住宅問題というと、多くの人は住宅価格や土地価格を思い浮かべます。
木材などの資材価格が上がれば、新築住宅やリフォームの価格も上昇します。
しかし、これから日本の住宅市場でさらに重要になる可能性があるのが、住宅を実際に建てたり直したりする人が減る問題です。
その代表が大工不足です。
大工は新築住宅を建てるだけではありません。
古くなった住宅の修繕、リフォーム、耐震改修、断熱改修などでも重要な役割を担っています。
新築住宅が減れば大工も少なくてよいように思えますが、日本にはすでに大量の住宅ストックがあります。
それらの住宅は時間とともに老朽化し、修繕が必要になります。
つまり、住宅が余っていても、それを直す人がいなければ住める住宅として活用できません。
新築不足時代には、住宅の戸数だけではなく、住宅を建て、維持する人材がどれだけいるのかが重要になります。
大工はどのような仕事をしているのか
大工というと、木造住宅を一から建てる職人というイメージがあります。
もちろん、新築住宅の建設は重要な仕事です。
しかし、それだけではありません。
既存住宅では、
壁や床の修繕
柱や梁の補修
間取り変更
増築
耐震補強
断熱改修
屋根や下地の修繕
など、さまざまな工事に関わります。
住宅リフォームでは電気工事や配管工事など複数の専門職が参加しますが、建物の構造や木工事を担う大工は中心的な存在の一つです。
特に木造戸建て住宅を長く利用するためには、大工の技能が欠かせません。
大工はどれくらい減っているのか
日本の大工は長期的に減少しています。
元の記事では、大工は2020年までの20年間でほぼ半減し、30万人を下回ったとされています。
さらに2035年前後には15万人を下回る可能性も指摘されています。
仮にこの見通しに近い状況になれば、住宅を建てたり修繕したりする能力そのものが大きく縮小することになります。
人口が減るのであれば問題ないように思えるかもしれません。
しかし、人口減少と住宅修繕需要は必ずしも同じ速度で減るわけではありません。
日本にはすでに大量の住宅があります。
住宅が古くなれば、そこに住む人の数とは別に修繕が必要になります。
大工の減少速度が住宅需要や修繕需要の減少速度を上回れば、人手不足が深刻になります。
大工が減っている背景には高齢化がある
大工不足の大きな背景の一つが高齢化です。
建設業では長年働いてきた熟練技能者が多くいます。
その人たちが高齢になり、引退する時期を迎えています。
問題は、引退する人数に見合うだけの若い人材が入っていないことです。
例えば熟練大工が10人引退しても、新たに若い大工が3人しか入らなければ、大工の総数は7人減ります。
これが毎年続けば、人材は急速に減っていきます。
さらに大工の仕事では、学校で知識を学んだだけですぐに熟練者と同じ仕事ができるわけではありません。
現場で経験を積み、さまざまな住宅や工事に対応する技能を身につける必要があります。
そのため、人が足りなくなってから急に増やそうとしても簡単ではありません。
若い担い手が増えにくい理由
若い世代が建設業へ十分に入ってこなかった背景には、さまざまな要因があります。
建設現場の仕事には、
屋外作業が多い
体力が必要
天候の影響を受ける
現場によって勤務地が変わる
技能を身につけるまで時間がかかる
といった特徴があります。
他の産業でも人手不足が進む中、若い労働者はさまざまな職業を選ぶことができます。
そのため、建設業が働き手から選ばれるためには、賃金だけでなく、労働時間や休日、キャリア形成などを含めた働き方の改善が重要になります。
一方、働く環境を改善し、賃金を引き上げれば、その費用は建設コストにも反映されます。
人材を確保するための待遇改善と住宅価格を抑えることの両立が課題になります。
大工不足は新築住宅の供給を減らす
住宅需要があっても、大工がいなければ住宅を建てることはできません。
土地があります。
住宅を買いたい人もいます。
木材などの資材もあります。
それでも施工する人が不足すれば、建てられる住宅の数には限界があります。
これを供給制約と考えることができます。
住宅価格が上昇すると、通常であれば企業は供給を増やそうとします。
しかし、人材不足によって建設能力が限界に達していれば、価格が上がっても簡単には供給を増やせません。
すると、
住宅需要がある
新築供給は増えない
価格が高止まりする
という状況が起こる可能性があります。
人口減少社会でも住宅価格が簡単には下がらない理由の一つになります。
大工不足は中古住宅にも影響する
大工不足は新築住宅だけの問題ではありません。
むしろ、中古住宅の活用を考えるとさらに重要になります。
日本には2023年時点で約900万戸の空き家があります。
そのため、新築住宅が不足するのであれば、空き家や中古住宅を修繕して使えばよいという考え方があります。
しかし、古い住宅を住める状態にするには工事が必要です。
例えば、
耐震補強
断熱改修
床や壁の修繕
屋根の補修
間取り変更
などがあります。
こうした工事にも大工が必要です。
つまり、
新築住宅を建てる人が不足する
中古住宅を直す人も不足する
という二つの問題が同時に起こります。
住宅そのものは存在していても、利用できる状態へ直せなければ住宅供給にはなりません。
新築より中古修繕の方が人手を必要とする場合がある
一見すると、新しい住宅を一から建てる方が多くの人手を必要とするように思えます。
しかし、必ずしもそうとは限りません。
新築住宅では工場で部材を加工するプレカットなどが普及しています。
設計図に合わせて工場で木材を加工し、建築現場では組み立てを中心に作業することができます。
住宅メーカーでは部材や工法を標準化することで、さらに作業を効率化できます。
一方、中古住宅の修繕では一戸ごとに条件が違います。
築年数も違います。
施工方法も違います。
劣化状態も違います。
壁を開けて初めて問題が見つかることもあります。
そのため、大工が現場で状態を判断しながら加工や補修をする必要があります。
中古住宅の修繕は機械化や標準化が難しく、熟練技能者への依存度が高くなる場合があるのです。
熟練大工が減ることにも意味がある
大工不足では人数だけを見るのでは十分ではありません。
技能の問題もあります。
新築住宅では標準化された工法を使うことで、作業を効率化できます。
しかし古い住宅では、現在とは違う工法で建てられていることがあります。
その住宅を修繕するには、古い建築方法についての知識や経験が必要になる場合があります。
例えば壁を開けたところ、想定とは違う構造になっていたとします。
設計図が残っていない住宅もあります。
そのとき、現場の状態を見ながら安全な修繕方法を判断する必要があります。
こうした仕事では熟練した大工の経験が重要になります。
高齢の熟練者が大量に引退すると、人数だけではなく技能や経験も失われる可能性があります。
大工不足は住宅価格を押し上げる
大工が不足すれば、人材を確保するために賃金を上げる必要があります。
これは働く人にとって重要なことです。
一方、住宅を建てる側から見ると人件費の上昇になります。
建築費は、
資材費
設備費
人件費
運搬費
管理費
などによって構成されています。
その中の人件費が上昇すれば、最終的には住宅価格やリフォーム費へ反映されます。
つまり、住宅価格上昇というと木材や土地価格に注目しがちですが、これからは人を確保する費用も重要になります。
人材不足が構造的なものであれば、人件費も一時的ではなく長期間高止まりする可能性があります。
工事費だけでなく工期にも影響する
大工不足のもう一つの影響が工期です。
住宅会社が受注しても、施工する大工を確保できなければすぐには着工できません。
中古住宅のリフォームでも同じです。
住宅を購入して、
1カ月後には工事が終わる
と考えていても、職人を確保できず着工が遅れる可能性があります。
工期が延びれば、住宅購入者にも費用が発生します。
例えば、
仮住まいの家賃
現在の住宅と新居の二重負担
引っ越し時期の変更
家具などの保管費
が発生することがあります。
そのため、大工不足による住宅コストは工事見積額だけではありません。
完成までの時間も住宅取得コストの一部として考える必要があります。
地方ほど深刻になる可能性がある
大工不足は全国一律に起こるとは限りません。
特に問題になる可能性があるのが地方です。
人口減少地域では住宅需要が少ないため、工務店や建設会社そのものが減る可能性があります。
若い職人が仕事の多い都市部へ移動することも考えられます。
すると地方では、
空き家は多い
修繕が必要な住宅も多い
しかし直す職人が少ない
という状況になります。
空き家を活用したくても、工事を引き受ける会社が見つからない可能性があります。
新築不足時代には、住宅の価格だけでなく、その地域に住宅を維持する産業が残っているかどうかも重要になります。
住宅を長く使う社会には修繕人材が必要になる
日本ではこれから、既存住宅を長く使うことが重要になります。
しかし住宅を長寿命化するには、建物を建てる技術だけでは不十分です。
定期的に点検し、
傷んだところを修理する
設備を交換する
耐震性能を高める
断熱性能を高める
といった維持管理が必要です。
つまり、新築中心の住宅市場から既存住宅活用型の住宅市場へ移行するのであれば、修繕を担う人材の重要性はむしろ高まります。
住宅ストック政策と建設人材政策は別々の問題ではありません。
中古住宅を活用するためには、それを直せる人が必要なのです。
結論
大工不足とは、住宅の新築や修繕を担う大工の人数が減り、必要な工事に対して施工能力が不足する問題です。
日本では大工の人数が長期的に減少しています。
背景には熟練大工の高齢化と引退がある一方、それを補う若い担い手が十分に増えていないという問題があります。
大工不足が進むと、新築住宅を建てたい人がいても供給を簡単には増やせなくなります。
その結果、住宅需要が減少しても供給がそれ以上に減れば、新築住宅価格が下がりにくくなる可能性があります。
さらに問題なのが中古住宅です。
日本には大量の住宅ストックや空き家がありますが、古い住宅を再利用するには耐震改修や断熱改修などが必要になります。
その工事を担う大工が不足すれば、住宅が存在していても住める状態へ戻すことができません。
特に中古住宅の修繕は、一戸ごとに状態が違うため、新築住宅ほど標準化や省人化が容易ではありません。
熟練大工の経験が必要になる工事もあります。
そのため、大工不足は単なる建設業界の人手不足ではありません。
新築住宅価格、リフォーム費、工期、空き家活用、中古住宅流通など、日本の住宅市場全体に影響する問題です。
これから住宅を選ぶときには、家があるかどうかだけを見るのでは不十分になります。
その住宅を将来にわたって誰が直し、維持していくのかまで考える必要があります。
新築不足時代の住宅問題は、住宅そのものの不足だけではありません。
住宅を建て、直し、次の世代へ引き継ぐ人の不足でもあるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月29日 朝刊 新築不足時代の住宅選び 立地や資金計画を見直し