東京をはじめとする都市部でマンションの家賃が上昇しています。
家賃の上昇は、賃貸住宅に住む人にとっては毎月の負担増ですが、不動産を保有する投資家にとっては収益の増加を意味します。
そして収益不動産では、家賃が上がれば単に毎月受け取るお金が増えるだけではありません。
マンションそのものの資産価値が上昇する可能性があります。
なぜ家賃が数%上昇するだけで、不動産価格が数千万円、数億円単位で変わることがあるのでしょうか。
その仕組みを理解する鍵が、NOIと収益還元価格です。
家賃はマンションの収益を生み出す
自分で住むマンションでは、住宅そのものの利便性や快適性が重要です。
一方、投資用マンションでは、その物件がどれだけ収益を生み出すかが重要になります。
例えば100戸の賃貸マンションがあり、平均家賃が月10万円だったとします。
満室なら年間の家賃収入は、
10万円掛ける100戸掛ける12カ月
で1億2000万円です。
平均家賃が月11万円になれば、
11万円掛ける100戸掛ける12カ月
で1億3200万円になります。
家賃が10%上昇したことで、年間家賃収入は1200万円増えます。
この収益増加がマンションの資産価値に影響します。
家賃収入がそのまま利益になるわけではない
ただし、家賃収入のすべてが投資家の利益になるわけではありません。
マンションを運営するためにはさまざまな費用がかかります。
例えば、
建物管理費
修繕費
固定資産税
保険料
清掃費
入居者募集費用
などです。
さらに空室があれば、その部屋から家賃を受け取ることはできません。
そこで不動産投資では、実際に物件が生み出す収益を見るためにNOIという数字を使います。
NOIとは何か
NOIはNet Operating Incomeの略で、日本語では営業純利益などと呼ばれます。
基本的には、
不動産から得られる収入から運営に必要な費用を差し引いた利益
です。
例えば年間家賃などの収入が1億2000万円あり、運営費用が2000万円なら、NOIは1億円です。
不動産ファンドなどの投資家は、単純な家賃収入だけではなく、このNOIを重要な判断材料とします。
同じ年間家賃1億2000万円のマンションでも、運営費用が2000万円なのか4000万円なのかによって収益力は大きく違うからです。
収益還元価格とは何か
投資用不動産では、その不動産が将来生み出す収益から価値を考える方法があります。
これが収益還元の考え方です。
非常に単純化すると、
NOIをキャップレートで割る
ことで不動産価値を考えることができます。
例えば年間NOIが1億円で、キャップレートが4%なら、
1億円を4%で割る
ため、評価額は25億円です。
この25億円が収益力から考えた不動産価値の一つの目安になります。
家賃上昇でNOIが増えると価格も上がる
では家賃が上昇した場合を考えてみます。
年間NOIが1億円から1億1000万円へ10%増加したとします。
キャップレートが4%のままなら、
1億1000万円を4%で割る
ため、評価額は27億5000万円になります。
NOIは1000万円増えただけです。
しかし理論上の不動産価値は、
25億円から27億5000万円
へ2億5000万円上昇します。
これが家賃上昇がマンション価格を押し上げる仕組みです。
毎年得られる収益の増加が将来にわたって続くと考えるため、その収益増加分が資産価格に反映されるのです。
家賃一万円の違いでも大型物件では大きい
個人が一部屋を借りている場合、月1万円の家賃上昇は年間12万円です。
しかし数千戸を保有する大型ファンドでは影響がまったく違います。
例えば1000戸の平均家賃を月1万円引き上げられたとします。
単純計算では、
1万円掛ける1000戸掛ける12カ月
で年間1億2000万円の増収です。
仮にその大部分がNOIの増加につながり、キャップレートが4%なら、資産価値への影響は数十億円規模になる可能性があります。
海外ファンドが数千戸のマンションをまとめて購入する場合、わずかな賃料改善でもポートフォリオ全体では大きな価値向上につながるのです。
空室率もNOIを大きく左右する
家賃と同じくらい重要なのが空室率です。
例えば100戸あるマンションの家賃が月10万円だったとします。
満室なら年間家賃は1億2000万円です。
しかし10戸が空室なら、単純計算では年間1080万円の家賃を失います。
そのため投資家は家賃を高く設定すればよいとは考えません。
家賃を上げすぎて空室が増えれば、かえってNOIが減る可能性があるからです。
重要なのは、
家賃
稼働率
の組み合わせです。
高い家賃を取りながら高い稼働率を維持できる物件ほど、強い収益力を持っています。
賃料を上げても空室が増えれば意味がない
例えば100戸のマンションで平均家賃を10万円から12万円へ20%引き上げたとします。
すべての入居者がその家賃を受け入れれば収益は大きく増えます。
しかし高い家賃を嫌って入居者が減り、空室率が大幅に上昇すれば話は違います。
不動産ファンドは、
周辺物件の募集家賃
入居希望者数
入居者の所得
退去率
新築物件の供給
などを分析しながら、どこまで賃料を引き上げられるかを判断します。
家賃の最大化ではなく、NOIの最大化を目指すわけです。
キャップレートが低いほど家賃上昇の価格効果は大きい
同じNOIの増加でも、キャップレートによって資産価格への影響は違います。
例えばNOIが年間1000万円増えたとします。
キャップレート5%なら、
1000万円を5%で割る
ため、資産価値への影響は2億円です。
キャップレート4%なら2億5000万円です。
キャップレート3%なら約3億3300万円です。
つまりキャップレートが低い市場ほど、わずかな収益増加が大きな不動産価格上昇につながります。
東京のようにキャップレートが低い市場で賃料上昇が注目される理由の一つです。
家賃上昇とキャップレート低下が重なる場合
さらに強い価格上昇が起こるのが、家賃上昇とキャップレート低下が同時に進む場合です。
例えばNOIが1億円、キャップレート4%なら評価額は25億円です。
家賃上昇によってNOIが1億1000万円へ増え、同時に海外マネーなどの流入によってキャップレートが3.5%へ低下したとします。
すると評価額は、
1億1000万円を3.5%で割る
ため、約31億4000万円になります。
NOIは10%しか増えていません。
しかし評価額は25億円から約31億4000万円へ約26%上昇する計算です。
不動産価格が家賃以上の速度で上昇することがあるのは、このような仕組みがあるためです。
反対にキャップレートが上がれば価格は下がる
ただし家賃が上昇すれば必ずマンション価格が上昇するわけではありません。
例えばNOIが1億円から1億1000万円へ増えても、金利上昇などによってキャップレートが4%から5%へ上昇したとします。
評価額は、
1億1000万円を5%で割る
ため22億円です。
家賃上昇によってNOIは増えています。
それでも評価額は当初の25億円から22億円へ低下します。
つまりマンション価格を見るときには、
NOI
キャップレート
の両方を見る必要があります。
家賃上昇が金利上昇による価格下落圧力をどこまで吸収できるかが重要になります。
家賃上昇には限界がある
もう一つ重要なのは、入居者が実際に支払える家賃です。
不動産投資家がどれだけ賃料を引き上げたいと思っても、入居者の所得が増えなければ限界があります。
家賃負担が重くなれば、
より狭い住宅へ移る
郊外へ転居する
実家へ戻る
複数人で住む
といった行動が増える可能性があります。
すると空室率が上昇し、家賃上昇が止まります。
不動産価格が長期的に上昇するためには、投資マネーだけでなく、最終的に家賃を支払う入居者の所得や住宅需要も重要なのです。
結論
家賃上昇がマンション価格を押し上げるのは、賃貸マンションが収益を生み出す資産だからです。
家賃が上昇し、NOIが増えれば、その増加した収益を基礎として不動産の収益還元価格も上昇します。
特にキャップレートが低い市場では、わずかなNOIの増加でも資産価格への影響が大きくなります。
さらに家賃上昇と海外マネー流入によるキャップレート低下が同時に起これば、マンション価格は家賃以上の速度で上昇する可能性があります。
一方、空室率が上昇すればNOIは減ります。
金利上昇によってキャップレートが上昇すれば、家賃が上がっていてもマンション価格が下落することがあります。
つまり家賃上昇だけを見てマンション価格を判断することはできません。
家賃はいくらなのか。
何戸が入居しているのか。
運営費用を差し引いたNOIはいくらなのか。
そして市場はそのNOIを何%のキャップレートで評価しているのか。
この一連の数字を見ることで、家賃の上昇がなぜ数十億円規模のマンション価値を動かすことがあるのかが見えてくるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月15日朝刊「マンション、海外マネー増勢 カナダファンドが1000億円 資金流入で高値続く」
日本経済新聞 2026年8月15日朝刊「投資ファンド 不動産や企業買収活発に」