企業の健康経営というと、健康診断やスポーツジムの利用補助などを思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、最近注目されているのが、もっと身近な運動であるウォーキングです。
社員に一定の歩数目標を設定してもらう。
スマートフォンやアプリで毎日の歩数を記録する。
部署やチームで歩数を競うイベントを開催する。
目標を達成した社員にポイントや報奨金を付与する。
こうした仕組みによって、普段運動をしていない社員にも身体を動かしてもらおうという取り組みです。
ウォーキングの大きな特徴は、特別な施設や高度な運動能力を必要としないことです。
通勤、昼休み、買い物など、日常生活の中に組み込むことができます。
企業のスポーツ推進が広がれば、社員の歩数を増やすことが健康経営の代表的な施策になっていく可能性があります。
なぜ企業が社員の歩数に注目するのか
健康づくりにはさまざまな運動があります。
ランニング、水泳、筋力トレーニング、ヨガなどもその一つです。
しかし、企業が社員全体を対象に健康施策を実施する場合には、参加のしやすさが重要になります。
運動が得意な社員だけが参加する制度では、企業全体の健康状態を改善することは難しいからです。
その点、歩くことは多くの人が日常生活の中ですでに行っています。
スポーツウェアに着替える必要もありません。
スポーツ施設へ行く必要もありません。
特別な道具も基本的には必要ありません。
普段より少し歩く時間を増やすだけでも取り組むことができます。
この参加へのハードルの低さが、企業がウォーキング施策を導入しやすい理由の一つです。
歩数目標を設定する意味
ウォーキング施策でよく使われるのが歩数目標です。
単に社員へ運動してくださいと呼びかけても、具体的に何をすればよいのか分かりにくいものです。
そこで歩数という数字を使います。
たとえば現在1日5000歩程度歩いている人であれば、まず6000歩を目指すといった方法があります。
数字にすることで、自分がどの程度身体を動かしているのかが分かります。
昨日は5000歩だった。
今日は6500歩だった。
今週は平均7000歩だった。
このように変化が目に見えることが重要です。
健康づくりという抽象的な目標が、今日あと何歩歩くかという具体的な行動に変わります。
全員に同じ歩数を求める必要はない
歩数目標を設定するときに注意したいのが、全員に同じ数字を求めないことです。
仕事内容によって日常的な活動量は大きく異なります。
営業職で外出が多い社員と、一日中パソコンの前で仕事をする社員では、もともとの歩数が違います。
年齢や体力も異なります。
そのため重要なのは、一律の数字を達成することより、自分の現在の活動量から少しずつ増やすことです。
昨日までほとんど歩かなかった人が歩き始めることにも大きな意味があります。
企業の健康施策では、順位だけではなく、それぞれの社員の改善幅を評価する考え方も必要になります。
スマートフォンが歩数計になる
ウォーキング施策が企業で導入しやすくなった背景には、デジタル技術の普及があります。
以前であれば、歩数を測るために専用の歩数計を配布する必要がありました。
現在は多くの人がスマートフォンを持っています。
スマートフォンには身体活動を記録できる機能が搭載されているため、専用機器を持たなくても日常的な歩数を確認できます。
さらに健康管理アプリを利用すれば、日別、週別、月別などで歩数を確認することもできます。
企業側からすると、新しい運動施設を整備するより導入しやすいというメリットがあります。
社員側も普段持ち歩いているスマートフォンを利用できるため、新たな行動を覚える必要が少なくなります。
デジタル化によって健康管理のハードルが下がったわけです。
歩数を見える化すると行動が変わる
歩数を測る最大の意味は、自分の行動を可視化できることです。
本人はよく歩いているつもりでも、実際に測ってみると意外に少ないことがあります。
反対に、通勤や買い物などで想像以上に歩いている人もいます。
数字として確認できれば、行動を変えるきっかけになります。
今日はあと1000歩歩いてみよう。
昼休みに少し遠い店まで行こう。
エレベーターではなく階段を使おう。
最寄り駅の一つ手前で降りてみよう。
このような小さな選択が積み重なります。
健康経営で重要なのは、社員に知識を与えることだけではありません。
実際の行動につなげる仕組みをつくることです。
社内イベントにすると続けやすい
一人で毎日歩数を記録するだけでは、途中で飽きてしまうことがあります。
そこで企業が利用できるのが社内イベントです。
一定期間の歩数を記録してチームで目標達成を目指す。
部署ごとの平均歩数を比較する。
個人の歩数ではなく、全社員で一定の総歩数を目指す。
こうした方法があります。
一人で運動する場合と違い、同僚とのコミュニケーションも生まれます。
健康施策でありながら、社内交流の機会にもなるわけです。
特にテレワークが広がった職場では、社員同士の接点をつくる方法としても利用できます。
ただし、競争を強くしすぎないことも重要です。
運動量の多い社員だけが毎回上位になる制度では、普段運動しない社員が参加しなくなる可能性があります。
目標達成に報奨を付ける企業もある
歩数を増やすために、インセンティブを組み合わせる方法もあります。
一定の歩数を達成するとポイントを付与する。
健康関連の商品と交換できるようにする。
一定の条件を達成した社員へ報奨金を支給する。
こうした仕組みです。
記事で紹介されたLINEヤフーでは、歩数と体重について目標を設定し、達成した社員に最大月2000円を支給しています。
同社では、1回30分以上の運動を週2日以上、1年以上継続している社員の割合が2017年の14パーセントから2024年には34パーセントまで上昇したとされています。
健康になってくださいという呼びかけだけではなく、行動するメリットを社員に分かりやすく提示する方法です。
歩くことを日常生活に組み込む
ウォーキングを習慣化するために重要なのは、運動だけのために特別な時間を確保しなくてもよい仕組みをつくることです。
忙しい現役世代に毎日1時間運動してくださいと求めても、継続するのは簡単ではありません。
そこで日常生活の中の移動を利用します。
通勤で歩く。
社内の移動で階段を使う。
昼休みに散歩する。
少し離れた場所へ昼食を食べに行く。
電話をしながら歩く。
可能な場合には歩きながら打ち合わせをする。
一つ一つは小さな行動ですが、毎日の習慣になれば大きな差になります。
健康経営では、意志の強さに頼るより、自然に身体を動かす環境をつくることが重要です。
在宅勤務では歩数が減りやすい
ウォーキング施策は、テレワーク時代にも重要です。
自宅で仕事をすると、通勤がなくなります。
通勤時間がなくなること自体は働き方改革として大きなメリットがありますが、駅まで歩く、電車を乗り換える、会社の中を移動するといった身体活動も同時になくなります。
朝から夕方まで自宅の机の前に座り続けることも可能になります。
そこで企業が一定時間ごとに身体を動かすことを推奨したり、昼休みのウォーキングを促したりすることには意味があります。
働く場所が会社から自宅へ変わったことで、企業の健康管理も職場の中だけでは完結しなくなっています。
社員の歩数データをどう扱うか
一方、デジタル技術を使った健康施策では注意すべき問題もあります。
個人情報です。
歩数や運動量は社員の生活に関係するデータです。
企業が健康施策を行うからといって、必要以上に社員のデータを集めてよいわけではありません。
何のためにデータを取得するのか。
誰が見ることができるのか。
どの程度の期間保存するのか。
人事評価に利用するのか。
こうした点を明確にする必要があります。
社員が安心して参加できなければ、制度そのものが定着しません。
健康づくりとプライバシー保護を両立させることが重要です。
企業に必要なのは運動する仕組みづくり
ウォーキング施策の本質は、社員に何歩歩かせるかという数字だけにあるわけではありません。
重要なのは、身体を動かすことが自然に日常生活へ組み込まれる仕組みをつくることです。
健康診断で運動不足を指摘されても、その場では気を付けようと思うだけで終わってしまうことがあります。
一方、毎日の歩数がスマートフォンに表示され、会社のイベントがあり、目標達成による楽しみがあれば、行動を続けやすくなります。
健康経営は、社員に健康になるよう命令することではありません。
健康的な行動を選択しやすい環境を会社がつくることだと考えることができます。
結論
ウォーキング施策とは、社員に単に歩くことを勧める取り組みではありません。
歩数目標、スマートフォンやアプリ、社内イベント、インセンティブなどを組み合わせ、社員が日常生活の中で自然に身体を動かす仕組みをつくる健康経営の手法です。
ウォーキングの大きな利点は、特別な施設や高い運動能力を必要とせず、多くの社員が参加できることです。
一方で、全員に同じ歩数を強制したり、個人の健康データを必要以上に管理したりすれば、かえって参加しにくい制度になります。
重要なのは、昨日より少し多く歩くという小さな行動を長く続けられる環境をつくることです。
人口減少によって人材の確保が難しくなる日本では、社員が健康で長く働けること自体が企業の競争力になります。
歩くという極めて日常的な行動が、これからは企業の健康経営や人的資本投資を支える重要な経営施策になっていくのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年8月13日朝刊 スポーツ推進企業に支援