労災保険の給付には消滅時効があります。
しかし、仕事が原因となる病気のすべてが、事故のように原因と結果をすぐに結びつけられるわけではありません。
発症までに時間がかかったり、仕事との関係を容易に判断できなかったりする疾病もあります。
今回の労災保険法等の改正では、このような一定の疾病について、療養補償給付等の請求権の消滅時効期間を2年から5年へ延長します。
病気は仕事との関係がすぐに分かるとは限らない
仕事中に機械でケガをした場合などは、いつ、どこで、どのような事故が起きたのかを比較的把握しやすいといえます。
一方、疾病では事情が異なります。
病気を発症したからといって、その時点で本人が仕事との関係に気づくとは限りません。
発症までに長い時間がかかる疾病もあれば、発症後に勤務状況や仕事の内容などを調べて初めて業務との関係が問題になる疾病もあります。
そのため、すべての疾病に同じ時効期間を適用すると、十分な救済ができないケースが生じる可能性があります。
一定の疾病は時効が2年から5年になる
今回の改正では、疾病の性質上、災害補償の事由に該当するものかどうかなどを容易に判断することができない疾病として政令で定めるものについて、療養補償給付等の請求権の消滅時効期間を2年から5年へ延長します。
ここで重要なのは、すべての病気について一律に5年へ延長するわけではないという点です。
疾病の性質を踏まえて、政令で対象を定める仕組みとなります。
つまり、時効期間そのものを全面的に変更するのではなく、従来の期間では十分な救済が難しい疾病に対応する見直しです。
脳や心臓の疾患が対象として予定されている
資料では、対象となる疾病として脳や心臓の疾患が政令で指定される予定とされています。
脳や心臓の疾患については、病気を発症したという事実だけでは仕事との関係を判断できない場合があります。
発症するまでの勤務状況なども含めて考える必要があるためです。
本人や家族が当初は通常の病気だと考えていて、後になって仕事との関係が問題になることも考えられます。
こうした疾病について請求できる期間を長く確保することには、労働者を救済する機会を確保する意味があります。
精神疾患も対象として予定されている
精神疾患も、政令で指定される予定の疾病として資料に挙げられています。
精神疾患の場合も、発症した時点で本人が仕事との関係を明確に認識できるとは限りません。
その疾病が災害補償の対象となるものなのかどうかを容易に判断できないという問題があります。
労災保険では給付を受ける権利があっても、本人が請求する必要があります。
仕事との関係に気づくまでに時間を要する可能性がある疾病について短い時効期間を一律に適用すれば、本来救済される可能性がある人が請求の機会を失うことにもつながります。
石綿関連疾病も対象として予定されている
石綿関連疾病も今回の資料で挙げられています。
石綿関連疾病では、仕事をしていた時期と疾病が明らかになる時期との間に時間があるケースがあります。
そのため、疾病の性質上、労災との関係を容易に判断できないという問題が生じます。
今回の改正は、こうした疾病の特徴を時効制度にも反映させるものです。
制度上の請求期間と疾病の実態との間に大きなずれがあれば、セーフティネットとして十分に機能しない可能性があります。
5年になれば自動的に労災になるわけではない
ここは区別して考える必要があります。
消滅時効期間が2年から5年に延長されることと、その疾病が労災として認定されることは同じではありません。
時効の延長によって変わるのは、一定の給付について請求できる期間です。
実際に労災保険から給付を受けるためには、その疾病について業務災害として必要な判断が行われることになります。
したがって、5年間であれば必ず給付を受けられるという意味ではありません。
請求して判断を求めることのできる期間が長くなると理解することが大切です。
疾病の性質に制度を合わせる
今回の見直しで注目したいのは、単純に給付を増やす改正ではないことです。
疾病によって発症の仕方や仕事との関係が明らかになるまでの時間が異なることを踏まえ、請求できる期間を調整します。
労災保険を実際に機能するセーフティネットにするためには、給付制度を用意するだけでは十分ではありません。
本人が自分の疾病と仕事との関係に気づき、必要な手続きを行う時間を確保することも重要です。
今回の時効延長は、そのための制度整備と見ることができます。
結論
今回の労災保険法等の改正では、疾病の性質上、災害補償の対象となるものかどうかなどを容易に判断できない疾病として政令で定めるものについて、療養補償給付等の請求権の消滅時効期間を2年から5年へ延長します。
資料では、脳や心臓の疾患、精神疾患、石綿関連疾病などが政令で指定される予定とされています。
重要なのは、すべての疾病の時効を一律に延長するわけではないことです。
発症までに時間がかかるなど、疾病の性質を考慮して特別な扱いを設けます。
仕事による健康被害は、事故のようにその場ですべてが明らかになるとは限りません。
疾病の実態に合わせて請求できる期間を確保することも、労災保険のセーフティネットを機能させるための重要な仕組みといえるでしょう。
参考
企業実務 2026年9月号 働き方の多様化に対応した労災保険法等の改正