手取りを増やすには何を変えるべきなのか 所得税だけでなく社会保険料まで考える必要がある理由編

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賃上げが続いているのに、生活がそれほど楽になったように感じない。

そんな声が聞かれる理由の一つが、額面給与と手取りの違いです。

会社から支払われる給与が増えても、そのすべてを自由に使えるわけではありません。

給与からは所得税や住民税だけでなく、健康保険料や厚生年金保険料なども差し引かれます。

そのため「手取りを増やす」という政策を考えるとき、所得税の減税だけを見ていては十分ではありません。

今回は、私たちの手取りがどのように決まり、本当に手取りを増やそうとすれば何を変える必要があるのかを考えてみます。

額面給与と手取りは違う

会社員には、会社から支払われる額面給与があります。

しかし実際に銀行口座へ振り込まれる金額は、それより少なくなります。

給与からさまざまな税金や社会保険料が差し引かれるためです。

代表的なものが所得税、住民税、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料などです。

つまり家計の立場から見ると、

給与がいくらなのか

だけではなく、

そこからいくら差し引かれるのか

が重要になります。

額面給与が増えても控除される金額も増えれば、手取りの伸びは小さくなります。

所得税を減税すれば手取りは増える

手取りを増やす方法として最も分かりやすいのが所得税の減税です。

所得税の負担が減れば、その分だけ基本的には手元に残るお金が増えます。

税率を引き下げる方法もあります。

基礎控除などの所得控除を拡大する方法もあります。

課税最低限を引き上げる方法も考えられます。

いずれの場合も、所得税の負担が減れば家計の可処分所得を増やす効果があります。

物価高によって生活費が増えているときには、減税による手取り増加は家計にとって分かりやすい支援になります。

ただし、ここで注意したいことがあります。

所得税だけが家計の公的負担ではないということです。

社会保険料も手取りを左右する

給与明細を見ると、社会保険料の存在感が大きいことが分かります。

会社員の場合、健康保険料や厚生年金保険料などが給与から差し引かれます。

40歳以上では介護保険料も関係します。

所得税を減税しても社会保険料の負担が増えれば、減税による手取り増加の一部が相殺されることがあります。

例えば所得税が年間3万円減ったとしても、社会保険料の負担が年間3万円増えれば、単純化すれば可処分所得への効果はなくなります。

家計にとって重要なのは、

所得税が減った

という事実ではなく、

税金と社会保険料を差し引いた後にいくら残ったか

という結果です。

だからこそ手取りを議論するときには、税制と社会保険制度を別々に見るだけでは不十分なのです。

社会保険料を下げれば手取りは増える

では、社会保険料を下げればよいのでしょうか。

会社員本人が負担する社会保険料が減れば、基本的には手取りが増えます。

所得税減税と同じように、家計が自由に使えるお金を増やす効果があります。

特に社会保険料は働く現役世代が継続的に負担するため、保険料負担の軽減は現役世代の手取りを増やす政策として大きな意味を持ちます。

しかし、所得税減税以上に難しい問題があります。

社会保険料は社会保障給付の財源だからです。

保険料を下げれば、社会保障制度に入ってくるお金も減ります。

手取りを増やすという入口だけを見れば簡単でも、その先にある財源の問題を避けることはできません。

社会保険料には会社負担もある

もう一つ忘れてはいけないのが企業負担です。

会社員の社会保険料には、本人が負担する部分だけでなく、企業が負担する部分があります。

例えば厚生年金保険料は労使で折半して負担する仕組みです。

給与明細に大きく表れるのは本人負担分ですが、会社も別に保険料を負担しています。

企業から見ると、この負担も人件費です。

したがって従業員一人を雇うために必要なお金は、額面給与だけではありません。

給与に企業負担分の社会保険料などを加えた金額が、より実態に近い人件費になります。

企業負担を増やせば解決するのか

それなら本人負担を減らし、その分を企業に負担してもらえばよいと考えることもできます。

確かに制度上、本人負担を減らして企業負担を増やせば、短期的には給与明細上の手取りを増やせる可能性があります。

しかし企業側の負担が増えることには変わりありません。

企業にとって社会保険料は人件費です。

企業負担が増えれば、利益が減るだけでなく、将来の賃上げや採用、設備投資などに影響する可能性があります。

特に利益率の低い中小企業では、人件費の増加を簡単には吸収できない場合があります。

本人負担を企業負担へ移せば負担そのものが消えるわけではありません。

誰が直接支払うのかが変わるだけという側面があるのです。

手取りだけでなく総人件費を見る

ここで重要になるのが総人件費という考え方です。

例えば会社がある従業員のために年間600万円を負担しているとします。

そのすべてが給与として本人に渡るわけではありません。

企業が負担する社会保険料なども含まれているからです。

さらに本人の給与から税金や本人負担分の社会保険料が差し引かれます。

すると、

企業がその人を雇うために負担する金額

と、

本人が実際に自由に使える金額

には大きな差が生まれます。

この差を見ることが、働く人の負担を考えるうえで重要です。

給与明細の所得税だけを見ていると、全体像を見失ってしまいます。

給付を維持するなら財源が必要になる

社会保険料を下げる議論が難しい最大の理由はここにあります。

社会保障給付を維持するのであれば、財源が必要だからです。

年金を支給するにはお金が必要です。

医療保険を維持するにもお金が必要です。

介護サービスにもお金が必要です。

保険料を減らしながら給付をすべて維持しようとすれば、不足した財源を別の方法で確保しなければなりません。

その方法は大きく考えれば限られています。

税金で補う。

ほかの歳出を削る。

社会保障給付そのものを見直す。

国債を発行する。

経済成長によって税収や保険料収入を増やす。

どの方法にもメリットと負担があります。

税金に付け替えれば負担は消えるのか

社会保険料を下げ、不足分を税金で補う方法も考えられます。

例えば現役世代に偏りやすい保険料負担の一部を、より幅広い世代が負担する税へ移すという考え方です。

しかし、これも負担そのものをなくす政策ではありません。

社会保険料として払っていたものを税金として負担するのであれば、国民全体から見た負担は残ります。

ただし、誰がどの程度負担するかは変わります。

所得税なのか。

消費税なのか。

資産に対する税なのか。

どの財源を使うかによって、現役世代、高齢者、高所得者、低所得者などへの影響は異なります。

つまり社会保険料改革は、同時に負担の配分をどうするかという問題でもあるのです。

給付を見直すという選択肢

もう一つ避けて通れないのが社会保障給付の見直しです。

収入を減らすのであれば、支出も見直す。

家計なら当然の考え方です。

国の社会保障でも基本的な構造は同じです。

ただし社会保障には、病気や老後、介護など生活に直結する給付が多くあります。

単純に削ればよいわけではありません。

本当に支援が必要な人への給付を維持しながら、負担能力のある人には一定の負担を求める。

医療や介護を効率化する。

予防や健康づくりによって将来の給付費を抑える。

こうした改革を積み重ねる必要があります。

経済成長だけですべて解決できるとは限らない

経済が成長し、賃金が上がれば、税収や社会保険料収入も増えます。

これは非常に重要です。

働く人が増え、生産性が高まり、所得が増えれば社会保障を支える力も強くなります。

しかし少子高齢化が進む日本では、経済成長だけですべての問題を解決できるとは限りません。

高齢者が増えれば医療や介護などの支出も増えやすくなります。

支える現役世代が減れば、一人当たりの負担が重くなる可能性があります。

成長政策と同時に、社会保障制度そのものの改革も必要になります。

本当の手取り増加とは何か

手取りを増やすという言葉は魅力的です。

しかし、その方法によって意味は大きく変わります。

賃金が上がって手取りが増える。

税金を減らして手取りが増える。

社会保険料を減らして手取りが増える。

どれも銀行口座に振り込まれる金額を増やす可能性があります。

ただし、税金や社会保険料を減らした結果として社会保障給付が大幅に減れば、家計は別の支出を増やさなければならないかもしれません。

例えば公的保障が縮小すれば、自分で老後や医療、介護への備えを厚くする必要が出てくる可能性があります。

その場合、給与明細上の手取りは増えても、本当に自由に使えるお金が同じだけ増えたとは限りません。

結論

手取りを増やす政策を考えるとき、所得税減税だけを見るのでは十分ではありません。

会社員の給与からは所得税や住民税だけでなく、健康保険料や厚生年金保険料なども差し引かれています。

さらに、その外側では企業も社会保険料を負担しています。

家計の負担を考えるなら、所得税、住民税、本人負担の社会保険料、企業負担の社会保険料まで含めた全体像を見る必要があります。

一方で、税金や社会保険料を下げれば、それだけで問題が解決するわけではありません。

年金、医療、介護などの給付を維持するのであれば、その財源はどこかから確保しなければならないからです。

税金で補うのか。

歳出を見直すのか。

社会保障給付を見直すのか。

国債に頼るのか。

あるいは経済成長によって負担できる力を高めるのか。

手取りを増やすという議論の本質は、単なる減税ではありません。

どの給付を残し、その費用を誰がどのような形で負担するのかを決めることです。

給与明細の手取りだけでなく、その裏側にある給付と負担まで一緒に見る。

それが、本当に持続可能な「手取りを増やす政策」を考える出発点になるのだと思います。

参考

日本経済新聞 2026年9月7日 朝刊 ステルス負担増の罪

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