若い世代が生命保険に加入する割合が低下することと、日本の長期金利にはどのような関係があるのでしょうか。
一見すると、ほとんど関係がないように見えます。
しかし生命保険会社を間に置いて考えると、一本の流れとしてつながります。
若者の金融行動が変われば、生命保険会社の契約者構成が変わります。
契約者構成が変われば、将来の保険金支払いまでの期間が変わります。
すると生保が購入する国債の年限が変わり、最終的には国債市場の需給や長期金利にも影響します。
家計の金融行動が巨大な金融市場へ波及していく仕組みを整理します。
出発点は若者の生命保険離れ
生命保険文化センターによると、2024年の生命保険加入率は世帯主が29歳以下の世帯で69.5%でした。
2012年と比べて約7ポイント低下しています。
30歳から34歳でも80.3%で、約9ポイント低下しました。
全年齢では89.2%です。
若年層ほど生命保険への加入率低下が目立っています。
生命保険市場の変化を考えるうえで、まずこの動きが重要になります。
若者の資産形成方法が変わっている
背景の一つに、家計の資産形成手段の多様化があります。
特に2024年から始まった新NISAによって、投資信託などを利用した長期の資産形成が身近になりました。
かつては生命保険に保障だけでなく貯蓄機能を求めるケースもありました。
現在は保障と資産形成を分け、資産形成についてはNISAなどを利用するという選択肢があります。
生命保険会社から見れば、若い世代から長期間預かる資金が以前ほど増えにくくなる可能性があります。
若い契約者が減ると平均年齢が上がる
既存の契約者は毎年年齢を重ねます。
そこへ若い新規契約者が大量に加われば、契約者全体の年齢構成は一定程度若返ります。
しかし若い人の新規加入が減れば、既存契約者の高齢化の影響が強くなります。
その結果、生保が保険金や給付金を支払うまでの平均的な期間も短くなっていきます。
若者の生保離れは、単なる販売件数の問題ではありません。
生保が抱える負債の性質そのものを変える可能性があります。
商品構成の変化も負債を短くする
変化は契約者の年齢だけではありません。
生命保険会社が販売する商品の中心も変わってきました。
かつて中心だった死亡保険に対して、現在は医療保険など第三分野商品の存在感が高まっています。
死亡保険では20年から30年程度の長い期間を想定する商品があります。
一方、医療保険などでは平均的な期間がそれより短くなる場合があります。
契約者の高齢化と商品構成の変化が重なり、生保の負債デュレーションを短くしています。
実際に負債デュレーションが短くなった
国内生保の負債デュレーションは、2003年度の20.1年から2025年度には16.3年へ短縮したとの試算があります。
3.8年短くなったことになります。
個別企業でも変化は大きくなっています。
第一生命保険では2021年3月末の21.2年から2026年3月末には13.8年となりました。
かんぽ生命保険でも2022年3月末の12.7年から2026年3月末には9.8年へ短縮しています。
生保の負債構造は実際に変化しているのです。
負債が短くなれば資産も短くできる
生命保険会社はALMによって資産と負債を一体的に管理します。
将来の保険金支払いまで20年程度あるなら、それに対応して20年債や30年債などを保有する合理性があります。
しかし負債デュレーションが10年程度まで短くなれば、30年国債を大量に保有する必要性は低下します。
10年国債などでも負債との期間を合わせやすくなります。
つまり契約者の変化が、生保の国債購入年限を変えるのです。
金利上昇が運用短期化を後押しする
さらに現在は、国内の金利環境そのものが変化しています。
10年国債利回りは3%台となっています。
低金利時代には十分な運用収益を得るため、より長い国債を購入する必要性がありました。
現在は10年国債でも一定の収益を確保できます。
負債が短くなったことに加えて、短い国債の利回りが上昇したことで、生保が運用年限を短くする条件が整ってきたわけです。
生保の国債購入は実際に変化している
日本証券業協会によると、損保を含む保険会社は2026年1月から8月に、満期2年から10年の中長期国債を約1兆3,000億円買い越しました。
2011年以来15年ぶりの高水準です。
一方、15年以上の超長期国債の買越額は約1,000億円でした。
生保マネーが、超長期国債からより短い国債へ移る動きが数字にも表れています。
10年国債への需要が増える
生保が10年以下の国債を大量に購入すれば、その年限の国債に対する需要が強くなります。
国債への需要が増えれば、価格を支える要因になります。
国債価格と利回りは反対方向に動くため、価格が上昇すれば利回りには低下圧力がかかります。
したがって、生保の購入増加は10年国債などの金利上昇を抑える方向に働く可能性があります。
若者の生命保険への加入行動が、ここまでつながってくるのです。
超長期国債では反対の問題が起こる
一方、生保が10年以下の国債を増やすということは、20年債や30年債などへの需要が相対的に弱くなることを意味します。
これまで生保は超長期国債の代表的な安定投資家でした。
その買いが減れば、超長期国債では新しい買い手を確保する必要があります。
十分な需要がなければ、価格には下落圧力がかかり、20年金利や30年金利には上昇圧力がかかる可能性があります。
同じ生保の運用変化でも、10年以下と超長期では金利への影響が反対方向になることがあります。
財務省の国債管理にもつながる
超長期国債の買い手が変化すれば、財務省にも影響します。
政府は2年債から40年債まで、さまざまな年限の国債を発行しています。
これまで超長期国債を安定的に購入してきた生保の需要が減少すれば、年金や銀行、海外投資家など別の投資家を確保する必要があります。
場合によっては、どの年限の国債をどの程度発行するのかという年限構成も重要になります。
家計の金融行動の変化が、最終的には国の資金調達にも関係してくるのです。
家計から長期金利まで一本の線になる
ここまでの流れを整理すると、出発点は若い世代の金融行動です。
若者の生命保険加入率が低下します。
生保の契約者が高齢化します。
保険金支払いまでの期間が短くなります。
生保の負債デュレーションが短くなります。
ALMによって資産側の年限も短くなります。
20年債や30年債の購入が減り、10年以下の国債購入が増えます。
国債市場の年限ごとの需給が変化します。
その結果、長期金利や超長期金利にも影響が及ぶ可能性があります。
個人の金融商品の選択と国債市場は、生命保険会社の巨大なバランスシートを通じてつながっているのです。
結論
生命保険会社の運用変化を見ると、家計の金融行動が金融市場へどのように波及するのかが分かります。
若い世代の生命保険加入率が低下すると、生保の契約者構成は高齢化します。
さらに死亡保険から医療保険などへの商品構成の変化も加わり、生保の負債デュレーションは短くなっています。
負債が短くなれば、ALMによって資産側も短くできます。
そこへ10年国債利回りが3%台となったことで、生保は超長期国債に依存せず、10年以下の国債でも一定の運用収益を確保できるようになりました。
その結果、10年以下の国債では生保の需要が増える一方、20年債や30年債では従来の大口投資家が減る可能性があります。
この需給変化が長期金利や超長期金利、さらに財務省の国債管理政策にも影響します。
若者が生命保険に入るか、NISAなどで資産形成するかという一人一人の選択は小さなものに見えます。
しかし、それが積み重なると生命保険会社の巨額の資産運用を変え、日本の国債市場や長期金利まで動かす構造変化につながる可能性があるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日 朝刊 生保運用、「短い国債」に食指