中小企業では、創業者の配偶者や子供、兄弟姉妹などが取締役に就任していることが珍しくありません。
家族経営の延長として役員を選任し、経営方針に意見の相違が生じた場合には、社長の判断で役員を辞めさせられると考えている経営者もいるでしょう。
しかし、株式会社の取締役は、代表取締役が自由に選任したり解任したりできる存在ではありません。
取締役の選任と解任には、会社法に基づく適切な手続きが必要です。
また、株主総会で適法に解任された場合でも、正当な理由がなければ、会社が損害賠償責任を負う可能性があります。
2026年10月20日の日本経済新聞では、大阪府内の同族会社で、父親が長男を取締役から解任したものの、株主総会決議が存在しないと判断された裁判例が紹介されました。
この事例は、同族会社における役員解任の難しさを示しています。
今回は、取締役の解任手続き、正当な理由の判断、損害賠償リスク、親族間紛争との関係について解説します。
取締役は社長の一存では解任できない
株式会社の取締役は、会社法329条に基づき、株主総会の決議によって選任されます。
取締役は会社との間で委任関係に立ち、会社の経営について法律上の責任を負います。
そのため、代表取締役と取締役は、単純な雇用主と従業員の関係とは異なります。
代表取締役が経営上の最高責任者であっても、他の取締役を自由に解任できるわけではありません。
会社法339条第1項は、役員について、いつでも株主総会の決議によって解任できると定めています。
つまり、取締役を解任する権限は、原則として株主総会にあります。
例えば、父親が代表取締役、長男が取締役を務める会社を考えてみます。
父親が長男の経営姿勢に不満を持ち、取締役を辞めさせたいと考えた場合でも、父親が一方的に解任通知を送るだけでは、会社法上の取締役解任としては不十分です。
適法な株主総会決議など、法律上必要な手続きを踏む必要があります。
同族会社では、経営者が取締役を自分の部下のように考えてしまうことがあります。
しかし、取締役は会社法上の機関を構成する立場にあり、その地位は法律によって保護されています。
株主総会で解任するための決議要件
取締役の解任は、原則として株主総会の普通決議によって行います。
会社法341条は、役員の選任や解任に関する決議要件を定めています。
原則として、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その出席株主の議決権の過半数による賛成が必要です。
定款によって定足数を緩和することもできますが、一定の下限があります。
また、累積投票によって選任された取締役の解任など、特別決議が必要となる例外もあります。
例えば、父親が60%、長男が40%の議決権を保有する会社を考えてみます。
父親が適法に招集された株主総会に出席し、長男の解任議案に賛成した場合、法令や定款上の要件を満たせば、長男が反対していても解任決議は成立します。
一方、父親が40%、長男が60%の議決権を保有している場合には、父親だけの賛成では通常、解任決議を成立させることはできません。
ここで重要なのは、代表取締役としての地位と、株主としての議決権は別のものだということです。
代表取締役であっても、株主総会で必要な議決権を確保できなければ、取締役の解任を実現できない場合があります。
同族会社の経営権を考える際には、誰が代表取締役なのかだけでなく、誰がどれだけの議決権を保有しているのかを確認する必要があります。
株主総会を開催しなかった場合の問題
大阪府内の不動産会社の事例では、父親が長男を取締役から解任したとする株主総会議事録を作成していました。
しかし、実際には株主総会を開催していませんでした。
長男や妻には招集通知も送られておらず、解任議案について説明もされていませんでした。
父親は、長男らがこれまで経営判断に異議を唱えてこなかったことなどを理由に、黙示の同意があったと主張しました。
しかし、裁判所は株主総会決議が存在しないと判断しました。
この事例では、長男と妻が合計で80%近い株式を保有していたことも重要な事情でした。
株主総会の開催や決議について、重要な株主の意思が確認されていなかったのです。
会社法319条には、株主全員の同意など一定の要件を満たせば、実際に株主総会を開催しなくても決議が成立したものとみなす制度があります。
しかし、経営者が他の株主の同意を勝手に推測することは認められません。
また、株主総会議事録を作成して登記を行ったとしても、実際に必要な決議が存在しなければ、その問題が解消されるわけではありません。
取締役の解任は、経営者の意思だけではなく、会社法上の手続きによって実現するものなのです。
正当な理由がなくても解任自体は可能
取締役の解任について、もう一つ重要な論点があります。
それは、解任の有効性と損害賠償責任の違いです。
会社法339条第1項は、株主総会の決議によって役員をいつでも解任できると定めています。
したがって、原則として、正当な理由がなくても取締役を解任すること自体は可能です。
例えば、株主が経営方針を変更し、新しい経営体制を構築したいと考えた場合、株主総会で取締役を解任することができます。
しかし、会社法339条第2項は、正当な理由がある場合を除き、解任された役員が会社に対して損害賠償を請求できると定めています。
つまり、適法な株主総会決議によって解任された場合でも、正当な理由がなければ、会社に損害賠償義務が生じる可能性があります。
ここは経営者が誤解しやすい部分です。
株主総会で過半数の賛成を得られれば、何の負担もなく取締役を解任できるというわけではありません。
解任の手続きが適法であることと、解任に伴う損害賠償責任が発生しないことは、別の問題なのです。
正当な理由はどのように判断されるのか
では、取締役の解任について、どのような場合に正当な理由が認められるのでしょうか。
会社法には、正当な理由を具体的に列挙した規定はありません。
そのため、裁判では個別の事情に基づいて判断されます。
一般に、取締役による重大な法令違反、職務上の不正行為、著しい職務怠慢などは、正当な理由を基礎付ける事情となり得ます。
また、病気などによって取締役としての職務を遂行することが客観的に困難になった場合も、事情によっては正当な理由が認められる可能性があります。
一方、経営者との意見の相違や、単なる性格の不一致だけでは、正当な理由として十分でない場合があります。
例えば、父親が代表取締役を務め、長男が取締役として経営に参加している会社を考えてみます。
父親は積極的な設備投資を進めたいと考えていますが、長男は財務健全性を重視し、投資に反対しています。
このような経営方針の違いだけで、当然に正当な解任理由が認められるわけではありません。
ただし、対立の内容や程度、会社経営への影響、取締役としての職務遂行状況などによって判断は異なります。
重要なのは、解任の理由を客観的な事実に基づいて説明できるかどうかです。
感情的な対立を理由に取締役を解任すると、後日、損害賠償請求を受けるリスクがあります。
任期途中の解任では損害賠償が問題になる
取締役の任期途中で解任した場合には、残りの任期に対応する報酬などが損害賠償の対象として問題になることがあります。
例えば、取締役の任期が残り3年あり、年間の役員報酬が600万円だったとします。
単純に計算すると、残任期に対応する報酬は1,800万円になります。
もっとも、実際の損害賠償額が必ず1,800万円になるわけではありません。
報酬の性質、残任期、損害の内容、解任に至る事情などを踏まえて判断されます。
また、会社法上、非公開会社では、定款によって取締役の任期を最長10年まで伸長することができます。
中小企業では、役員変更登記の負担を軽減するため、取締役の任期を10年としている会社もあります。
しかし、任期を長く設定すると、任期途中で解任した場合に、損害賠償リスクが大きくなる可能性があります。
例えば、任期が残り8年ある取締役を正当な理由なく解任した場合、残任期が長いことは損害額を検討するうえで重要な事情となります。
したがって、取締役の任期を長く設定することには、登記手続きの負担軽減という利点がある一方、解任時のリスクという側面もあります。
中小企業では、単に登記費用を節約するという理由だけで任期を決めるのではなく、将来の経営体制の変更も考慮することが重要です。
代表取締役の解職と取締役の解任は異なる
同族会社では、代表取締役と取締役の違いも理解しておく必要があります。
取締役会設置会社では、代表取締役の選定と解職は、原則として取締役会の権限です。
一方、取締役そのものの解任は、原則として株主総会の権限です。
例えば、父親が代表取締役、長男と次男が取締役を務める取締役会設置会社を考えてみます。
取締役会で父親を代表取締役から解職した場合でも、父親は当然に取締役の地位まで失うわけではありません。
取締役としての地位を失わせるには、別途、株主総会による解任などが必要です。
反対に、株主総会で取締役を解任された場合には、取締役であることを前提とする代表取締役の地位も失うことになります。
なお、取締役会を設置していない会社では、代表取締役の選定方法が異なるため、定款や選定方法を確認する必要があります。
このように、代表取締役の解職と取締役の解任は、法律上異なる手続きです。
親族間で経営権争いが生じた場合には、この違いが重要になることがあります。
役員解任と税務上の問題
取締役の解任は、税務上の問題にもつながります。
特に注意したいのが、役員退職給与の取扱いです。
取締役が退任する際に退職慰労金を支給する場合、会社法上の決定手続きと法人税法上の損金算入要件を確認する必要があります。
法人税法では、役員退職給与について、不相当に高額な部分は損金に算入されません。
退職給与の適正額を判断する際には、役員としての在任期間、退職の事情、会社の業績、同業類似法人の支給状況などが問題になります。
例えば、長年会社に貢献した取締役を解任し、多額の退職慰労金を支給する場合、その全額が当然に損金算入できるわけではありません。
また、役員解任に伴う損害賠償金についても、支払の法的性質や発生原因、支払義務の確定時期などに応じた税務判断が必要です。
損害賠償金という名称で支払えば、必ず退職所得になるというわけでもありません。
役員退職給与、未払報酬、損害賠償金などは、それぞれ法律上の性質が異なります。
したがって、支払名目だけで税務処理を判断せず、契約関係や支払原因を確認することが重要です。
親族役員の解任で注意したいこと
同族会社では、取締役の解任が家族関係の悪化に直結することがあります。
例えば、創業者である父親が長男を後継者として育成していたものの、経営方針を巡って対立する場合です。
父親が長男を取締役から解任しようとしても、長男が大株主であれば、株主総会で解任決議を成立させることが難しい場合があります。
また、仮に解任できたとしても、長男は株主としての権利を引き続き保有します。
取締役から解任することと、保有株式を失わせることは別問題です。
そのため、長男が株主として帳簿閲覧請求や株主総会に関する権利を行使する可能性があります。
親族間の対立が深刻化すれば、役員解任だけでなく、株式の所有関係、会社財産の管理、役員報酬などを巡る紛争へ発展することもあります。
このような事態を防ぐためには、後継者を取締役に選任する段階から、役割分担や権限、経営方針について十分に話し合うことが重要です。
また、株式の贈与を進める場合には、将来の議決権構成も考慮する必要があります。
株式を一度贈与すると、親子関係が悪化したという理由だけで、当然に取り戻せるわけではありません。
経営権と株式所有権の両方を見据えた事業承継計画が求められます。
役員解任トラブルを防ぐための実務対策
取締役の解任を巡る紛争を防ぐには、日頃から会社の管理体制を整えておくことが重要です。
まず、取締役の任期を確認する必要があります。
登記事項証明書や定款、過去の株主総会議事録などを確認し、現在の取締役がいつ選任され、任期がいつ満了するのかを把握します。
次に、役員の職務内容を明確にすることです。
取締役ごとの担当業務や権限を整理しておけば、職務遂行上の問題が生じた場合にも、客観的な評価を行いやすくなります。
さらに、解任を検討する場合には、その理由を具体的に整理することが重要です。
法令違反や重大な職務怠慢などが問題となっている場合には、関連資料や事実関係を適切に記録しておく必要があります。
また、株主総会の招集通知、議案、議事録などについて、会社法上の要件を確認します。
解任後には、必要な変更登記や役員報酬の精算、会社財産や機密情報の管理なども適切に行わなければなりません。
特に親族役員の解任では、感情的な判断を避け、弁護士や司法書士、税理士などの専門家と連携することが望まれます。
解任の適法性、登記手続き、税務処理は、それぞれ異なる専門的判断が必要になるからです。
結論
同族会社では、創業者や代表取締役が強い経営権限を持っていることが少なくありません。
しかし、取締役の地位は、社長の個人的な判断だけで自由に変更できるものではありません。
取締役を解任するためには、原則として株主総会の適法な決議が必要です。
また、株主総会で適法に解任した場合でも、正当な理由がなければ、会社が損害賠償責任を負う可能性があります。
特に取締役の任期が長い場合には、残任期に対応する報酬などが問題となり、会社にとって大きな経済的負担につながるおそれがあります。
さらに、同族会社では、取締役の解任が親族間の経営権争いに発展する可能性があります。
取締役から解任しても、本人が保有する株式まで失われるわけではありません。
経営者は、役員としての地位と株主としての権利を区別して考える必要があります。
大阪府内の不動産会社を巡る裁判例は、長年会社を経営してきた創業者であっても、株主総会の手続きを無視することはできないという重要な教訓を示しています。
取締役の解任は、単なる人事問題ではありません。
会社法、税務、事業承継、親族間の利害関係が複雑に絡み合う重要な経営判断です。
中小企業こそ、役員の選任と解任について適法な手続きを徹底し、将来の紛争を防ぐ経営体制を整えることが求められるのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月20日 役員務める長男、知らぬ間に解任 「一人で経営」父が株主総会開かず
会社法第329条 役員の選任
会社法第332条 取締役の任期
会社法第339条 役員の解任
会社法第341条 役員の選任及び解任の株主総会の決議
会社法第362条 取締役会の権限等
法人税法第34条 役員給与の損金不算入