企業が事業を売却すると聞くと、赤字になった事業を整理する場面を想像するかもしれません。
以前は、業績が悪化した事業から撤退するという考え方が中心でした。
しかし現在の事業ポートフォリオ改革では、黒字事業でも売却対象になることがあります。
利益を出しているのに、なぜ売るのでしょうか。
重要なのは、黒字か赤字かだけではなく、その事業に投入している資本に対して十分な利益を生み出しているかという視点です。
アクティビストが企業に事業売却を要求する背景にも、この資本効率の考え方があります。
ノンコア事業とは何か
企業が持つ事業は、大きくコア事業とノンコア事業に分けて考えることがあります。
コア事業とは、その企業の競争力や成長戦略の中心となる事業です。
会社が持つ技術。
ブランド。
顧客基盤。
販売網。
人材。
こうした経営資源を生かして競争力を発揮できる事業が中心になります。
一方、ノンコア事業とは、企業の中核的な戦略から外れている事業です。
ただし、ノンコアだから赤字とは限りません。
安定して利益を出している事業でも、会社の将来戦略との関連性が低ければノンコアと判断される場合があります。
なぜノンコア事業を持つようになるのか
企業が最初から不要な事業を始めるわけではありません。
長い企業経営の中で事業構成が変化するためです。
本業の周辺分野へ進出する。
新しい成長分野へ参入する。
企業買収によって複数の事業を取得する。
過去には重要だった事業の市場が縮小する。
こうした変化が何十年も積み重なることで、現在の経営戦略との関連性が薄い事業が残ることがあります。
事業を始めた当時には合理的でも、現在では会社が保有する意味が小さくなっている場合があるわけです。
赤字事業なら問題は分かりやすい
赤字事業については、売却や撤退を検討する理由が比較的分かりやすくなります。
毎年50億円の赤字を出している事業があれば、その赤字が会社全体の利益を減らします。
さらに赤字を補填するために、本業で稼いだ現金を投入し続けなければならないこともあります。
会社全体の経営資源を消費するため、経営陣も撤退を検討しやすくなります。
問題は黒字事業です。
黒字であれば、
利益が出ているのだから持っていてもよい
と考えやすくなります。
しかしアクティビストは、利益が出ているかだけでは判断しません。
黒字でも低収益なら問題になる
たとえばA事業に1000億円の資本を投入し、年間30億円の利益を得ているとします。
黒字です。
しかし単純化して考えると、投入資本に対する利益は3%です。
一方、B事業では1000億円を投資すれば年間100億円の利益を得られる可能性があるとします。
同じ1000億円でも、資金の使い方によって生み出せる利益が大きく違います。
この場合、
A事業を持ち続けるより売却し、その資金をB事業へ投入した方が企業価値を高められるのではないか
という考え方が生まれます。
つまり事業売却は、赤字を止めるためだけに行うものではありません。
限られた資本を、より高い収益を生み出す事業へ移すためにも行われます。
資本コストを下回る事業とは何か
事業の収益性を考えるときに重要なのが資本コストです。
企業が事業に使っている資金にはコストがあります。
銀行から借りれば利息を支払います。
株主から提供された資本についても、株主はリスクに見合ったリターンを期待しています。
そのため事業が黒字であっても、資本コストを下回る収益しか生み出していなければ、企業価値を十分に生み出していないと考えることができます。
たとえば資本コストが6%なのに、事業から得られる収益率が3%しかない状態です。
会計上は黒字でも、投資家の期待する収益率には届いていません。
アクティビストが低収益事業に注目するのは、このためです。
事業売却で資金を回収できる
事業を売却すると、企業は売却代金を受け取ることができます。
たとえば低収益事業を1000億円で売却できたとします。
会社には1000億円の資金が入ります。
この資金にはさまざまな使い道があります。
成長事業への設備投資。
研究開発。
M&A。
借入金の返済。
増配。
自社株買い。
重要なのは、低い収益しか生み出していなかった資本をいったん回収し、より高い価値を生み出す場所へ移せることです。
これが事業売却による資本再配分です。
成長事業へ資金を移す意味
企業が使える資金や人材には限りがあります。
すべての事業へ同じように資金を投入することはできません。
そのため経営者には、どの事業を伸ばし、どの事業への投資を減らすのかを決める必要があります。
たとえば成熟市場の事業から1000億円を回収し、AIや半導体、デジタルサービスなど成長が期待される分野へ投資するという判断も考えられます。
事業売却は会社を小さくする行為に見えます。
しかし、売却によって得た資金を成長事業へ再投資すれば、将来的には会社全体を大きくできる可能性があります。
縮小のための売却ではなく、成長するための売却という考え方です。
人材の再配分も重要になる
事業ポートフォリオ改革で移動するのはお金だけではありません。
経営者の時間。
優秀な人材。
研究開発能力。
営業力。
IT投資。
こうした経営資源も事業ごとに配分されています。
小さな低収益事業でも、経営陣が毎月多くの時間を使っていれば、目に見えないコストが発生しています。
ノンコア事業を売却すれば、経営陣や人材を成長事業へ集中させられる可能性があります。
アクティビストが事業売却を求める理由は、売却代金だけではないのです。
近年は要求内容が変化している
アクティビストというと、以前は増配や自社株買いを要求する投資家というイメージが強くありました。
しかし近年は要求内容が広がっています。
単純に現金を株主へ返すだけではなく、
どの事業へ資本を投入するのか
どの事業から撤退するのか
なぜこの事業を保有しているのか
という事業ポートフォリオそのものが問われるようになっています。
個別事業の収益性まで分析し、低収益事業やノンコア事業の売却を求めるケースもあります。
企業側にとっては、会社全体で黒字だから問題ないという説明だけでは十分ではなくなっています。
なぜ経営陣は低収益事業を売りにくいのか
それでは、低収益事業なら経営陣自身が売却すればよいと思うかもしれません。
しかし現実には簡単ではありません。
長い歴史を持つ事業かもしれません。
創業事業かもしれません。
多くの従業員が働いているかもしれません。
経営者自身が育ててきた事業かもしれません。
地域経済や取引先との関係もあります。
さらに黒字であれば、急いで売却する必要性を感じにくくなります。
このため、経済合理性だけでは事業売却が進まない場合があります。
アクティビストは外部株主の立場から、
その事業を保有し続けることが本当に企業価値向上につながるのか
と問いかけます。
高く売れる事業ほど売却候補になる場合がある
興味深いのは、優良事業が売却対象になる場合もあることです。
赤字事業は買い手を見つけることが難しく、高い価格で売れない場合があります。
一方、安定して利益を出している事業なら、多くの買い手が関心を持つ可能性があります。
自社にとってはノンコアでも、別の会社にとってはコア事業になるかもしれません。
その会社が持つことで大きなシナジーが生まれるなら、高い価格で買ってもらえる可能性があります。
したがって、
良い事業だから売らない
という判断が常に企業価値を最大化するとは限りません。
誰が保有すればその事業の価値を最も高められるのかという視点も重要になります。
売却すれば必ず正解というわけではない
もちろん、アクティビストが要求したからといって事業を売却すればよいわけではありません。
現在は低収益でも、将来大きく成長する可能性があります。
他の事業との重要なシナジーがあるかもしれません。
技術開発の基盤として必要な事業かもしれません。
顧客との関係を維持するために必要な場合もあります。
短期的な収益率だけで事業を切り離せば、長期的な競争力を失う可能性があります。
だからこそ経営陣には、その事業を持ち続ける合理的な理由を説明することが求められます。
結論
アクティビストが事業売却を要求するのは、赤字事業を整理するためだけではありません。
黒字であっても、投入している資本に対して十分な収益を生み出していない事業は売却対象になる可能性があります。
ノンコア事業を売却すれば、資金を回収できます。
その資金を成長事業へ再投資する。
M&Aに使う。
研究開発を増やす。
必要がなければ株主へ還元する。
さらに人材や経営陣の時間も成長分野へ集中できます。
つまり事業売却は、会社を縮小するためだけの経営判断ではありません。
限られた経営資源を、より高い企業価値を生み出す場所へ移すための手段でもあります。
これから企業に問われるのは、
この事業は黒字だから残す
という判断ではありません。
なぜ自社がこの事業を持つ必要があるのか。
投入している資本に見合う収益を生み出しているのか。
売却して別の事業へ資本を移した方が企業価値を高められないのか。
アクティビストによる事業売却要求は、企業に対して一つ一つの事業を持つ意味を問い直す要求なのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月31日 朝刊 日本企業の準備不十分 影響強めるアクティビスト