同じ公的医療保険でありながら、国民健康保険と会社員が加入する健康保険では、保険料の決まり方が大きく異なります。
個人事業主からは国保の負担が重いという声が聞かれる一方、会社員も給与が増えれば健康保険料の負担が増えます。
では、両者の違いはどこにあるのでしょうか。
国保逃れ問題の背景を理解するためにも、単純な保険料率の比較ではなく、保険料を決める仕組みそのものを見る必要があります。
国保は前年の所得が重要になる
国保の保険料を決める重要な要素が前年の所得です。
一般的には所得に応じて負担する所得割と、加入者数などに応じて負担する部分を組み合わせて年間の保険料を計算します。
具体的な計算方法や保険料率は自治体によって異なります。
そのため、同じ所得の個人事業主であっても居住する自治体が違えば国保の保険料が異なることがあります。
さらに今年の所得ではなく前年所得が保険料に影響するため、収入が大きく変動する個人事業主には負担感が強くなる場合があります。
会社員は標準報酬月額で決まる
会社員の健康保険料は、国保とは異なる仕組みで計算されます。
基本となるのが標準報酬月額です。
毎月の給与を一定の幅ごとに区分し、その区分に対応する標準報酬月額に保険料率を掛けて保険料を計算します。
原則として毎年一定期間の給与を基礎として標準報酬月額を決定し、その後の保険料に反映します。
固定的賃金が大幅に変動するなど一定の要件を満たした場合には、途中で標準報酬月額が改定されることもあります。
国保が前年の所得を重要な基準とするのに対して、会社員の健康保険は現在の給与水準との結び付きが比較的強い仕組みになっています。
国保には会社負担がない
両制度の負担感を大きく分けるのが会社負担の有無です。
会社員の健康保険では、保険料を原則として会社と本人が負担します。
給与明細から差し引かれるのは本人負担分です。
一方、国保には勤務先という存在がありません。
個人事業主が国保に加入する場合、会社が半分を負担してくれる仕組みはありません。
この違いがあるため、単純に国保と健康保険の保険料率だけを比較しても、実際の本人負担の違いを正確には把握できません。
家族がいると違いが大きくなる
さらに重要なのが家族の扱いです。
会社員の健康保険には被扶養者制度があります。
一定の要件を満たす配偶者や子どもなどは被扶養者になることができ、被扶養者本人について健康保険料が別途加算される仕組みではありません。
これに対して国保には同じ意味での扶養制度がありません。
国保に加入する家族は、それぞれ被保険者になります。
そのため家族構成によっては、会社員の健康保険と国保の負担差が大きくなることがあります。
単身世帯と子どものいる世帯では、同じ所得であっても制度間の負担感は異なります。
国保は事業所得だけで決まるわけではない
個人事業主の場合、国保の計算というと事業の売上を基準にすると考えてしまうことがあります。
しかし、売上そのものに保険料率を掛けるわけではありません。
売上から必要経費などを差し引いて計算される所得が重要になります。
また、国保の所得割を計算する際の所得には、事業所得以外の所得が影響する場合もあります。
税金と国保では控除の扱いも同じではありません。
所得税を計算するときに使える所得控除が、そのまま国保の保険料を同じだけ減らすとは限らない点にも注意が必要です。
健康保険は給与以外の所得が直接反映されない
会社員の健康保険では、原則として勤務先から受け取る給与や賞与を基礎として保険料が決まります。
たとえば会社員が給与とは別に一定の副業所得や投資所得を得たとしても、それだけを理由に勤務先の健康保険料が増える仕組みではありません。
ここは国保との大きな違いです。
国保では所得の種類によって保険料計算への影響を確認する必要があります。
所得源が多様化するほど、この違いが負担差につながる可能性があります。
どちらにも保険料の上限がある
国保にも会社員の健康保険にも、所得や給与が増え続ければ保険料が無制限に増えるわけではない仕組みがあります。
国保には年間保険料の賦課限度額があります。
所得が一定水準を超えると、それ以上所得が増えても年間保険料は限度額を超えません。
会社員の健康保険にも標準報酬月額の上限があります。
ただし、上限の設定方法や保険料計算の仕組みは両制度で異なります。
高所得者について両制度の負担を比較するときには、この上限の違いも重要になります。
医療を受けるときの基本的な仕組みは共通する
保険料の決まり方には大きな違いがありますが、国保だから医療そのものが大幅に劣るというわけではありません。
医療機関を受診した場合の保険診療や自己負担割合、高額療養費制度など、公的医療保険として共通する部分があります。
一方、給付内容には違いがあります。
代表例が傷病手当金や出産手当金です。
会社員が加入する健康保険では、一定の要件を満たせばこうした所得保障に関する給付を受けることができます。
国保では同じ仕組みが原則として用意されているわけではありません。
したがって保険料だけでなく給付内容まで比較する必要があります。
安い方を自由に選べる制度ではない
国保と健康保険の負担を比較すると、安い制度を選べばよいと思うかもしれません。
しかし、公的医療保険は民間保険のように自由に商品を選択する制度ではありません。
働き方や勤務先、勤務実態などによって加入する制度が決まります。
会社員として社会保険の適用要件を満たせば勤務先の健康保険に加入し、他の公的医療保険に加入する要件がなければ国保に加入します。
保険料の有利不利だけを理由に自由に制度を移動できるわけではありません。
ここが国保逃れ問題を理解するうえで重要なポイントです。
制度差を利用するビジネスが生まれた
国保と健康保険では保険料計算、会社負担、家族の扱いなどが異なります。
その結果、同程度の経済力を持つ人でも加入する制度によって本人が直接負担する金額に差が生じることがあります。
この差に注目したのが社会保険料削減をうたうビジネスです。
個人事業主を形式的に法人の役員や従業員にして社会保険へ加入させれば、表面的には本人の保険料を減らせる場合があります。
しかし、社会保険への加入には実態が必要です。
単に国保より安くなるという理由だけで加入制度を選択することはできません。
結論
国保と会社員の健康保険は、どちらも公的医療保険ですが保険料の決まり方は大きく異なります。
国保では前年所得や加入者数などが重要になり、保険料率などは自治体によって異なります。
会社員の健康保険では標準報酬月額などを基礎として保険料を計算し、原則として会社と本人が負担します。
さらに会社員の健康保険には被扶養者制度がありますが、国保には同じ仕組みがありません。
こうした制度差が積み重なることで、加入する制度によって負担感に違いが生まれます。
国保逃れ問題の根底にあるのも、この制度間の違いです。
不適正な社会保険加入を防止することは当然必要ですが、同時に、働き方によって大きく異なる負担構造を今後どう考えるのかという問題も残ります。
国保と健康保険の違いは、単なる保険料率の違いではありません。
日本の公的医療保険が働き方によって異なる制度に分かれていることそのものが、今回の問題を考える重要な出発点になります。
参考
日本経済新聞 2026年10月1日朝刊 「国保逃れ」の抜け道をふさげ
厚生労働省 国民健康保険制度
全国健康保険協会 健康保険制度