パートやアルバイトとして働く人にとって、「年収の壁」と並んで重要なのが「週20時間の壁」です。
近年は106万円の壁や企業規模要件の見直しが進んでいますが、厚生年金と健康保険の加入要件である「週20時間以上勤務」の基準は残されたままです。
なぜ週20時間という基準があるのでしょうか。そして、この壁は今後なくなるのでしょうか。
今回は厚生年金適用拡大の流れと、人生100年時代における働き方への影響について考えてみます。
厚生年金の加入要件とは何か
厚生年金と健康保険は、もともと正社員などフルタイム労働者を対象とした制度として発展してきました。
しかし、パートタイム労働者や短時間労働者が増加したことで、働き方の多様化に対応するため適用範囲が段階的に拡大されてきました。
現在の主な加入要件は次のとおりです。
・週20時間以上勤務
・学生ではないこと(一部例外あり)
・適用事業所に勤務していること
これまで存在した月額賃金8万8,000円以上(年収約106万円相当)の要件は2026年10月に撤廃される予定です。
また、従業員50人超という企業規模要件も2035年までに段階的に廃止されます。
その結果、将来的には「週20時間以上」という基準が実質的な中心要件として残ることになります。
なぜ週20時間なのか
週20時間という基準は偶然決まったものではありません。
もともと雇用保険の加入基準として採用されていた時間数であり、「雇われて働く人」として社会保険制度の対象とする一つの目安として利用されてきました。
2016年の制度改正では、厚生年金と健康保険の加入基準を雇用保険と揃えることで制度の分かりやすさを重視しました。
しかし、その後の働き方は大きく変化しました。
副業や兼業が増え、短時間勤務を組み合わせて働く人も珍しくありません。
そのため、週20時間という基準そのものが現代の働き方に合っているのかという議論が出てきています。
雇用保険は週10時間へ
厚生年金の議論を複雑にしているのが雇用保険制度です。
雇用保険は2028年から加入対象を週10時間以上へ拡大する予定です。
これは人手不足や働き方の多様化を背景とした改革です。
一方で厚生年金と健康保険は週20時間のまま据え置かれました。
その結果、同じ労働者であっても、
・雇用保険には加入する
・厚生年金には加入しない
というケースが増えることになります。
制度間の整合性という点では、新たな課題が生まれることになります。
なぜ見直しが進まないのか
最大の理由は保険料負担です。
厚生年金保険料は労使折半です。
従業員が加入すると、本人だけでなく企業も同額を負担しなければなりません。
中小企業にとっては人件費の増加につながります。
特に利益率の低い業種では負担感が大きく、加入対象拡大には慎重な意見も少なくありません。
一方で深刻な人手不足の中では、
「社会保険料を負担してでも人材を確保したい」
という企業も増えています。
企業側の意識も少しずつ変化しているのです。
副業時代の制度が追いついていない
現在の制度にはもう一つ大きな課題があります。
複数の勤務先で働く人への対応です。
例えば、
・A社で週15時間勤務
・B社で週15時間勤務
という人は、合計では週30時間働いていても、それぞれの事業所では20時間未満であるため厚生年金に加入できません。
働き方が多様化する一方で、制度は「一つの会社で働く」という従来型の雇用を前提として設計されたままです。
今後は労働時間や収入を合算する仕組みの検討も避けて通れないでしょう。
国民年金との公平性という問題
適用拡大には別の論点もあります。
国民年金との公平性です。
自営業者やフリーランスは国民年金保険料を全額自己負担しています。
仮に週10時間程度の短時間勤務者まで厚生年金に加入できるようになれば、負担する保険料は少なくても、
・基礎年金
・厚生年金
の両方を受け取ることができます。
そのため、
「第1号被保険者との公平性をどう考えるのか」
という問題が浮上します。
社会保障制度全体のバランスを考える必要があるため、単純に適用範囲を広げればよいという話ではありません。
人生100年時代の働き方への影響
人生100年時代には60歳以降も働く人が増えます。
定年後の再雇用やパート勤務も一般的になりました。
その意味では、短時間労働者への厚生年金適用拡大は老後保障の強化という側面があります。
将来の年金額が増えるだけでなく、健康保険の傷病手当金や出産手当金などの保障も受けられるからです。
一方で、現役時代の手取りは減少します。
そのため、働く人の理解を得るには、給付付き税額控除などを活用して負担増を和らげる仕組みも重要になるでしょう。
結論
厚生年金の「週20時間の壁」は、賃金要件や企業規模要件の見直しが進む中で、最後に残る大きな壁となっています。
適用拡大は老後保障の充実につながる一方で、企業負担や制度間の公平性という課題も抱えています。
今後の議論は単なる社会保険の加入条件の見直しではありません。
副業や兼業が当たり前となる時代に、どのような働き方を社会が支え、どのような老後保障を用意するのかという、日本の社会保障制度そのものの将来像を問う議論でもあります。
人生100年時代において、「どれだけ働くか」だけでなく、「どの制度の中で働くか」がますます重要になっていくのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年6月5日朝刊
「厚生年金に『週20時間の壁』 加入要件見直し進まず 社保負担増に企業身構え」