仕事が原因でケガや病気になれば、労災保険から必要な給付を受けられます。
しかし、労災保険の給付を受ける権利をいつまでも行使できるわけではありません。
一定期間が経過すると請求権が消滅する消滅時効という仕組みがあります。
今回の労災保険法等の改正では、特に発症までに時間がかかる疾病などについて、この消滅時効期間が見直されます。
消滅時効とは何か
消滅時効とは、権利を一定期間行使しない場合に、その権利を行使できなくなる仕組みです。
労災保険にも給付を請求できる期間が定められています。
仕事が原因で病気になったとしても、必要な請求をしないまま一定期間が経過すれば、給付を受けられなくなる可能性があります。
そのため、労災保険では給付の内容だけでなく、いつまで請求できるのかを確認することも重要です。
なぜ時効が設けられているのか
労災保険では、病気やケガと仕事との関係を確認しなければなりません。
事故から長い年月が経過すれば、当時の勤務状況や事故の状況を確認することが難しくなる場合があります。
関係する資料が残っていなかったり、当時の状況を知る人から話を聞くことが難しくなったりすることも考えられます。
こうした事情から、請求できる期間を区切る消滅時効という仕組みが設けられています。
一方で、時効を一律に短くすると、労働者を十分に救済できない場合があります。
今回の改正は、まさにその問題に対応するものです。
すぐに労災だと分からない病気がある
仕事中に転倒して骨折した場合などは、事故が起きた時点が比較的分かりやすいといえます。
ところが、病気の場合は事情が異なります。
資料では、疾病の性質上、発症までに時間がかかるなど、その病気が災害補償の対象となるものかどうかを容易に判断できない場合があることが示されています。
仕事をしてから時間が経過した後に症状が現れる場合には、本人がすぐに仕事との関係に気づけないこともあります。
短い時効期間だけでは、こうした疾病に十分対応できない可能性があるのです。
一定の請求権は2年から5年へ
今回の改正で重要なのが、一定の疾病について療養補償給付等の請求権の消滅時効期間を延長することです。
資料では、疾病の性質上、災害補償の事由に該当するかどうかなどを容易に判断できない疾病として政令で定めるものについて、療養補償給付等の請求権の消滅時効期間を2年から5年へ延長するとされています。
すべての労災給付について一律に時効を5年へ変更するということではありません。
一定の疾病を対象として、従来より長い請求期間を確保するという見直しです。
脳や心臓の疾患などが対象として想定される
資料では、対象として脳や心臓の疾患、精神疾患、石綿関連疾病などが政令で指定される予定とされています。
これらには、仕事との関係を判断するまでに時間を要する可能性があるという特徴があります。
例えば、ある病気を発症しても、本人が当初から業務によるものだと認識できるとは限りません。
その後の診断や勤務状況の確認などによって、仕事との関係が問題になるケースも考えられます。
こうした疾病について請求期間を長くすることは、制度上の権利があっても時効によって救済されないという事態を減らすことにつながります。
船員保険についても見直される
今回の資料では、船員保険法の休業手当金の請求権についても同様に改正されることが示されています。
つまり、今回の見直しは労災保険だけを孤立して変更するものではありません。
働く人の災害や疾病に対する保障について、関連する制度も含めて整備するものと見ることができます。
働き方が多様になる一方で、仕事が原因となる健康被害の現れ方もさまざまです。
制度側にも、その違いに応じた柔軟な仕組みが求められます。
時効延長は権利を自動的に認める制度ではない
注意したいのは、消滅時効期間が延びることと、労災として認定されることは別の問題だということです。
時効が延長されれば、請求できる期間は長くなります。
しかし、それだけで病気が業務災害と認められるわけではありません。
労災保険の給付を受けるためには、その病気が仕事に起因するものとして認められる必要があります。
時効の延長は、その判断を求める機会を従来より長く確保する仕組みと考えると分かりやすいでしょう。
結論
労災保険の給付を受ける権利には消滅時効があり、一定期間を過ぎると請求できなくなる場合があります。
一方、疾病のなかには発症までに時間がかかったり、仕事との関係を容易に判断できなかったりするものがあります。
今回の改正では、こうした一定の疾病について、療養補償給付等の請求権の消滅時効期間を2年から5年へ延長します。
脳や心臓の疾患、精神疾患、石綿関連疾病などが対象として政令で指定される予定です。
重要なのは、時効を一律に長くするのではなく、疾病の性質を考慮して請求できる期間を見直すという点です。
労災保険のセーフティネットを広げるためには、誰を給付対象にするのかだけでなく、権利を行使できる期間についても現実に合わせて考える必要があります。
参考
企業実務 2026年9月号 働き方の多様化に対応した労災保険法等の改正