日本の上場企業では、同じ監査法人による監査が長期間続いているケースが少なくありません。
日本経済新聞の調査によると、上場企業約3,800社のうち、同じ監査法人から30年以上継続して監査を受けている企業は954社に達しました。全体の約25%に相当します。
会計不正が問題となったニデックでは、監査法人との関係が前身法人を含めて約40年に及んでいました。
長年の監査契約は、企業への理解を深め、監査の効率性を高める一方、企業と監査法人の関係が固定化し、独立した立場から経営をけん制する機能が弱まる可能性もあります。
企業の財務情報に対する信頼性を確保するためには、監査法人との契約期間をどのように考えるべきなのでしょうか。
今回は、監査法人の長期契約の実態、ニデック問題から浮かび上がる課題、海外との制度比較、企業統治の観点から求められる対応について解説します。
上場企業の4社に1社が30年以上同じ監査法人
日本経済新聞が上場企業約3,800社の有価証券報告書を分析したところ、継続監査期間が30年以上の企業は954社でした。
全体の約25%を占め、平均継続監査期間は20年となっています。
さらに、70年以上同じ監査法人から監査を受けている企業も29社ありました。
例えば、ENEOSホールディングスはEY新日本監査法人を76年間起用しています。
日産化学も同じ監査法人との契約が51年間続いています。
これらの企業は、長期契約によって事業内容や会計方針への理解が深まり、効率的で質の高い監査が期待できると説明しています。
確かに、企業の事業構造や会計処理は複雑化しています。
海外子会社を多数抱える企業では、グループ全体の事業内容や内部統制を理解するだけでも相当な時間が必要です。
監査法人を頻繁に変更すると、こうした知識の蓄積が失われる可能性があります。
しかし、長期契約による効率性と監査の独立性は、必ずしも同じ方向に働くわけではありません。
ニデックの約40年に及ぶ監査契約が示した問題
ニデックでは、PwCジャパン監査法人との監査契約が前身法人を含めて約40年間続いていました。
長年の関係の中で、監査法人が経営陣に対して十分なけん制機能を発揮できていたのかが問われています。
ニデックの会計問題では、巨額の減損損失や不適切な会計処理が明らかになりました。
2026年3月期の連結決算では、最終赤字が5,646億円となり、減損損失は6,321億円に達しました。
監査法人は財務諸表に対する監査意見を表明できず、意見不表明となりました。
もっとも、長期契約そのものが会計不正の原因だったと断定することはできません。
重要なのは、監査法人が経営陣から独立した立場を維持し、必要な場合には厳しい指摘や修正要求を行える関係にあったかどうかです。
企業と監査法人の間に長年の信頼関係があっても、それが経営判断を無批判に受け入れる関係に変わってしまえば、監査の本来の役割は果たせません。
監査法人の独立性が重要な理由
監査法人は、企業が作成した財務諸表について、会計基準に照らして重要な虚偽表示がないかを検証します。
その役割は、経営者の判断を支持することではありません。
株主や債権者、投資家などの利害関係者に対して、財務情報の信頼性を高めることです。
監査法人の独立性には、実質的な独立性と外観的な独立性があります。
実質的な独立性とは、経営者から不当な影響を受けず、専門家として客観的に判断できることです。
外観的な独立性とは、第三者から見ても監査法人の判断が独立していると認識できることです。
例えば、ある企業と監査法人が40年間契約を続けていたとしても、それだけで監査の独立性が失われたとはいえません。
しかし、経営陣との関係が過度に親密になっていたり、重要な会計判断について十分な検証が行われていなかったりすれば、独立性への疑念が生じます。
監査は実際に適切であるだけでなく、投資家から信頼されることも重要なのです。
長期契約には監査品質を高める側面もある
監査法人との契約期間が長いことには、合理的な理由もあります。
特に製造業や金融業などでは、事業構造や会計処理が複雑です。
製造業であれば、棚卸資産の評価、固定資産の減損、海外子会社の管理、研究開発費の会計処理など、多くの専門的な判断が必要になります。
金融機関では、貸倒引当金、有価証券の評価、金融商品の時価算定などが重要な監査対象となります。
長期間同じ企業を担当することで、監査法人は企業固有のリスクを把握しやすくなります。
過去の会計処理や経営判断の経緯を理解していれば、異常な変化にも気づきやすくなる可能性があります。
一方、監査法人を変更すると、新しい監査法人が企業の実態を理解するまでに時間がかかります。
監査業界の専門家からは、十分な理解には少なくとも3年程度が必要との指摘もあります。
つまり、監査法人の交代は、必ずしも直ちに監査品質の向上につながるわけではありません。
長期契約による知識の蓄積と、独立性の確保をどのように両立させるかが重要になります。
欧州では監査法人の強制交代制度を導入
欧州連合では、2016年に監査法人の強制交代制度が導入されました。
上場企業などの公益性の高い企業について、原則として10年で監査法人を交代する仕組みです。
一定の条件を満たす場合には契約期間の延長も認められていますが、同じ監査法人との関係が無期限に続くことを防ぐ制度となっています。
これをファームローテーション制度と呼びます。
制度の目的は、監査法人と企業の長期的な関係によって生じるなれ合いを防ぎ、監査の独立性を高めることです。
一方、日本と米国では、監査法人そのものを一定期間で強制交代させる一般的な制度は導入されていません。
日本でも2015年の東芝の不正会計問題を契機として導入が議論されました。
しかし、企業と監査法人の双方に生じるコスト負担や監査品質への影響などが懸念され、2020年に導入が見送られました。
制度の違いは、監査の独立性を確保する方法について、各国が異なる考え方を採用していることを示しています。
日本では監査担当者の交代制度を採用
日本では、監査法人そのものではなく、監査を担当する公認会計士を定期的に交代させる制度が採用されています。
上場企業の監査では、監査チームを統括する筆頭会計士が同じ企業を連続して担当できる期間は原則7年です。
その後は5年間のインターバルを設ける必要があります。
これはパートナーローテーション制度と呼ばれています。
監査法人に蓄積された企業情報や専門知識を維持しながら、監査責任者を交代させることで、新たな視点を取り入れることが期待されています。
EY新日本監査法人では、筆頭会計士が所定の担当期間を終えた後、再び同じ企業の担当に戻ることを認めない独自の運用を行っています。
ただし、担当者が交代しても、監査法人全体として企業との関係が固定化している場合には、十分な独立性が確保されるとは限りません。
担当者の交代だけでなく、監査法人内部の品質管理や経営陣との関係性を継続的に検証する必要があります。
監査法人を自主的に変更する企業が増えている
監査期間の長期化を理由として、自主的に監査法人を変更する企業もあります。
2026年には村田製作所やフジクラが監査法人の交代に踏み切りました。
両社とも1960年代から同じ監査法人を起用していました。
村田製作所は、監査法人を変更することで新たな視点からの監査が期待できると説明しています。
金融庁傘下の公認会計士・監査審査会によると、監査期間の長期化を理由として監査法人を変更した企業は、近年では年間40社前後あります。
2026年には、監査人交代全体の約3割を占めました。
こうした動きは、企業自身が監査の独立性や透明性を重視するようになっていることを示しています。
監査法人の変更は、単なる契約先の見直しではありません。
株主や投資家に対して、財務報告の信頼性を高めようとする企業の姿勢を示す機会にもなります。
監査法人の選任では監査報酬だけを重視してはならない
企業が監査法人を選任する際には、監査報酬も重要な判断材料となります。
しかし、監査報酬の安さだけを理由に監査法人を選ぶことには問題があります。
監査対象となる企業の規模や事業内容が複雑であるほど、十分な監査時間と専門人材が必要になるためです。
例えば、海外子会社を多数抱える企業では、現地監査人との連携や内部統制の検証などに相応の費用がかかります。
監査報酬を過度に抑制すれば、必要な監査資源の確保が難しくなる可能性があります。
一方、監査報酬が高ければ監査品質が保証されるわけでもありません。
企業の監査役会や監査等委員会は、監査報酬の妥当性だけでなく、監査計画、監査体制、専門性、独立性、過去の監査品質などを総合的に評価する必要があります。
監査法人を選任する責任は、企業統治の重要な一部なのです。
投資家は監査法人との関係にも注目すべき
投資家が企業の財務情報を評価する際には、売上高や利益、自己資本比率などの財務指標に注目することが一般的です。
しかし、財務諸表そのものの信頼性を確認することも重要です。
そのための手掛かりの一つが、有価証券報告書に記載されている継続監査期間です。
例えば、監査法人との契約が40年以上続いている企業については、なぜ同じ監査法人を継続して選任しているのかを確認することが考えられます。
また、監査法人の評価方法や監査役会との連携状況、重要な会計上の見積りについての議論なども確認すべき事項です。
監査法人を変更した企業についても、変更理由を確認する必要があります。
監査品質の向上を目的とした変更なのか、監査報酬の見直しなのか、あるいは会計処理を巡る意見の相違があったのかによって、その意味は異なります。
監査法人の交代そのものを好材料や悪材料と決めつけるのではなく、背景を丁寧に分析する姿勢が求められます。
監査の独立性を確保するために企業が取り組むべきこと
監査法人の長期契約を巡る問題は、単に契約年数を制限すれば解決するものではありません。
重要なのは、企業と監査法人の間に健全な緊張関係が維持されていることです。
そのためには、監査役会や監査等委員会が監査法人の独立性と監査品質を継続的に評価する必要があります。
特に、経営者の判断が大きく影響する減損会計、引当金、企業買収に伴うのれんの評価などについては、監査法人が十分な検証を行っているかが重要です。
また、監査法人から指摘された問題について、経営陣が適切に対応しているかも確認しなければなりません。
監査法人に対して必要な情報を迅速かつ正確に提供することも、企業側の重要な責任です。
監査法人を経営者の意向に沿わせる相手として扱うのではなく、財務報告の信頼性を高めるための独立した専門家として尊重する姿勢が求められます。
結論
日本の上場企業では、約4社に1社が同じ監査法人との契約を30年以上継続しています。
長期契約には、企業固有の事業内容や会計処理への理解を深め、効率的で質の高い監査を実現できるという利点があります。
一方で、企業と監査法人の関係が固定化することで、監査の独立性や経営へのけん制機能が弱まる可能性も否定できません。
ニデックの会計問題は、監査法人との長年の関係が、必ずしも財務報告の信頼性を保証するものではないことを改めて示しました。
欧州では監査法人の強制交代制度が導入されていますが、日本では監査担当者の交代制度を中心に独立性の確保を図っています。
今後は、監査法人の強制交代制度の是非について議論を深めるとともに、企業の監査役会や監査等委員会による監査法人の評価を一段と充実させる必要があります。
企業に求められるのは、監査法人との契約を長く続けることでも、短期間で変更することでもありません。
監査法人が経営陣から独立し、必要な場合には厳しい指摘ができる関係を維持することです。
監査法人との健全な緊張関係こそが、財務報告の信頼性を支え、企業価値を長期的に守る基盤になると考えます。
参考
日本経済新聞 2026年10月24日朝刊「監査契約『30年以上』3割 ニデックは40年、けん制機能弱まる恐れ」