企業が事業ポートフォリオを入れ替える場合、理想的には不要になった事業を売却し、その資金で成長事業を買収することになります。
売ってから買う。
順番としては非常に分かりやすいでしょう。
しかし、実際のM&Aはそれほど都合よく進みません。
魅力的な買収案件が突然現れることがあります。
一方、売却したい事業があっても、適切な買い手がすぐに見つかるとは限りません。
そのため、事業ポートフォリオ改革では「売ってから買う」だけでなく、「買ってから売る」という選択肢も重要になります。
2027年度税制改正に向けて要望されている事業ポートフォリオ転換・強化促進税制では、この取引の順番も重要な論点になりそうです。
M&Aは予定通りには進まない
企業が中期経営計画を策定するとき、
低収益事業を売却する。
売却代金を成長分野へ投資する。
という計画を立てることがあります。
しかし、実際のM&A市場では、企業側の予定に合わせて案件が現れるわけではありません。
買収したい企業が売りに出される時期は予測できません。
競合企業が買収に動けば、短期間で意思決定を求められることもあります。
逆に、売却したい事業について買い手を探しても、価格や条件が折り合わず、売却まで長期間を要する場合があります。
つまり、事業の売却と買収を完全に同じタイミングで実行することは簡単ではありません。
売ってから買うメリット
まず、売却を先に行う場合を考えてみます。
最大のメリットは、買収資金を確保してから次の投資へ進めることです。
例えば、非中核事業を200億円で売却したとします。
その資金を使って成長企業を買収できれば、新たな借入金を抑えることができます。
財務の健全性を維持しながら事業ポートフォリオを転換しやすくなります。
さらに、既存事業を整理したうえで新規事業を取得するため、経営資源の配分も分かりやすくなります。
売却によって人材や資金を解放し、その後に新しい事業へ投入する。
経営としては非常に合理的な順番です。
売却を待っている間に機会を失う
一方で、売却を先に行うことには弱点もあります。
買収機会を逃す可能性です。
M&A案件はいつでも存在するわけではありません。
自社の成長戦略に合致する企業が売却される機会は、数年に1度しかないこともあります。
それにもかかわらず、
「既存事業を売却してからでなければ買収できない」
というルールを企業内部で設けてしまえば、絶好の機会を逃す可能性があります。
M&Aではスピードが競争力になります。
売却を待っている間に競合企業が買収してしまえば、同じ機会は戻ってこないかもしれません。
買ってから売るという考え方
そこで選択肢になるのが、買収を先に行う方法です。
まず成長事業を取得する。
その後、非中核事業を売却して資金を回収する。
この順番であれば、魅力的な買収案件が現れたときに機動的に対応できます。
一時的には借入金などが増えるかもしれません。
しかし、その後に事業売却を行えば、売却代金によって借入金を返済することもできます。
企業の財務余力が十分にあれば、買収を先行させることが成長機会を逃さないための有効な戦略になります。
税制が順番を決めてはいけない
ここで重要になるのが税制です。
仮に新しい税制が、
事業を売却する。
その後、一定期間内に買収する。
という順番だけを対象にするとどうなるでしょうか。
本来であれば買収を先に行った方が合理的な企業でも、税制上のメリットを得るために売却を待つ可能性があります。
これは望ましい状態とはいえません。
税制によって経営判断の順番が決められてしまうからです。
本来、M&Aのタイミングは事業戦略や市場環境によって決めるべきものです。
税制はその合理的な判断を支援する仕組みであることが望まれます。
今回の制度では、売却と買収のどちらを先に行った場合でも利用できる方向で検討されているとされます。
実現すれば、実際のM&Aに対応しやすい制度になる可能性があります。
期間の設定も重要になる
もう1つ重要なのが、売却と買収の間にどれだけの期間を認めるかです。
例えば、売却後1年以内に買収しなければならない制度だったとします。
しかし、企業が本当に欲しい買収案件が1年以内に現れるとは限りません。
税制を利用するためだけに買収を急げば、価格の高い企業を買ってしまう可能性もあります。
M&Aで最も避けたいのは、買うこと自体が目的になることです。
一方、期間をあまり長くすれば、売却と買収の関連性が薄くなります。
単なる課税繰延べ制度として利用される可能性もあります。
企業の使いやすさと制度の趣旨をどこで両立させるか。
制度設計では難しい判断が必要になります。
税務部門はM&Aの時間軸を見る
新税制が導入されれば、税務部門には従来以上に時間軸を意識した対応が求められます。
売却予定の事業は何か。
買収候補となる分野はどこか。
それぞれの取引はいつ実行される可能性があるのか。
売却益はいくらになるのか。
課税繰延べの対象になるのか。
こうした情報を個別案件ごとに確認するだけでは十分ではありません。
数年間のM&A計画を俯瞰しながら税務上の影響を検討する必要があります。
税務部門にも、事業ポートフォリオ全体を見る視点が求められるようになります。
経理や財務との連携も欠かせない
事業の売却と買収を一体で考える場合、税務部門だけでは対応できません。
財務部門は資金調達を考えます。
経理部門は売却や買収による会計上の影響を確認します。
経営企画部門は事業ポートフォリオ全体を設計します。
法務部門は契約や許認可などを確認します。
人事部門は従業員の移籍や組織再編に対応します。
そして税務部門は税負担や制度適用を検討します。
これらを個別に進めるのではなく、最初から一体で検討することが重要です。
M&Aは企業全体を動かすプロジェクトだからです。
売却代金を眠らせない
事業ポートフォリオ改革では、売却そのものが目的ではありません。
重要なのは、売却によって生まれた資金をどこへ再配分するかです。
非中核事業を売却して500億円を得ても、その500億円が長期間現預金として残るだけなら、企業の収益力が高まるとは限りません。
設備投資、研究開発、人材投資、M&Aなど、より高い収益を生み出せる分野へ資金を移す必要があります。
売却と買収を一体で考えるということは、単なるM&Aのテクニックではありません。
企業の資本をどこから回収し、どこへ投入するかという資本配分そのものなのです。
結論
これからのM&Aでは、「売る」と「買う」を別々に考えることが難しくなっていくと思います。
低収益事業を売却する。
成長事業を買収する。
この2つは、企業の資本を低収益分野から高収益分野へ移す1つの動きだからです。
そして現実のM&Aでは、必ずしも売却が先になるとは限りません。
良い買収案件があれば、先に買う。
その後に非中核事業を売却する。
こうした柔軟な経営判断も必要になります。
だからこそ、税制が取引の順番を決めてはいけません。
経営戦略が先にあり、その合理的な実行を税制が支える。
この関係が重要です。
事業ポートフォリオ転換・強化促進税制が本当に企業再編の起爆剤になるかどうかは、税負担がどれだけ軽くなるかだけでは決まりません。
企業が実際に行うM&Aの時間軸に、どこまで柔軟に対応できるか。
そこが制度の使い勝手を左右する重要なポイントになるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月6日朝刊 新税制は企業を目覚めさせるか 事業再編の起爆剤に