監査法人は不正を見つける責任があるのか 監査への期待と実際の役割に差が生まれる理由編

会計
グレーとモスグリーン WEBデザイン 特集 ブログアイキャッチ - 1

企業で大規模な会計不正が発覚すると、「監査法人はなぜ見抜けなかったのか」という疑問が必ずといってよいほど出てきます。

毎年、公認会計士が監査していたのに、何年間も不正が続いていたとなれば、そう考えるのも自然です。

では、監査法人には企業内のあらゆる不正を発見する責任があるのでしょうか。

この問題を理解するために重要なのが「期待ギャップ」という考え方です。

社会が監査に期待していることと、実際の監査が提供する保証との間には差があります。

日本公認会計士協会が進めている不正に関する監査基準の改正は、この問題を考えるうえでも重要な意味を持っています。

監査の目的は何か

財務諸表監査の目的は、企業が作成した財務諸表に重要な虚偽表示がないかについて監査人が合理的な保証を得て、その結果に基づいて監査意見を表明することです。

ここで重要なのが「重要な虚偽表示」という言葉です。

監査では、決算書に存在するあらゆる小さな間違いを一つ残らず発見することを目的としているわけではありません。

投資家などの意思決定に影響を与える可能性のある重要な誤りや不正に焦点を当てます。

そしてもう一つ重要なのが「合理的な保証」です。

監査は絶対的な保証ではありません。

不正による虚偽表示も監査対象になる

財務諸表の重要な虚偽表示には、大きく分けて誤謬によるものと不正によるものがあります。

誤謬とは、意図せず発生した間違いです。

一方、不正は意図的に財務諸表をゆがめる行為です。

例えば存在しない売上を計上する架空売上、本来翌期の売上を当期に計上する前倒し、費用の不適切な繰り延べなどがあります。

こうした不正によって財務諸表に重要な虚偽表示が生じるリスクも、監査人が考慮すべき対象です。

したがって「不正は監査法人の仕事とは関係ない」という理解も正しくありません。

それでもすべての不正を発見できるわけではない

では、監査を受けていれば重要な不正は必ず発見されるのでしょうか。

そうとは限りません。

不正は、発見されないよう意図的に隠されるからです。

架空の書類を作成することもあります。

複数の社員や取引先が共謀することもあります。

経営者自身が不正に関与し、内部統制を無効化する場合もあります。

通常の誤りと比較すると、不正による虚偽表示は発見が難しくなる傾向があります。

監査にはこうした固有の限界があります。

監査はすべての取引を調べるわけではない

巨大企業では一年間に膨大な数の取引が発生します。

監査人がすべての請求書、領収書、契約書、仕訳を一件ずつ確認することは現実的ではありません。

そこで監査では、重要な虚偽表示が発生するリスクを評価し、リスクの高い領域に重点的に監査手続きを行います。

必要に応じて取引を抽出して確認する試査も利用します。

これは監査を効率的かつ効果的に行うために必要な考え方ですが、すべての取引を100パーセント確認するわけではない以上、不正を必ず発見できるとは限りません。

期待ギャップとは何か

ここで問題になるのが期待ギャップです。

一般の投資家からすると「監査法人が適正意見を出しているのだから、不正は存在しない」と考えてしまうことがあります。

しかし、適正意見は企業に不正が一切存在しないことを保証するものではありません。

また、企業が将来も成長することや倒産しないことを保証するものでもありません。

監査人が一定の監査基準に従って監査を行い、財務諸表が重要な点において適正に表示されていると判断したことを示すものです。

社会が「不正をすべて発見してくれる」と期待する一方、実際の監査は合理的な保証を提供するものです。

この差が期待ギャップの一つです。

だからといって監査の責任が軽いわけではない

監査には限界があると説明すると、「それなら不正を見逃しても監査法人には責任がないのか」と思うかもしれません。

もちろん、そういうことではありません。

監査人には、監査基準に従って不正リスクを適切に評価し、それに対応した監査手続きを行うことが求められます。

不自然な取引や矛盾する証拠があるのに十分な検討をしなかった場合などには、監査の品質そのものが問題になります。

重要なのは「不正が発覚した」という結果だけで監査の適否を判断するのではなく、その時点で監査人がどのようなリスクを把握し、どのような監査手続きを行っていたのかを見ることです。

今回の基準改正で何が変わるのか

日本公認会計士協会は、不正に関する監査基準の改正を進めています。

改正後の基準は2028年3月期の監査から適用される見通しです。

重要な変更の一つが、監査人が特に重要と判断した不正リスクに関する事項をKAMとして監査報告書に記載することです。

これによって投資家は、監査人が企業のどの領域に重要な不正リスクがあると考えたのかを把握しやすくなります。

監査が終了した結果だけでなく、監査人がどこを重要視したのかが見えやすくなるわけです。

不正を把握した後の対応も強化される

今回の改正では、不正やその疑いを把握した場合の監査手続きも明確化されます。

監査人が会社側の監査役などへ質問することや、企業が実施した調査や是正措置が適切なのかを評価することなどが想定されています。

明らかに軽微なものを除き、追加の監査手続きを実施することも求められる方向です。

また、経営者の説明を裏付ける証拠だけを集めるのではなく、それと矛盾する証拠を排除しないことも重要になります。

監査人がより強い職業的懐疑心を持って不正リスクに向き合うことが求められているのです。

投資家も監査報告書を読む時代になる

これまで個人投資家の企業分析では、売上高、利益、配当、株価指標などに注目することが一般的でした。

しかし、監査報告書にも企業のリスクを理解するための重要な情報があります。

特にKAMには、監査人が重要と判断した領域と、それに対してどのように監査したのかが記載されます。

今後、不正リスクに関する情報がKAMとして開示されるようになれば、その重要性はさらに高まります。

適正意見が出ているかどうかだけを見るのではなく、監査人が何を重要なリスクとして認識しているのかまで読むことが大切になります。

結論

監査法人には、財務諸表に重要な虚偽表示をもたらす不正リスクを考慮し、それに対応した監査を行う責任があります。

一方で、企業内部に存在するすべての不正を必ず発見することを保証しているわけではありません。

監査は合理的な保証を提供するものであり、絶対的な保証ではないからです。

不正は意図的に隠され、書類の偽造や複数人の共謀、経営者による内部統制の無効化などによって発見が難しくなることもあります。

こうした監査の実際と「監査法人なら不正をすべて発見してくれるはずだ」という社会の期待との差が、期待ギャップにつながります。

今回の監査基準改正では、不正リスクへの対応を強化するとともに、重要な不正リスクを監査報告書で見えるようにする方向が示されています。

監査への信頼を高めるには、監査人が不正リスクに適切に対応するだけでなく、投資家側も監査が何を保証し、何を保証していないのかを理解することが重要です。

監査報告書は単なる「合格通知」ではありません。

企業の財務報告をどのような視点から検証したのかを知るための情報として読むことが、これから一段と重要になるでしょう。

参考

日本経済新聞 2026年9月12日 朝刊 監査報告書、不正リスク記載

タイトルとURLをコピーしました