を売却しようとしたところ、不動産仲介業者の査定額が相続税評価額より大幅に低かったというケースがあります。
例えば、相続税評価額が1,700万円の土地について、不動産仲介業者から900万円という査定額が提示された場合です。
相続人としては、相続税の計算では1,700万円と評価されたのに、実際には900万円でしか売れないのかと疑問を感じるでしょう。
また、相続した土地を建売業者が3,000万円で購入したいと申し出てきた場合、その価格で売却してよいのかという問題もあります。
実は、不動産の売却価格は、誰に売るのか、どのような条件で売るのかによって大きく変わります。
さらに、不動産仲介業者の査定額が、必ずしも適正な市場価格を示しているとは限りません。
今回は、2026年度の税理士研修資料に掲載された2つの事例をもとに、相続不動産の売却価格と相続税評価額の違いについて解説します。
相続税評価額と売却価格は目的が異なる
相続税の土地評価では、原則として相続開始時点の時価を基礎として評価します。
実務では、財産評価基本通達に定められた路線価方式や倍率方式などを用いることが一般的です。
一方、不動産の売却価格は、売主と買主の間で合意した取引価格です。
土地の立地や形状、建物の状態などに加えて、売却時期や買主の事情によっても変わります。
例えば、同じ土地であっても、一般個人が自宅用地として購入する場合と、建売業者が商品化を目的として購入する場合では、購入希望価格が異なることがあります。
そのため、相続税評価額と売却価格が一致しないこと自体は、不自然なことではありません。
ただし、両者の差が大きい場合には、その理由を確認することが重要です。
相続税評価額に誤りがある可能性もあれば、不動産仲介業者の査定に問題がある可能性もあるからです。
築45年の建物付き土地を3,000万円で売却する事例
研修資料の最初の事例では、相続人が自宅の土地と建物を売却しようとしています。
土地の面積は100㎡です。
建物は築45年で、古家付きの状態で売却する予定です。
大手不動産仲介業者に査定を依頼したところ、査定額は3,000万円でした。
相続人は、この金額が少し低いと感じています。
しかし、建売業者が3,000万円で購入したいと申し出ています。
相続人は特に売却を急いでいません。
このような場合、3,000万円でそのまま売却してよいのでしょうか。
研修資料では、売却価格は買主によって変わるため、建売業者の購入希望価格だけで判断しないことが重要だと説明されています。
建売業者の購入価格は仕入れ値になる
建売業者は、土地を購入した後、建物を建築するなどして商品化し、一般消費者に販売することを目的としています。
そのため、土地の購入価格は、事業として利益を確保できる水準に設定する必要があります。
例えば、土地の購入費用に加えて、建物の解体費、建築費、販売経費、金利負担などが発生する場合があります。
さらに、事業上の利益も確保しなければなりません。
したがって、建売業者が提示する価格は、一般個人が自宅用地として購入する場合の価格より低くなることがあります。
研修資料では、建売業者などの購入価格は、いわゆる仕入れ値であり、市場価格より低いことが一般的だと説明されています。
例えば、開発を必要とする5,000㎡程度の大きな土地では、開発業者や建売業者が主な買主となることがあり、研修資料では市場価格の5割から9割程度という価格イメージが示されています。
ただし、この割合は研修講師が示した一般的な目安であり、すべての土地に適用できるものではありません。
土地の立地や開発条件、需要などによって、実際の取引価格は異なります。
100㎡の土地なら一般個人への売却も検討できる
今回の事例では、土地の面積は100㎡です。
この程度の面積であれば、一般個人が自宅用地として購入することも十分に考えられます。
研修資料では、100㎡程度の土地については、一般個人が買主となることが想定され、市場価格に近い水準で売却できる可能性があると説明されています。
今回、建売業者の購入希望価格は3,000万円です。
これに対して、研修資料では、一般個人であれば3,500万円程度で売却できる可能性があるという見解が示されています。
両者の差額は500万円です。
3,000万円と3,500万円では、売却代金に約17%の差があります。
もちろん、3,500万円で必ず売却できるという意味ではありません。
あくまでも、買主を建売業者に限定せず、一般個人への売却も検討する余地があるということです。
特に売却を急いでいない場合には、複数の売却方法を比較することが重要になります。
売却価格と売却期間には関係がある
不動産の売却では、価格だけでなく、成約までの期間も重要です。
建売業者などに売却する場合には、比較的短期間で契約や引渡しまで進むことがあります。
一方、一般個人に売却する場合には、広告活動や購入希望者への現地案内などが必要になります。
また、購入希望者が住宅ローンを利用する場合には、金融機関の審査が必要です。
審査が通らず、売買契約に至らないケースもあります。
そのため、一般個人への売却は、建売業者への売却より時間がかかることがあります。
例えば、相続税の納税資金を確保するため、早急に不動産を現金化する必要がある場合です。
このような場合には、多少価格が低くても、短期間で売却できる方法を選択する合理性があります。
一方、売却を急いでいない場合には、一般個人への売却を検討することで、より高い価格で成約できる可能性があります。
重要なのは、相続人が何を優先するかということです。
最初の購入希望者が最も高い価格を提示する場合もある
ここで注意したいのは、売却期間を長くすれば必ず高く売れるわけではないという点です。
研修資料では、売り出し直後に現れた購入希望者が、結果的に最も高い価格を提示していたというケースもあると説明されています。
例えば、3,500万円で売り出した土地に対して、早い段階で3,400万円の購入希望があったとします。
売主がさらに高い価格を期待して売却を見送ったものの、その後は購入希望者が現れず、最終的に3,200万円で売却することになる場合も考えられます。
これは説明のための仮定例ですが、不動産売却ではタイミングも重要であることが分かります。
したがって、建売業者への売却と一般個人への売却を比較する場合には、価格だけでなく、成約までの期間や売却条件も考慮する必要があります。
古家付き売却と更地売却でも価格は変わる
今回の事例では、築45年の建物が存在しています。
このような土地を売却する場合、古家付きのまま売却する方法と、建物を解体して更地にしてから売却する方法があります。
古家付きで売却する場合には、売主が解体費用を負担せずに済むことがあります。
一方、買主が建物を解体する予定であれば、その費用を考慮して購入価格を決める可能性があります。
更地にしてから売却する場合には、土地の利用イメージが明確になる一方、売主が解体費用を負担する必要があります。
また、測量費用や境界確定費用などが発生する場合もあります。
そのため、売却価格だけでなく、売却に伴う費用を差し引いた手取り額で比較することが重要です。
研修資料でも、解体費や測量費の負担、更地で売るか古家付きで売るかなどが、売却価格を左右する要因として挙げられています。
相続税評価額1,700万円なのに査定額900万円の事例
次に、研修資料のもう1つの事例を見てみましょう。
評価対象地は、道路から細長い通路を通って奥の敷地に入る旗竿状の土地です。
通路部分の土地の幅は2mあります。
しかし、敷地境界線上に幅10cmのブロック塀が設置されているため、人が実際に通行できる幅は1.9mとなっています。
この土地について、不動産仲介業者に売却査定を依頼したところ、査定額は900万円でした。
一方、固定資産税評価額は1,500万円です。
さらに、相続税評価では、無道路地としての減価を検討した場合でも1,700万円となっていました。
つまり、不動産仲介業者の査定額900万円と、相続税評価額1,700万円との間に800万円もの差があります。
なぜ、このような大きな差が生じたのでしょうか。
仲介業者は無道路地として50%減額していた
研修資料によると、不動産仲介業者は、この土地を無道路地として査定していました。
その理由は、ブロック塀によって通路の有効幅が1.9mとなり、建築基準法上の接道義務を満たしていないと判断したためです。
建築基準法では、原則として、建築物の敷地は建築基準法上の道路に2m以上接する必要があります。
仲介業者は、通路の有効幅が1.9mしかないため、建物の建て替えができない土地と判断したようです。
その結果、無道路地として50%の減額を行い、900万円という査定額を提示していました。
しかし、研修資料では、この判断は誤っていると説明されています。
重要なのは、人が実際に通行できる幅と、法律上の敷地の接道距離を区別することです。
有効幅1.9mでも接道距離は2mある
今回の事例では、通路部分の土地そのものの幅は2mあります。
一方、敷地境界線上にブロック塀があるため、実際に人が通行できる幅は1.9mとなっています。
研修資料では、この場合、土地自体の接道距離は2m以上あるため、建築基準法上の接道義務を満たしていると判断しています。
つまり、通行できる幅が1.9mであっても、法律上の接道距離が2m確保されているのであれば、直ちに無道路地とはならないということです。
そのため、研修資料では、この土地について既存建物の建て替えが可能であり、無道路地ではないという見解が示されています。
ただし、実際の建て替えの可否は、敷地境界の位置や道路の種類、建築基準法その他の規制によって判断する必要があります。
また、ブロック塀の位置や所有関係についても確認が必要です。
今回の研修資料の判断は、土地自体の接道距離が2m以上確保されていることを前提としています。
査定額が低いから相続税評価額が誤りとは限らない
今回の事例で重要なのは、不動産仲介業者の査定額が必ずしも正しいとは限らないという点です。
相続税評価額が1,700万円であるのに対して、仲介業者の査定額は900万円でした。
この差を見ると、相続税評価額が高すぎるのではないかと考えたくなります。
しかし、研修資料では、仲介業者が接道義務の判断を誤り、無道路地として過大な減額を行っていた可能性が指摘されています。
つまり、問題があるのは相続税評価額ではなく、仲介業者の査定額である可能性があります。
不動産仲介業者の査定は、売却活動のために行われるものです。
そのため、査定額は必ずしも公平中立な立場から算定された市場価値と一致するとは限りません。
また、早期売却を前提とした査定や、不動産買取業者の購入希望価格を反映した査定では、通常の市場価格より低い金額が提示されることがあります。
したがって、仲介業者の査定額が相続税評価額より低いという理由だけで、相続税評価額を引き下げることは適切ではありません。
査定額に疑問がある場合は再調査を依頼する
今回の研修資料では、仲介業者の査定額に疑問がある場合の対応方法も示されています。
まず、別の不動産会社にも査定を依頼する方法があります。
複数の査定額を比較することで、最初の査定が市場の実態から大きく外れていないかを確認できます。
また、最初に査定を依頼した仲介業者に対して、建築基準法上の接道義務について再調査を依頼することも考えられます。
例えば、市区町村の建築指導担当部署などで、道路の種類や接道距離、建て替えの可否を確認してもらいます。
その結果、無道路地ではないことが確認できれば、査定額が見直される可能性があります。
研修資料でも、別の不動産会社に査定を依頼するか、最初の仲介業者に再調査を求め、査定書を再発行してもらうことが推奨されています。
相続税評価と売却査定は分けて検討する
相続不動産については、相続税評価と売却査定を混同しないことが重要です。
相続税評価は、相続開始時点における財産の価額を税法上の評価方法に基づいて算定するものです。
一方、売却査定は、一定の売却条件のもとで、どの程度の価格で売却できるかを見積もるものです。
そのため、両者の金額が異なること自体は珍しくありません。
ただし、差が大きい場合には、その理由を確認する必要があります。
例えば、建築規制や接道条件、土地の形状、買主の属性、売却期間などが価格差の原因となる場合があります。
また、不動産仲介業者が土地の法的条件を誤って判断している可能性もあります。
したがって、査定額と相続税評価額の差が大きい場合には、どちらか一方が必ず正しいと決めつけないことが重要です。
相続人にとって重要なのは売却後の手取り額
相続不動産を売却する場合には、売却価格だけでなく、最終的な手取り額も重要です。
例えば、建売業者に3,000万円で売却する場合と、一般個人に3,500万円で売却する場合を考えてみましょう。
単純な売却価格の差額は500万円です。
しかし、一般個人への売却にあたって、建物の解体費用や測量費用などを売主が負担する場合には、その分だけ手取り額が減少します。
また、売却によって譲渡所得が生じる場合には、所得税や住民税などの税負担も考慮する必要があります。
相続した不動産については、取得費加算の特例や、一定の要件を満たす被相続人居住用家屋等の譲渡に関する特例などが関係する場合もあります。
ただし、これらの特例は適用要件が異なり、すべての相続不動産に適用できるものではありません。
したがって、売却価格だけを比較するのではなく、売却費用や税負担も含めて検討することが重要です。
相続人の意向を確認して売却方法を決める
今回の研修資料では、不動産売却において、相続人の意向を確認することの重要性が強調されています。
例えば、できるだけ高い価格で売却したいのか、早期に現金化したいのかによって、適切な売却方法は異なります。
また、相続人が複数いる場合には、売却価格や売却時期について意見が分かれることもあります。
そのため、売却活動を始める前に、相続人の希望や優先順位を整理しておくことが重要です。
特に、相続税の納税資金を確保する必要がある場合には、売却までの期間が重要になります。
一方、納税資金に余裕があり、売却を急いでいない場合には、一般個人への売却を含めて複数の方法を比較することが考えられます。
重要なのは、売却価格の高さだけでなく、売却期間や費用、相続人の事情を総合的に判断することです。
結論
相続不動産の売却価格と相続税評価額は、必ずしも一致しません。
今回の研修資料では、築45年の建物付き100㎡の土地について、建売業者が3,000万円で購入を希望している事例が紹介されています。
この事例では、一般個人に売却すれば3,500万円程度で成約できる可能性があるという見解が示されています。
ただし、売却価格だけでなく、成約までの期間や解体費、測量費などの負担も考慮する必要があります。
また、旗竿状の土地について、不動産仲介業者の査定額が900万円である一方、相続税評価額が1,700万円となっている事例も紹介されています。
この事例では、仲介業者が通路の有効幅1.9mを理由に無道路地と判断していました。
しかし、土地自体の接道距離は2m以上あり、研修資料では無道路地ではないと判断されています。
つまり、不動産仲介業者の査定額が相続税評価額より大幅に低い場合でも、相続税評価額が誤っているとは限りません。
むしろ、仲介業者の査定に誤りがある可能性もあります。
相続不動産を適正に評価し、納得できる価格で売却するためには、税法上の評価と市場での売却査定を区別して考えることが重要です。
そして、価格差が大きい場合には、土地の法的条件や売却条件を確認し、その理由を丁寧に検討する必要があります。
相続不動産の売却では、誰に売るのか、どのような条件で売るのか、いつ売るのかによって結果が変わります。
相続人が後悔しないためには、複数の選択肢を比較し、売却価格だけでなく、期間や費用、税負担まで含めて総合的に判断することが大切なのです。
参考
東京税理士会 2026年8月13日 令和8年度第16回会員研修会資料 相続・贈与の土地評価実務Q&A
国税庁 財産評価基本通達 土地及び土地の上に存する権利の評価
建築基準法 第43条 敷地等と道路との関係
国税庁 譲渡所得の計算及び相続財産を譲渡した場合の取得費の特例